第247話 犯人はまだ動いている
◇犯人はまだ動いている◇
「ああ。んん。確かに来たなぁ。萎びた薬草を一抱え。学生の質も落ちたかと思ったがぁ、なるほどねぇ、そういうことかい」
年季の入った店内には様々な薬草や薬が所狭しと並べられており、天井近くにも乾燥させている薬草が暖簾のように吊るされている。
店の奥のカウンターでは、店員の女性がタルテの話を聞いて記憶を呼び覚ますように額に指を当てている。俺とタルテは詳しいことを聞こうと、カウンターの前に詰め寄った。
「あの…どんな方だったか…教えてもらっても良いですか…?」
「構わないよ。なんたってお得意さんの頼みだしねぇ。それに…畑荒らしに協力したとなっちゃ、アタシの店の品位が下がっちまうしね」
タルテの顔は大分売れているようで、彼女が尋ねると営業とは関係ない話題ではあるが、快く答えてくれた。店員の彼女はカウンター脇の香炉に薬草の乾燥葉をくべると、その煙を呼び水とするようにして記憶を掘り起こしていく。
「ありゃ…、四日前だったかねぇ。ローブを着た…、と言っても学士科のローブじゃないよ。まぁ、それもあって覚えてたんだが、小僧が薬草を買ってくれって店に来たんだよ。来る度にちゃんと処理をしろと言ったんだが聞く耳持ちやしない失礼な奴だったよ」
俺は急いで荷物から筆記用具を取り出すと、店員の女性の話に耳を傾けた。…タルテだけでなく、俺も同行したのは、彼女の話から人相書きを作成するためだ。
店員の女性が言うには、男が来たのは三回。前回に来たのはちょうど昨日だ。タイミングと回数、納品した薬草の種類は盗難事件と完全に一致している。
ブランの見つけた痕跡から判断するに、盗人は最低でも二人組みのようではあったが、店を訪れた男は一人だけらしい。
「フードの下は見えましたか?どのような顔付きか特徴をお聞きしたいんですが?」
「そりゃもちろん。ちょうど今のあんた等みたいに向かい合って話していたからねぇ。フードの中も良く見えたよ。まぁ髪は隠れていたが…見えなかったってことは短髪だったんじゃないのかな」
俺が尋ねると店員の女性は顔付きの特長を呟き始める。眉は太く、四角い顔付き。唇が厚ぼったく、目はよくみる茶色…。そして特徴的だったのが唇の端にあった小さな切り傷の痕。
その特長を書き出しながら俺は人相書きを描いていく。未だ銀筆や羽ペン、蝋板が主流ではあるが、鉛筆もある程度普及している。描いては店員の女性に何度か見せ、指摘されたところをパン片で消しては修正する。
幸いにも俺らの他にまだ客は見えてはいないが、店番を邪魔する代わりに、筆を走らせる俺の横でタルテが薬草の加工のお手伝いを行う。タルテが一通りの薬草を加工し終える頃には、俺は人相書きを描き終えた。
「アンタ、上手いねぇ…。今のオルドダナには芸術科もあるのかい?…そうだねぇ。ちょうどこんな感じの坊主だったよ。強いて言えば肌がもっと汚かったねぇ。塗り薬を進めたんだが買わずに出て行ったよ」
店員の女性は俺の描いた人相書きをまじまじ見詰めると、納得したようにそう答えた。
「タルテ、こいつ見たことあるか?」
「うぅん…。学士科では見てませんです…。
「ああ、そう言えばガタイは結構よかったね。ありゃ兵士の生徒じゃないのかい?身長も…坊主より頭一つ大きかったね」
俺らが人相書きについて語ると、店員の女性は新たな情報をくれる。俺はその情報を顔の横に書き込んでいく。
俺も記憶を思い起こすが、学士科はもちろん、
「それじゃ…!ありがとうございました…!次はまたお買い物に来ますね…!」
店員の女性に礼を言うと、俺らは薬草店を後にする。既に時刻は夕暮れ時で、表の通りには外で夕食をとろうとしている学生たちで賑わっている。俺らはその学生たちに紛れるようにして学院の方へと学生街を抜けていく。
「これで…、みなさんの疑いははれますかね…?」
横を歩くタルテが不安そうに、それでいて多少の希望を抱きながら俺に尋ねる。
「この人相の生徒を見つけられればな。…いや、戻ったら何枚か書き写そう。今聞いた証言と人相書きを渡せば、執行部もブランを開放して人相書きの男を捜すだろ」
…というか、ブランはちゃんと開放されただろうか?アレックスが言うには夕刻には開放するといっていたが…。
そこまで詳しいわけではないが、衛兵の取調べのように留置所なんてものがあるとは思えない。流石に生徒同士の取調べで夜間まで拘束されるとは思えない。気になるところではあるが、そちらはナナやメルルに任せよう。帰って直ぐに始めれば人相書きの写しを明日には見せられるはずだ。
俺はタルテを女子寮まで送り届けると、男子寮に直帰して人相書きの写しを書き始める。
ランタンに明かりを灯し、照らされた室内の中で複数枚の人相書きを作成していく。そして、修正が入っていない分、より精巧に描かれた人相書きを書き上げた。
執行部が何枚の人相書きを要求するか分からないが、足りなければ後から増やせば良い。俺は筆を置くと書き上げた人相書きを丸めると鞄の中に大事に仕舞いこんだ。聞き込みにより、盗難事件に思いのほか進展のあったため、上手くいけばこの人相書きにより、早々に解決することとなるだろう。
しかし、翌日、俺が意気揚々と皆に報告をしようと赴いたのだが、それを上回る情報が俺の耳に飛び込んできた。
それは、タルテの薬草畑に…昨夜、盗人が忍び込んだという報告だ。
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