第246話 犯人を追って

◇犯人を追って◇


「ここにいたのか。お嬢さん方、申し訳ないがそこの男を引き渡して貰おうか」


 コレットに薬草を引き渡した後、俺らは薬草畑を後にして盗難事件について話をつめ様とサロンに向っていたのだが、そこの道中にその男が佇んでいた。


 ナナ曰く、戦闘好きの向こう見ず。学生にしては摩れたような傭兵に似た空気を纏う男、アレックスだ。


 彼は一言そう告げると、俺らの後ろに控えていたブランのことを指差した。周囲では他の生徒達が通り抜けざまに何事かと好奇の視線を向けている。


「サフェーラ嬢はご存知かと思うが、最近薬草畑から薬草を盗むものが出て来ている。噂ではそこの男が容疑者の一人として出回っているようなのでな」


「…執行部ですか。まさか噂だなんて根拠の無いものを当てにして拘束するつもりなのですか?」


 アレックスは政務科のそれとは異なる、別の徽章を手元に掲げる。サフェーラ嬢はその徽章を見て、嫌そうに眉を顰めた。


 執行部は言ってしまえば学院側が組織した学院内の規律を守るための学生組織だ。今回の件で言えば学院内で起きた事件を衛兵の変わりに調べているのだろう。もちろん、本物の衛兵のように法で定められた権力はないのだが、学院が外からの干渉を防ぐために組織したものなので、学院内で言えばかなり強い権力を持っている。


「もちろん単に話を聞くために来てもらうだけだ。…今の時点ではな」


「学院はこの件をそこまで重要視していないようでしたけど…、もしかして勝手に動いているのかしら?」


 サフェーラ嬢の発言に、アレックスは触れられたくないところを突かれたのか、顔を顰めて押し黙る。


 権力が強いといっても、その権力を持っているのは学院側の大人であり、執行部に所属している生徒はそのお手伝いをしているに過ぎない。流石に生徒の裁量にそこまでの権力を学院側も預けてはいない。


「…私達が解決した行方不明事件がありましたでしょ?流石に生徒の行方不明は事が大きすぎるということで、彼らは蚊帳の外だったのです。ですので今回のことを…」


 メルルが俺にこっそりと耳打ちをしてくれる。要するに行方不明事件では手柄が全くなかったから、今回の件は自分たちの力で解決したいと逸っているということか…。金品の盗難ならまだしも、言ってしまえば薬草程度の盗みだ。生徒の自治で解決するにはちょうど良い事件なのだろう。


「…いいですよ。僕、行きますよ。話を聞く程度で済むのでしょう?ギルやトムソンなんかに向われるよりは僕に話をさせてもらったほうが早い」


 膠着していた状況を崩すように、ブランがそういってアレックスの方に歩く。…流石に学生の組織で法律に触れるような事情聴取が行われることはないはずだ。そんなことが起きれば学院側から執行部の方にメスが入るはずだ。


「もちろん、知っていることについて話を聞かせてもらうだけだ。…素直に話してくれれば夕方には開放されるだろう。私達も君らが犯人だと決め付けているわけではない」


 そう言ってアレックスはブランの肩に触れる。もちろん衛兵のように拘束したりなどすることはない。アレックスはそのままブランを引き連れて、彼らが活動している拠点へと連れ立って歩いていく。


「何あれ?随分と陰気な男ね」


「アレックスはいつもあんな感じだよ。社交と闘争の区別が付いていないような男なんだ…」


「仕方ありません。少々心配ではありますが、彼らもそこまで手荒なことはしないはずです。私達は私達で調査を進めましょう…」


 このまま執行部に任せていれば全てが上手くいくと、そこまで楽観的に俺らも考えていない。俺らはサフェーラ嬢の言葉に従うようにしてサロンへと足を運ぶ。


 サロンのいつものテーブルに腰を下ろすと、俺はすぐさま風の壁を張って盗聴を防止する。先ほどのアレックスとの話が伝わっているのか、他の生徒からの視線がいつもより増えているように感じるため、その分周囲の耳も多いはずだ。


「ええと、被害にあったのはここの畑と…ここの畑。あとは今日見た所だね」


「そうですね…。カナリア花にレッドプラント、それに水密草…。カナリア花は少し高めですが…そもそもまだ咲いてない筈なので、碌な値段が付かないはずです…」


 手書きの畑の地図を広げながら、ナナが指差しタルテが情報を書き込んでいく。彼女達が検討しているのは、コレットが指摘した売るには適さない薬草という件だ。まだ証拠といえるものがない状況だが、これが確かなら犯人を追うことができる。


「…イブキ。これは庶民の金銭感覚としてはどうなのでしょう?私には盗んでまで得るほどの対価に感じませんが?」


「そうね…。流石にこの売値ならもっと割りの良い仕事は幾らでもあるわ。仕事にあり付けない孤児とかなら手を染めるといった価格かしら」


 タルテの書き込んだ売値を見て、サフェーラ嬢とイブキが話し合う。


「そうですわね。犯人には薬草の知識がなかったと考えるのが自然でしょうか。…盗むこと事態に目的があった可能性もありますが、それだと短期間に複数回盗んだ理由の説明が難しいですわね」


 もしブランやギルに罪を擦り付けることを目的とするならば、盗難は一回で良い。たとえ一回盗んだ程度では執行部が動かなかったとしても、それならば事件と事件の感覚はもっと開くはずだ。


「といっても…売値まで把握している人ってそこまで多くないよ?同じ学士科でもハルトやイブキちゃんは知らなかったんだよね?」


「そうね。それこそ薬草農家や調薬をする人に限られるんじゃないかしら?…それでも、私なら盗む前に売値と採集方法を事前に調べるわよ?」


 ナナの言うことにイブキが答える。確かにイブキの言うとおりたとえ価格を知らなくても、多少薬草関係に知識があるのならば、多少は盗む薬草について詳しく調べるはずだ。


 俺はイブキの言った台詞を反芻しながら、指先でテーブルを軽く叩いた。


「…採集方法ねぇ。そっから追えるんじゃないか?適当な採集方法の薬草なんて売っても目立つだろ」


 薬草店に卸すような奴はその道で食っているような奴ばかりだ。狩人ギルドであれば新人が処理を誤って薬草を納品することもあるが、そもそも今回盗まれた薬草は栽培が確立されている種類なので、採集依頼が掛かることは殆どない。


「確かにそうですわね。…それこそ犯人を完全な素人と仮定するなら、売り先もかなり絞れるんじゃないでしょうか?私でも狩人ギルドを除けば学生街の薬草屋ぐらいしか心当たりがありませんわ」


「それこそ、今は狩人ギルドでは学院の生徒の監視が厳しいし…、学生街の薬草屋に聞き込みをしてみようか?下手な採集でさっきの薬草を売りに来た人が来ていないかさ」


「でしたら…私が行ってきます…!あの辺りの薬草屋さんは良く行きますので…!」


 犯人に繋がる可能性の道筋が露になる。もしこれで店員が顔を覚えていれば、ブランやギルの容疑は早々に晴れるはずだ。


 確かめるならば早いほうが良い。遅くなれば遅くなるほど店員の記憶は薄れていく。タルテもそう思ったのか、彼女は意気揚々と椅子から立ち上がった。


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