第240話 剣の握り方から

◇剣の握り方から◇


「ほら、そこ。剣先がぶれてるよ。無闇に回数をこなすのではなく、遅くて良いから正しい姿勢で素振りをすることを意識して!」


 あの殴り合いと言う自己紹介が果たして本当に必要だったかは少々疑問に思えるが、それでも拳闘ファイト倶楽部の面々とはあの勝負を機に距離が縮まった。


 そして、そんな彼らにナナが持ち出したのは軍事演習競技会でのチームへの勧誘ではなく、個人的な剣術指導であった。もちろん、競技会のことも伝えてはあるのだが、それとは別に剣術を見るという提案を彼らは快く受け入れたのだ。


「少し彼らのことを調べてきたのですが、やはりあまり真面目に指導されていないようですわ…」


 素振りをする彼らを見ながら、メルルが俺にそう呟いた。


 何故彼らが、ナナの剣術指導に喜んでいるのか。それは彼らが王都の貧民街の出身ということに理由がある。そもそも、兵士科に入学する者が大なり小なり剣術を習得している者が大半だ。一方、貧民街出身の彼らは剣術を確りと習得する余裕は無かった。それこそ入学金を稼ぐことで他のことには殆ど手が回らなかったそうだ。


 ではなぜそんな彼らが入学できたかと言うと、兵士科が随時生徒募集中の定員割れに近しい状態にあるということと、彼らの言うによる学科試験対策と体力試験で平均以上の成績を示したかららしい。残念ながらは剣術を収めているわけではないそうだ。


「剣術の授業も習熟度に応じて、三段階に分かれているのですが…初級剣術のクラスでも素人レベルの者は放置されがちの様でして…」


「むぅ…。それを教えるための学院だと思うのですが…」


 剣術の指導は初心者ほど手が掛かる。ある程度形になっている者であれば、自主的な鍛錬に任せても問題はないが、初心者には教えることが多い上、変な癖が付かぬように逐一監視する必要があるからだ。


 そして初級剣術の授業は複数の生徒を数人の教師で見ている状態なのだろう。ともすれば、剣の握り方から教える必要があるような者達は放置されがちになるし、彼らの貧民街出身という肩書きもそれを助長することに繋がる。


 ちなみに、放置された結果、剣術の授業では筋トレばかりをしているらしい。どおりで貧民街出身でありながら筋肉隆々の者ばかりになるはずだ。


「ハルト君…!どうだ…!さまになっていないか…!」


「おい、ギル。あまりこっちに来ないでくれ。近くでその剣を振られると集中できない」


 ナナの剣術指導ではなく、特別メニューをこなしているギルが俺に声を掛けてくる。ギルはやたら身幅のある大剣を軽々と振り回し、にこやかな笑顔を俺に向けている。一方、その近くでしかめっ面をしているのは、同じく特別メニューをこなしているブランだ。


 ブランには騎馬民族の血が入っている。そして騎馬民族といえば馬術と弓術だ。弓は矢を消耗する金のかかる武器であるためブランは触ったこともないそうだが、それを聞いたナナが試しに彼に弓を持たせたところ、彼には弓の適性があったのだ。


 ブランは初めて触る弓に始めは悪戦苦闘していたのだが、一度的に当ててしまうと瞬く間に当たりを量産し始めた。ナナが言うには精密な動作と細かな肉体の感覚に秀でているらしい。そして何より目が良いとナナは感心していた。


「ハルトさん。手が開いているなら、的を投げてもらって良いかな?一人だとできない訓練だから、人がいるときはそっちをやりたいんだ」


 ブランが俺に訓練の手伝いを頼んでくる。彼がいう訓練とは俺が投げた的を空中で打ち抜くという動く敵に当てるための訓練だ。


 ナナがブランの目の良さを褒めたのはこの訓練の結果があったからだ。ナナも触り程度しか弓を習ったことはないため、あまりその凄さを把握できてはいないらしいが、弓を専門に習得しているネルカトル領の弓兵に迫るほどの命中率を叩き出しているらしい。


「おいおい。ハルト君は今から俺と比べ合う流れだっただろう?俺も相手がいなければ対話できないのだから、ブランは少し待っていてくれ」


「…だったら、後でギルが手伝ってくれるかな?それなら、構わないよ。…あと、暴れるならもう少し離れてやってくれ」


「ああ…でしたら、私がお手伝いします…!投げるのには自信があるんです…!」


 タルテが腕まくりをしてブランの方へと向う。俺も模擬剣を手に取ると、タルテの後に続くようにしてギルの方へと向った。


 訓練場はそこまで広いわけではない。俺とギルは十分に暴れるスペースを探るようにしてゆっくりと歩く。そして指導をするナナの近くに陣取るようにしてギルと相対した。


 早く始めたくてしょうがないようなギルを落ち着かせて、俺はナナに近くで暴れることを伝えようとナナの方へと近寄った。


 しかし、俺が声を掛けるよりも早く、ナナには別の者が声を掛けた。


「おいおい。あまり自分たちで訓練場のスペースを使うのは感心しないね」


 俺を飛び越すようにしてナナに声を掛けた者を、俺は振り返って観察する。恐らくは兵士科であろう者達の集団。しかし、それを率いている声の主であろう者は兵士科ではないのだろう。なぜなら、体が少々だらしないのだ。


 小太りと言うほどではないのだが、頬や首周りに多少の贅肉が見て取れる。過酷な運動量が課されている兵士科であれば、もっと引き締まった体付きになるはずだ。


 そして何より、装いに金が掛かっている。兵士科で配布されているような運動着ではなく、質の良い布で作られたそれは、着る者の身分を証明してくれている。


「ハルト様。彼が例のレジアータですわ。…ちなみに、向こうでこちらを見ているのがアレックスです」


 メルルが俺に駆け寄ってくると、こっそりと耳打ちする。…レジアータ。ナナの元婚約者候補。候補でしかも元が付いている時点で、今は文字通り無関係の男なのではあるが、その行いによって今はサンドバック候補へと上り詰めた男だ。


 アレックスは遠目ではあるが、レジアータとは違って贅肉は無く、精悍な顔付きをしている。ニヒルな笑みを浮かべて腕を組んでおり、こちらを高みの見物をするように眺めていた。


「…はぁ。面倒臭いのが来た。…ハルト。手を出さないでね?」


 手で額を押さえ、心底嫌そうにため息を吐きながらナナが彼らに向き直った。


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