第235話 焚き付けて焼かれる者達

◇焚き付けて焼かれる者達◇


「ああ、ハルト。どうらや私達は傍観者とはいかないみたい…」


 恒例になりつつある放課後のサロンで、ナナが俺にそう語りかけた。軽口を叩くような口ぶりではあるが、その視線はいつもより険しい。妖精の首飾りでチームを組むのは不味いとイブキから言われたばかりなので、その発言に少々戸惑ってしまう。


 まるで心で燃え盛る炎を消火するように、ナナは紅茶に口をつける。しかしその視線は相変わらず険しいままだ。


「ごめんなさい。私の不手際です。まさかここまで加熱するとは…」


「ある意味では、ここで燃やしてしまえば後々が楽ですわ。後になって爆発してしまうくらいなら、ここで燃え盛って消し炭になってもらいましょう」


 サフェーラ嬢が謝り、メルルも腹に据えかけたように冷たくそう言い切った。どうやら俺の知らない間に、サフェーラ嬢を筆頭にした貴族組みに何かしらのことが起きたらしい。俺とタルテとイブキは席に着くと、貴族組みの彼女達に先を促がすように目線で問いかけた。


「ハルト様。以前、ナナが戦略や剣術の授業で活躍した話をしたと思いますが…。そこで負けた者達が今回の話を焚き付けているのです」


「…兵士科の者たちのガス抜きになればと思ったのですが…それを貴族間の諍いに使われるとは…」


 メルルとサフェーラ嬢の発言を聞いて、ナナが何を怒っているのか推測することができた。恐らくは授業の科目では勝てないからといって、今回、サフェーラ嬢が考えている演習にて雌雄をつけようと挑発されたのだろう。


「もちろん、ナナに協力するのは良いんだが…、貴族の関係性には疎いんだ。メルル、今はどんな状態なんだ?」


 怒っているナナに聞くのがちょっと怖いので、俺はメルルに問いかける。正直言って、毛嫌いしていたこともあり、貴族関係の話はそこまで詳しくは無い。サフェーラ嬢のことも中央貴族の重鎮の娘とは聞いているが、どのような地位にいるのかも、何を持って中央貴族と言うかも理解はしていない。


「ええと…そうですわね。一応詳しく話しましょうか。…といってもこの学院の貴族子女の関係性ですわよ?実際の貴族家の関係性となるともっとややこしいですからね」


 そう言ってメルルは鞄から紙と筆を取り出す。…貴族の関係性の複雑さは以前にも彼女から聞いてはいる。同じ派閥でありながら敵対していたり、別の派閥でありながら地理的問題で仲が良かったりと色々事情があるらしいのだ。


「まず…、今回の件を焚き付けているのは東方の貴族家と中央の貴族家ですわね。それぞれ中心的に活動しているのは、中央の軍閥の一画であるハルガネート家の次男、レジアータと…、東方の武闘派貴族であるホーンスタジア家の長男であるアレックスですわ」


「そのお二方が対立して争っているのです。しかも事を大きくするために周囲にも勝負を持ちかけてまして…」


「なにそれ。勝負がしたいならその二人だけですれば良いじゃない」


 東方貴族のアレックス・ホーンスタジアと、中央貴族であるレジアータ・ハルガネート。メルルとサフェーラ嬢が言うには、その二人がこれ幸いにとサフェーラ嬢の計画を利用しようと企んでいるらしい。しかも単に勧誘をして自陣を強化するだけではなく、他の貴族も焚き付けているのだとか…。


「その敵対している二人が仲良くナナを煽っているのよ。授業は彼女の方が良い成績を収めていますから…」


「アレックスはまだ良いよ…!私もその口だから分かるけど、彼は単に戦いたいだけの人間!頭にくるのはレジアータの方…!」


 ナナが憤慨したようにそう言い切った。どうやら彼女の機嫌が悪いのはレジアータの仕業のようだ。ナナは乱暴にカップをテーブルに置き、カチャンと陶器のぶつかる音が響いた。


「まぁ…強いて言えばアレックスさんは…、同じ辺境の貴族家であるナナさんが私と仲良くしているのを羨んでいる程度のようですが…」


「レジアータの方は、辺境を馬鹿にしてるうえに…。ナナ。これはハルト様に言って良いのかしら…」


「…構わないよ。どうせ向こうがそれを馬鹿にしてくるだろうし」


 メルルがナナに訪ねると、ナナはばつが悪そうに視線を逸らしながらそう答えた。ナナの返事を聞いて、メルルは身を乗り出して俺に向き合った。


「…ハルト様。レジアータはです。それを彼は自身の汚点のように語るのですよ」


「…ほう」


 自分でも驚くほど低い声出しながら俺は一言そう答えた。


「ハルト。婚約者候補と言ってもほとんどなにも無かったよ。私も話に聞くまで思い出せなかったくらい小さな頃の話。…向こうから婚約の打診をしてきたくせに、私がこの傷を負ったとたんに即座に撤回してきたの」


 ナナは自分の顔にある火傷痕に手を当てながらそう答えた。そこには卑屈になるような気配は無く、単に憤慨する気持ちだけのようだ。…どうやらその男とは美的センスが合わないようだ。豚人オークの知り合いができたら紹介してあげるべきだろうか?


「その頃の話は私も詳しくはありませんが…、半自治領を治めるネルカトル家は血の尊さでいえば王家に次ぐ存在ですから。そこのお姫様であるナナと中央の軍閥の一つであるハルガネート家が結ばれるのは政治面でも軍事面でも国として重要な案件であったはずです。…聞いた話ではかの家の夫人が強固に反対して婚約の撤回になったそうですわ」


「私からすれば、あんなのこっちから願い下げだよ…!それを会う度に傷のことを馬鹿にしてきて…!」


「むぅ…!なんなんですかその人…!」


「いいじゃない。聞いたところ、授業の科目で勝っているのでしょう?他に勝てるところが無いから傷に触れるしかできないのよ。…今回のサフェーラの発起した演習と同じ流れね。授業の科目では勝てないから、別の勝負で勝ち星を挙げたいのよ」


 下劣な男の存在に俺の腸も煮えくり返るが、女性陣が変わりに声を挙げてくれているため、腹のうちに押し留める。…なるほどなるほど。つまりサフェーラ嬢の考える演習では合法的にそいつをぼこれると…。


「なるほどな。そのレジなんとか君がナナにも勝負に出るよう挑発して来てるということか。良いじゃないか。その勝負を買って出よう。…いいか?みんな。殴るのはちゃんと交代だからな?」


 特にタルテ。ナナのことを自分のように怒ってくれる優しい君のことだから、釘を刺しておかないとみんなの分と言って一人でレジ何とか君を雑巾にしてしまう可能性がある。


「もちろん。こっちは正々堂々打ち破るよ…!だからハルトもタルテちゃんも協力してね?」


 そう意気込んでナナは拳を握り締めた。


「…一応言っておきますが、私の考える演習内容は安全に配慮しますからね?死人が出ないように気を配ってください」


 サフェーラ嬢は苦笑いをしながら意気込む俺らを見詰めてそう呟いた。


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