第241話 粘着質な男

◇粘着質な男◇


「こちらは申請通りの人数だぞ?むしろ整列して剣を振るう分、そこまで場所を食ってはいない。…それとも、今のはという意味合いで言ったつもりなのか?」


 突き放すように固い口調でナナはレジアータに相対した。しかし、レジアータはナナの言葉を受け流すように髪をさっとかきあげ、あざ笑うように鼻で笑った。


 レジアータの後ろに集っている兵士たちもニタニタとあまり好意的に思えない笑みを浮かべているが、その視線はナナと言うよりも、ナナが鍛えている拳闘ファイト倶楽部の面々へと注がれている。


「やっていることは素振りじゃないか?基礎練習は他所でやりたまえよ。申請したからと言って、内情がお遊びじゃ不適格というものではないんじゃないかな?」


「基礎練習も立派な訓練だ。基礎という意味を良く考えたほうが良い。それこそ貴様のこの無意味な言いがかりこそ、修練の邪魔となるお遊びなのでは…?」


 二人の間で火花が散る。訓練場は確かに手狭ではあるが、まだスペースはある。なにより、こういった諍いを防ぐために、基本的には早い者勝ちという不問率がある。こちらが常識的な範囲で使用している以上、レジアータの言っていることは限りなく言いがかりに近い。


 しかし、彼の後ろに控えていた手下らしき者が、彼に耳打ちをする。俺の耳には風に乗って彼の発した言葉がしっかりと届く。…なんてことはない。拳闘ファイト倶楽部に所属している、貧民街出身者を馬鹿にするような言葉だ。


「へぇ…。なるほどねぇ。そこで剣を教えているのは落第生なんだ?人が集まらなかったのかな?それとも施しをすることで自己肯定感を感じているとかかな?」


「なに?お喋りをしにきたの?それともこれは遠まわしな妨害工作のつもりなのかな?凄いね。こんな方法兵法書にも書いてないよ」


 冷やかしに来たにしては妙にしつこい。まだ何か目的があるのかと観察していると、レジアータは懐から一枚の書類を取り出してきた。


 いきなり突きつけられた書類にナナは不思議そうに視線を這わすが、その書類に書かれている内容を読むと、驚愕するように目を見開いた。


「何これ…!?わざわざこんなもの用意したの!?」


「ええ、最近は訓練場が混んでいると聞いていましたので。一筆書いてもらったのですよ。何事も準備は大切ですからねぇ」


 俺はナナの後ろから、こっそりとその書類の中身を盗み見する。そこに書かれた内容はそこまで多くはない。単純に訓練場を使って訓練をしろという教員からの指示書だ。署名の欄には少し前に猫騒動で関ったダイン教諭の名前が書かれている。


 …本来は補習などで追加の訓練を課される際に用いられる書類だ。だが、教員からの指示であり、さらには授業の一環として扱われるため、そこに書かれている内容の優先度は高い。


 有体に言えば、訓練場の使用が他の者より優先されるという訳だ。


「それで、わざわざ私達を追い出して使用すると言いたいの?」


「いえいえ。そこまでは言いませんよ。…ただ、まぁ物事には頼み方というものがある訳でねぇ…」


 調子に乗ったかのようにレジアータは勝ち誇った顔を浮かべる。言外に使いたければ頭を下げてお願いしろと言っているのだ。…訓練場は俺たち意外も使用しており、中には俺らよりも広々と使っている者もいる。その中でわざわざ俺らにそれを要求するのは嫌がらせ以外の何者でもない。


「ハルト様…。駄目です。駄目ですわよ」


「…分かってるって。俺はバーサーカーか?」


 飛び掛りそうな俺をメルルが嗜めるように声を掛ける。メルル自身も迂闊に助け舟を出せないようで、ナナの対応を見守っている。


 俺だけでなく拳闘ファイト倶楽部の面々も剣呑な雰囲気を纏ってはいるが、ここで考え無しに行動すれば不味い事態になることは分かっているようで、悔しそうな顔で耐えている。


 貧民街の住民と排他され、兵士科でも落第生として扱われている彼らは、それこそ俺らよりも耐え忍ぶことには慣れているのだろう。


「ふぅん。随分矮小な真似をするね。そんなに訓練所を使いたいのなら私達があげるよ」


「もとより、こちらはダイン教諭の指示でこちらを使うように言われているのです。譲るも何も優先権はこちらにありますよ」


「ナナ。どのみちもう時間ですわ。さっさと戻りましょう。…レジアータさんも、あまり迂闊な行動は控えるべきですわ。この学院は何かと目が多いでしょうしね…」


「ははは、メルル嬢にそれを言われると恐ろしくてたまりませんね。…たしかに覗き見とは不躾な者も多いようだ…」


 レジアータの言う覗き見とは、メルルの実家の家業である諜報部隊のことを指すのか…、それとも未だに後方で俺らのことを窺っているアレックスのことを指すのか…。


 ともかく、ナナとメルルは会話を切り上げると、何も発する事無く訓練場の出口へと歩き始める。俺らも二人を追いかけるようにして後に続く。


「ナナリア嬢、メルル嬢。災難だったみたいだな。だが、そいつらを鍛えることには俺も反対だ。体は仕上がっているようだが、見たところ剣の腕前は競技会レベルではない。来年ならまだしも、今年には間に合わないだろう」


「なに?アレックスも邪魔するの?良いから放っておいてよ」


 通り抜けざまにアレックスがナナに声を掛けるが、ナナは聞く耳を持たず、僅かに足を止めただけで通り過ぎる。アレックスの視線はナナやメルルというより後ろの男達に注がれている。


 唯一、毛色の違う俺とタルテにその吟味するような視線が長く注がれるが、それでも直ぐに興味無さそうに探るのをやめた。


「すいません。なんか、俺らのせいで睨まれちゃったみたいで」


「違いますわよ。どちらかといえばこちら側のトラブルですわ。…でも、あなた達にも具体的な目標が見えたのではなくて?」


「ごめんね?なんか巻き込んじゃって…」


 ギルが申し訳無さそうに俺らに謝るが、それをメルルが訂正する。…確かに、彼らは良い具合にヘイトを集めてくれた。今は剣術を覚えることに純粋に喜んでくれているが、今後は彼らに打ち勝つことが拳闘ファイト倶楽部の面々のモチベーションにも繋がるだろう。


 見返したいという彼らの気持ちが、より剣を鍛える熱となるのだ。


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