第245話 犯人は男性、あるいは女性
◇犯人は男性、あるいは女性◇
「ねぇ、みんな。こっちには別の足跡もあるよ」
イブキが指摘した足跡とは別に、ナナも薬草畑の傍らに残った足跡を指差した。畑に残った足跡はイブキが指し示したものとは異なっており、畝に沿うようにフラフラとした足取りで残っている。
俺らはそれらの痕跡を消さないように、覗き込むようにして足跡を確認する。見比べてみれば、その二つの足跡の違いがよく分かる。
「ナナさんの方は…、多分…畑を管理している人ですかね…。ちゃんと畝間を歩いてます…」
「となると、こっちは犯人のものか?…畝を跨ぐように移動してるしな。踏んでいる薬草もある」
俺はイブキが見つけ出した足跡を観察する。こちらは秩序無く歩き回ったような足跡であり、大半は荒れてしまって判別は付かないが、幾つかは確りと残っている。
「ブランさん。靴の裏をこちらに向けてもらえませんか?足跡と比べてみましょう」
メルルはブランに声を掛ける。ブランの靴を確認するのは彼を疑っているからではない。オルドダナ学院には学科によって指定の服装が決まっているものの、つま先から頭まで決まっているわけではない。
学士科で指定されているのはローブのみであり、政務科は徽章だけだ。一応は文官服を着るとされてはいるが、実際には文官風の服であれば問題ないため十人十色の服装をしている。作業着や運動着を含めればかなり服装の自由度は高い。特に夏場の学士科の生徒などは、指定されているローブすら脱いでいる。
その中で履物まで指定されているのが兵士科や魔法兵士科だ。彼らの履物は学院で支給されるブーツであるため、全員が同じ規格品を履いている。
「これでいいですか?見えます?」
ブランが片足でバランスをとる様にしながら靴裏をこちらに向ける。彼は体も柔らかく、バランス感覚にも優れているようで、高く掲げられた靴裏を俺らは吟味するように観察した。
「んん…。鋲の位置も大きさも違うな。ちょっとその辺に足跡を付けてもらえたりできるか?」
「構わないよ。普通に歩くだけで問題ないよね?」
俺が催促すると、ブランは畑の耕された土の上を短く歩く。そこに作り出された足跡を見れば、案の定、見つけた足跡とは異なっている。
流石に履物を変える知恵はあるのか、あるいは兵士科以外の者の犯行なのか。…俺らは他に見落としが無いか注意深く痕跡を確認する。
俺は地面に顔が付くほどにしゃがみ込んで、足跡を観察する。僅かな痕跡から挙動を推測するのは斥候の役目だ。
「足跡の大きさに比べて歩幅がかなり狭い。それに踏み卸す際に探るような摩れた跡もある…」
「両手に薬草を抱えていて、ついでに夜間の暗い間に犯行に及んだのでしょう」
「ああ。焦りつつも暗くて慎重に歩きましたって感じだ。来た方向と…去った方向は同じだが…」
イブキと共に足跡の示す先を見詰めるが、その先には記憶に新しい踏み荒らされた土手が見える。植生学の生徒達が開拓地へと向うために使用した道だ。そこは多数の足跡で踏み固められており、特定の足跡を追う事は不可能だ。
追跡を諦め、俺らは犯行現場に再び目を向ける。緑の畑が一部分が欠けており、その不自然さから盗難が発生下ということが一目でわかる。そこには幾つもの足跡が刻まれており、踏み荒らされたせいで、先ほど見つけた物ほどではないが同じ特長の足跡も見て取れる。残りの足跡は畑を管理している生徒や、犯行現場を確認しに来た教師のものだろう。
俺はその現場に近づくと、犯人の気持ちになるようにして足跡の傍らに立つ。周囲を見渡せば、俺らがやって来た管理の厳しい薬草園が佇む丘や、開拓地の土手などが見える。
「こんな端っこの奥まったところにあるから個人の畑として分譲されているのかしら?まぁ、校舎から見える範囲に無いし、犯行には及びやすそうね」
俺が何を考えているのか分かっているのかイブキがそう答えた。確かに人目に付きづらい位置だ。ついでに言えば日当たりも悪い。そのため、ここらの畑が生徒個人に分け与えられているのだろうか
「ねぇ…。ハルト君。ちょっと良いかな?」
俺が考え込んでいると、完全に気配を消していたコレットが俺に話しかけてきた。
「ああ、ゴメン。つき合わせちゃってたな。…俺は少し残るから、タルテと先に畑に行っててくれよ」
コレットに向き直って謝った。流石にまったく無関係のコレットを付き合わせるわけにはいかない。タルテは今、ナナやメルルと一緒に畑の周囲を調べているが、戻ってきてもらってコレットとの用件を終わらしてしまってもらおう。
そう思って俺はタルテに声を掛けようとしたのだが、それをコレットが引きとめた。
「ううん。いいんだよ。たださ、ちょっと話を聞かせてもらって思ったんだけど…、僕だったらこの薬草は盗まないね」
「…それは罪悪感に耐えられないからって分けじゃないんだよな?」
「安いんだよ。単純に。ここに生えてる水蜜草は需要はあるけど、栽培が簡単な種類の薬草だからね。僕だったら…、そうだね向こうに生えている骸草を盗むかな。あの薬草はそこそこ高いから」
そう言われて俺は犯人の痕跡ではなく、薬草畑に植わっている薬草に目を向ける。…確かに学院の授業で習った薬草ではあるが、狩人ギルドの採取依頼では見たことは無い。大方、栽培が可能であるため天然物の需要が無いのだろう。
「僕がタルテさんに薬草を貰おうとしたように、練習用の薬草が欲しくて盗もうとしたのかもしれないけど…、それじゃぁ逆に量が足りない。それこそここの畑の人は練習で大量に消費するから植えているのだろうし…」
そう言ってコレットは俺に助言をしてくれる。…薬草の価値を失念していた。コレットの言うことを信じるならば、薬草の価格に対する知識があるならば直ぐ近くの別の薬草を盗むというわけだ。
「どう?少しは有用な情報かな?」
「ああ、助かった。少なくともちょっと話題に出ていた、競技会のために薬草を盗んだっていう説は間違いのようだな」
俺は今度こそタルテを呼び出そうと彼女達のいる方向へと振り向くと、今度は丘の上に立ったブランと目線が合う。彼はすぐさま俺を呼び度すように手を動かした。
…再びコレットを放置することになって少々申し訳ないが、俺はそのままブランの元へと向かった。
「なにかあったのか?」
「僕はね、犯人が兵士科の人間と仮定して考えたんだけど…、兵士科なら役割分担をして動くかなって。そしてこれさ」
そう言ってブランは自身の足元を指差す。既に消えかかっているが、雑草が広範囲にわたって潰れている。その範囲と潰れ具合から推測できることは一つ。誰かがここで寝そべっていたということだ。
野原のようになった丘の上。ここで気持ちよくお昼寝していた可能性もあるが、斥候を勤める俺にはこの位置が何を示すかがわかる。恐らくブランもその考えがあってここを調べに来たのだろう。
「この位置は…哨務にはうってつけだな」
「うん。下の畑に誰かが近づいてくれば直ぐ分かる。ついでに寝そべっていれば逆に見つかることは無いだろうね」
つまり共犯者がいたと言うことだ。一人は薬草を採取し、もう一人はここで周囲の警戒をしていた。つまり、犯人は薬草の知識が不足している可能性は高いが、一人を警戒に立たせるという知恵と知識を持っている。
俺は他の面々に情報を共有しようと声を掛ける。そしていい加減、コレットを案内してあげるよう、タルテにそっと助言をした。
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