第236話 総勢四名!推参!
◇総勢四名!推参!◇
「ハルト様。草案を入手してきましたわよ。一緒に確認いたしましょう」
ナナの参加表明を聞いてから暫く経った頃、メルルが俺らの下に例の演習の裏流しされた写しを持ってやってきた。このような裏流しを草案を入手しといて言うのもなんだが、一応は公平性を期すため、俺らは時折相談される程度で、サフェーラ嬢の企画には参加していない。
「おおう。随分大事になりそうだな。…開催時期も随分後だ…」
草案の題目には軍事演習競技会とでかでかと書かれ、その下には予定日も記されている。そこに書かれた開催予定日は、今から数ヶ月も先の秋の終盤ともいえる日取りが書かれている。
「その辺も、サフェーラちゃんが愚痴ってたよ。そもそも予算に組み込まれていない行事だから、金銭の掛からない程度の規模にするつもりが、大事になったせいでそうもいかないって…」
「となるとパトロンを募って出資してもらうという方法がありますが…、そうするとクローズではなく学外にもオープンな大会にする必要がありますわ。その辺りの準備期間と、観客を呼び込む帰還を考えれば、どうしても開催時期が遅くなってしまいます」
ナナとメルルがサフェーラ嬢の苦労を偲んで、その草案を見詰める。つまりここに書かれているのは単なる思い付きを纏めたものではなく、それを吟味し実現可能な企画に落とし込んだ、サフェーラ嬢の努力の結晶なのだろう。
…考えてみれば、そのような規模の大会を数ヶ月で立ち上げるというのも凄い話だ。毎年執り行う行事であっても、一年掛けて準備するようなものはざらだ。これからが忙しいのだろうが、それをこの期間で実現できると算段を付けられるのも彼女の能力の高さから来るものなのだろう。
俺は草案に目を通しながらその内容を確認していく。…兵士科の対外発表の機会になるだろうからか、どうやら学院側も秋の大運動会には協力的なようだ。
「ええと…、場所は…第二軍事演習場…ですか…?」
「ええ。王都郊外にある広大な演習場ですわ。まぁ、演習場とは名ばかりで僅かばかりの森がある荒地といったほうがいいのでしょうが…」
メルルが草案を覗き込みながら開催場所を読み上げる。開催場所にわざわざ学外の施設に目星を付けるあたりからも、本気度が窺える。
俺らは草案の束を捲り、最も重要な箇所に目を通す。そこには具体的な勝負の方法が記載されていた。
「武器は模擬剣のみ使用可能…。意外だね。一部の魔法は使用可能だよ」
「ああ、そこはダイン教諭が強引に定めたそうですわ。参加する生徒には魔法種族も居るはずですので、まぁ妥当な判断でしょう」
魔法種族は種族特性と呼ばれるものが備わっており、息をするように魔法を使う。逆に言ってしまえば魔法を使うなといわれても無意識に使っている者が多いため使わないことなどできないのだ。
俺の立場で言ってみれば、周囲の風を読む感覚と身体強化や各種耐性は常に発動しているので、止めること自体が不可能だ。
そのような存在を許可して、魔法種族以外の魔法使いに魔法を使うなとは言えないだろう。となれば全体で魔法の使用を認めるしかない。
「ふぅん。致死性があるものはもちろん、高威力の魔法は禁止。その代わり、事前に魔法の腕前を確認していれば、低威力の魔法でも撃破判定がもらえると…」
「あの…それってどういうことですか…?」
「要するに、私が事前に火魔法の出力を見せていれば、実際に使ったのがちょっと熱い程度の火魔法でも撃破判定がもらえるってこと。本来であればもっと強力な魔法が使えるはずだからってことでね?」
…少々、その辺りの判定には不安が残るが、模擬剣を使う時点で戦闘不能の判断は判定に委ねられる。…サフェーラ嬢の仕切りであるため審判の買収などはそこまで心配する必要は無いだろう。
「肝心の勝敗の決め方は、チームの半数以上の撃破または指揮官の撃破。…問題は…参加人数だな」
俺は草案の編成人数について書かれた箇所に指を這わせる。そこには参加人数の下限は無いものの、基本的には一分隊の人数で一つのチームと書かれている。国によっても変わるだろうが、この国で一分隊とは十二人で運用されている。
「そこでもサフェーラ曰く相当に揉めたそうですわ。案の中には小隊や中隊規模での話もあったみたいで…、結局は審判の目が届かなくなるということで分隊規模になりましたが…」
「まぁ…油断するわけじゃないが、いけなくは無いだろ。盗賊団や魔物の群れだったり、倍以上の人数を相手にすることはざらにあっただろ?」
戦いは数と言うように、最も強力な武器は人数だ。立ち回りを無視して考えるのであれば、一人で二人を相手にするには片方を瞬殺ほどの力量差がないと勝つことは難しいのだ。
だが、正直言って学生レベルの腕前であれば、瞬殺できる自信がある。一部、イブキやホフマンレベルの力量の者に囲まれれば苦戦はするだろうが、軍事演習競技会は広い演習場を私用したウォーゲームだ。見合った状態で一斉に戦い始めるのではないため、立ち回りで如何様にもカバーすることができる。
「ううん。…最悪は四人での参加もやむをえないんだけど…」
「ハルト様。そうすると今度はナナに人望がないと揶揄されますわ。できれば数合わせでも良いので何人か呼び込みたいところです」
…少人数で勝ったほうがかっこいいとは思うのだが…、ナナやメルルがそう言うのであればそういうものなのだろう。しかし、俺の方でも参加してくれそうな人員には心当たりが無い。学士科に通う生徒は基本的に戦う人間ではないのだ。
「例のアレックスやレジアータは優秀な成績を収めるものに声を掛けております。その他の貴族家も派閥の者や自身の縁のある平民などを集めているのですが…」
「私達の領地は独立独歩だしね。学院に来ているのも私達ぐらいなんじゃないかな」
国軍に加わるにはオルドダナ学院の兵士科を卒業することが基本的な方法だ。しかし、ネルカトル家の有する騎士団はその限りではない。大きな自治権を許されている領であるため、軍の系統が別物なのだ。
そのため、縁のある平民も少ないし、貴族関係としてもちょっと浮いた存在だ。…そして悲しいことにメルルも似たような立ち居地なのだ。ゼネルカーナ家は貴族を監視するための貴族であるため、その関係性は広く浅い。そして配下の平民も暗部に類する存在であるため学院には通っていないのだ。…もしかしたら通っているのかもしれないが、こんな行事でメルルとの繋がりを見せないだろう。
「私…少し心当たりがあるかもです…!」
人員をどうするか。そう頭を悩ます俺らに向かって、タルテはそう言い放った。
…そういえば、彼女は兵士科で人気者だったな。
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