第243話 学院の中の禁足地

◇学院の中の禁足地◇


「あん…?なんだァ?てめぇ…」


 俺は唐突に警戒心を含んだような老人に声を掛けられる。


 イブキの話を聞いた俺らは、コレットに薬草を融通することもあり、タルテが薬草を育てている薬草畑に赴いていた。


 学院の敷地内にある小規模な森と校舎の間。ちょっとした丘のようになったそこには様々な薬効を示す植物たちが植えられている緑の畑が広がっている。中にはガラスをふんだんに使った温室などもあり、そちらでは王都周辺ではあまり見ることとの無い植物が健康そうに育っている。


俺らが薬草畑に近づくと、隣接されている作業小屋らしき建物から一人の初老の老人が姿を現し、先頭に立っていた俺に声を掛けて来たのだ。丸刈りの髪型に片目を覆う眼帯。日に焼け、鍛えられた肉体は単なる老人と言うにはあまりにも剣呑な雰囲気を纏っている。


「おっほ!タルテちゃんじゃないかぁ!どうしたんじゃぁ?畑の方は順調だぞぉ?」


 鋭い気配を纏った老人…、と思いきや、タルテの姿を見た途端、孫娘を前にした老人の如く、だらしなく目じりが下がる。


「管理人さん…!今日は友達に薬草を分けてあげたくて来ました…!」


「おお!善い子じゃ善い子じゃ!タルテちゃんは優しいの!どれ、じぃじが飴をあげよう。学長から貰った高い飴じゃぞぉ?」


 管理人の爺さんは小屋から飴の入った瓶を取り出すと、蓋を開けて俺らに差し出した。タルテはその大玉の飴を美味しそうに口に含んで転がしている。タルテやイブキだけでなく、俺やコレットにも飴をくれる辺り、女にだらしないのではなく、子供が好きなのだろう。


 俺も飴玉を口に含んだが、単なる砂糖の甘みではなく、果実のような風味が口の中に広がる。管理人の爺さんが言うように高価な飴なのだろう。


「ほへへ…ほもはひをなかひひれていいへふは…?」


「友達を中に入れて良いかじゃと?もちろん大丈夫じゃ。一応決まりじゃから名前と所属を書いてもらうがの」


 飴で頬をリスのように膨らましたタルテが管理人の爺さんに尋ねる。それを聞いた爺さんは小屋の中から紙とペンを取り出して俺に手渡した。


 どうやら、薬草畑では入場管理を行っているらしい。そして、その入場管理のための名前の記載は、そのまま怪我や事故に対する個々の責任を明確にする署名になっている。…一部には近づくのも危険な植物が植わっているため、そのための対策のようだ。


「タルテちゃんがいるから大丈夫だとは思うが、あまり不用意に歩き回らないようにの…。さっきは怖がらせてすまんのう…。もっとも、おんし達は平然としとったが…」


 名前を記載した紙を返すと、管理人の爺さんの目が多少鋭くなり、俺とイブキを見詰める。怖がらせるとは出会いがしらに剣呑な雰囲気を纏っていたことだろう。あれはどちらかと言うと管理人というよりも警備員といったほうが正しい雰囲気であった。


「…ねぇ、おじいさん。最近は泥棒が多いって聞いたけど、あれはそのせいかしら?タルテの畑は大丈夫かしら?」


 イブキは早々に飴を噛み砕き、タルテとは違ってちゃんと喋れている。


「ふむ…。学生にも噂になっておるか。…泥棒どころか貴重な薬草を譲るように押しかけるものが多くてのぉ…。何、そのような者はじぃが追い返してるから安心すると良い。それにタルテちゃんの畑は特別な区域じゃしの」


 タルテにも聞いていたが、タルテの畑には希少な薬草が多いため、薬草畑の中でも警備が厳しい場所に位置しているらしい。それこそ、薬草畑に入場管理を行っているのもその警備の一環だ。売ればそこそこの値段が付く薬草が多いため、薬草畑は壁に覆われており簡単には侵入できない。


 …昔からお金に困った学生が粗相することが多いのだが、薬草畑の中には特例で許可が出ている栽培禁止の薬草もあるため警備はかなり厳しいらしい。とりわけ禁止薬草が植わっている区間は俺らはもちろん、タルテでも入ることができないそうだ。


「泥棒が出たのは…ほれ、あの壁の向こうの畑じゃ。あの辺りは授業でもよく使うからそれこそ警備は殆ど無いからのぅ…」


 そう言って管理人の爺さんは、今立っている丘の下、俺らも授業で出入りしている薬草畑や温室を指差す。…ちなみにその更に先が俺らが開墾したての新しい畑だ。緑の絨毯が広がる景色の中で、そこだけが土色を表に出している。


「ハルト君…。薬草泥棒って、もしかしたら競技会のせい?」


「…ちょっと、コレット。そう思っても言葉にしないことね」


 競技会のせいで大量の薬草類を欲しているコレットが、泥棒の動機を類推する。しかし、イブキがその言葉を嗜めるように止める。確かに競技会のせいで薬草の需要があがり売り払うため、あるいはコレットがしようとしてるように練習や本番用の薬草を求めて盗みに入るとは十分にありえる話だ。


 しかし、それを言葉にすれば角が立つ。競技会の実行委員であるサフェーラ嬢に薬草の保全に対する責任は無いのだが、そういった言い掛かりが噂になればそれはそれで汚点となりえるのだ。


「まぁ、タルテの畑の警備は突破されて無いから、そこは安心か。考えたくは無いが、妨害のために競争相手の畑を焼くなんてことも考えられるしな…」


 禁書庫ほどでは無いのだろうが、学院の中でも警備の厚い所だ。そこに忍び込んで妨害をするとなると、かなりリスクが高いように思える。まともな考えができるのならばそんな乱暴なことをするとは思えない。


「…ハルホさん、はれ…。あれっへ…ニャニャさんとネルルはんひゃ…?」


 薬草畑の中を歩いていると、相変わらず飴玉のせいでリス状態のタルテが、頑張って発音しながら丘の下の薬草畑の一画を指差す。…確かに彼女の言うとおり、ナナとメルル、そしてサフェーラ嬢、ついでにブランらしき者の姿が見える。


「あら、サフェーラじゃない。…調査をしにきたのかしら?そんなことは言っていなかったけど…」


 イブキがその目を凝らしながら薬草畑に集まっている四人を見詰めている。彼女達のいる場所は、まさに先ほど管理人の爺さんが盗難があったと指摘していた畑の一画だ。


 先ほど、コレットが発言したように、競技会のせいで盗難が発生したという噂が流れるのを防ぐために調査をしにきたのだろうか?


 俺らは誰とも無くそちらにつま先を向け、四人の方へと歩き始めた。


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