第244話 それでも僕はやってない
◇それでも僕はやってない◇
「…?ハルト…!?誰かから聞いてきたの…?」
近づいていくと、薬草畑の緑の中にしゃがんでいたナナが立ち上がって俺らに声を掛けた。メルルもサフェーラ嬢もこちらに顔を向けて軽く手を振ったが、ブランは地面を見詰めて何やら呟くようにして考え込んでいる。
「こっちは学士科の友人にタルテの薬草畑を案内するために来たんだ。…聞いたってのは盗難の件か?」
俺は後ろの方で存在感を薄くしているコレットを親指で指し示しながら答えた。一応はタルテの薬草畑の警備状況を確認するつもりもあったのだが、そちらはついで、というか状況を確認するために下見に来たに過ぎない。
何故、ナナやメルルがここにいるのかと思えば、その答えは彼女達の足元にあった。生い茂った薬草畑の一部が、不自然に荒らされており数株の薬草が欠落している。イブキや管理人の爺さんが語っていた盗難の被害に違いないだろう。
「サフェーラ。わざわざ調べに来たの?先生たちには任せられないってこと?」
「先生方はあまり事を荒げたくは無いそうで…。言ってしまっては何ですが、薬草泥棒など良くあることなので…」
イブキが尋ねるとサフェーラ嬢が困ったように眉を顰めながら答えた。…ちょっとした小遣い稼ぎのために薬草を盗んで売る学生は後を絶たないらしい。確かに学院からしてみれば希少な薬草ならともかく、雑多な薬草が少しばかり盗まれてもたいした問題では無いのだろう。
第一、盗難が発生したのは生徒に分け与えられて個人で管理している所と聞いている。そういったところの管理責任は基本的には個人に委ねられているはずだ。希少な薬草が多いため警備を手厚くしてもらっているタルテが数少ない例外となるのだろう。
しかし、サフェーラ嬢の口ぶりからして、彼女は学院以上に深刻に捉えているようだ。その理由を詳しく聞こうと視線で問いかければ、メルルが俺らに向かって口を開いた。
「ハルト様。面倒なことに薬草を盗んだ犯人として彼らが噂されているのですわ。もちろん、証拠も無い言い掛かりではありますけど…」
メルルの視線の先には、盗まれた痕跡を観察しているブランが映っている。彼らとは要するに貧民街出身の生徒達のことであろう。
「…噂を流した人を辿ろうともしたんだけどね…?かなり広まってて辿れそうに無いんだよ」
「僕らがお金に困っているのは周知の事実ですから。…それこそ犯人が擦り付けのために噂を流したのではなく、単に邪推した人から湧いたのかもしれません」
貶められることに慣れているのか、ブランは感情の無いような平坦な声でナナの後に続いた。…給食費を盗むのはクラスで一番の貧乏人。よくある流れではあるが、腹立たしいものである。
聞けばブラン達は学院の一画で石鹸を作って売っているらしく、そのことがより薬草の窃盗疑惑に拍車をかけているらしい。確かに石鹸や化粧品の類に薬草類を配合するのは良く聞く話だ。
「…てっきり、競技会のせいで盗まれたと言われぬように、先手を打って行動しているのかと思ったんだが…」
まさかこちらの陣営にも問題が降りかかってきているとは…。
「私は一応、その目的もあってご一緒しているのですよ?…まぁ、憶測だけで他人を貶める輩に嫌気が差したということもありますが…。貴族としてはあるまじき振る舞いです」
つまりは、その噂は平民の間だけでなく、貴族の間にも蔓延しはじめているのだろう。…先日合ったレジアータが声高らかに叫んでナナを挑発している姿が目に浮かぶ。
しかし、俺は少し引っかかることがあり、顔を横に向けるとそこにいたタルテに尋ねた。
「タルテ。盗難の話はいつになって聞いた?」
「へ…?今日、イブキさんに聞いたばかりですけど…?」
俺もそのタイミングで初めて聞いたのだ。それ以前には盗難の話は耳に入っていない。
「…それも変な話ね。私は昨日サフェーラに聞いたばかりよ?サフェーラなら誰よりも早くその話を知っていて不自然では無いとは思うけど…」
俺が何を考えているのかイブキは気が付いたのだろう。俺に向かって自分が話を知ったタイミングを伝えてきた。
「…政務科の間や兵士科の者の間では随分広まってますわね」
「薬草を扱っているのは学士科だ。その学士科に噂が出回って無いのに他の学科で噂が広まるのは少々不自然じゃないか?盗難はいつ発生したんだ?」
噂の容疑者であるブラン達が兵士科だとしてもだ。そもそも薬草の盗難に真っ先に気が付くのがこの畑を管理している学士科の生徒だ。兵士科や政務科など、他科の人間には盗難があったことを知る機会が無い。
学士科の生徒の間で噂になっていれば、それが他科の間にも伝播することはありえるだろうが、学士科の間にはまだ噂が出回っていない。今そのことを知っているのは被害にあった生徒とその友人ぐらいだろうか…。
「最初に発覚したのは五日前ですね。…ねぇ、メルル。ハルトさんの言うとおり、私も少し不自然に感じます…」
「そうですわね…。噂の出回る速度としては早いとは思いますが…、レジアータのように耳障りなお喋りや今の学院の状況を考えれば無くは無いとは思いますわ。…ですが、確かに噂の分布としては少々不自然ではありますわね」
今の学園の状況というのは、競技会という目標が掲げられて、生徒間の対立が始まっていることを言いたいのだろう。
「五日前か。…ちょうど前日から開拓作業が始まったから、大半の学生の視線は薬草畑から逸れているはずだ。授業中に盗難が発覚すれば騒ぎになるだろうが…、それが無かったから学士科ではあまり広まっていないのか?」
「うぅん…。被害にあったのがタルテちゃんみたいに他の学科に知り合いがいる人で、そこから話が広まったとか?」
「でも…、薬草の盗難は…学士科の人の方が興味を引かれるはずですよ…?」
不自然な点を指摘すると、皆が様々な意見を述べる。学士科ではなく、他科を中心に噂が広まるのはあり得なくは無いのだろうが、やはりすんなりと納得はできない。
「…考察は後にしましょう。…ほら、現場を確認するために来たのでしょ?」
俺らが思考の海に沈んでいると、イブキがしゃがみこんで薬草を掻き分けている。薬草のために耕したからだろう。その掻き分けた先の柔らかな地面にはしっかりと何者かの足跡が刻まれていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます