第234話 次の学院トレンド

◇次の学院トレンド◇


「ねぇ、ハルト君は聞いた?あの噂」


 植生学の実習にて、横に立って作業するコレットが俺にぴったりと寄り添うようにして小声で話しかけてくる。彼の黒髪の下では、青とも緑ともつかない、大きなシアン色の瞳が俺に向けられている。あまりコレットとくっついていると女子どもに騒がれるので、俺は肘でコレットを押しのけた。


「噂って、なんでコレットも気にしてるんだ?軍事演習のことだろ?」


 サフェーラ嬢と共に妖精の小花ブルーベルの移植をおこなったあの依頼以降、学生が腕試しのために狩場に侵入することは驚くほど下火になった。


 というのも、あの後ホフマンがわざわざサフェーラ嬢の下を訪ね、森での出来事への侘びと噂を流すことの許可を貰いに来たらしい。噂とは、要するに上位貴族が今の兵士科の行いに眉を顰めているという情報だ。


 ネイヴィルスのような我の強い生徒ならまだしも、大半の生徒は一時的にではあるが大人しくなったのだ。貴族に睨まれるのを覚悟で無茶をするものは殆ど存在しない。


 しかしその噂で鎮まっても、すぐに問題は再燃する。それを封じ込めたのはコレットの言う新たなる噂だ。兵士科において剣術大会に代わる軍事演習なるものが執り行われるという話が出回ったのだ。


「その軍事演習だけど、聞いたところ他の学科も巻き込むって話じゃないか。皆それで浮き足立っているんだよ」


 興味津々といったふうにコレットはそう呟いた。…俺は知っている。未だにサフェーラ嬢がどういった形式にするか悩んでいることを。コレットのいう他の学科を巻き込んだものとは、その話を聞いた貴族たちが先走ったものに他ならない。


 貴族対平民という構図を作りたくなかったサフェーラ嬢は平民と貴族の入り混じった混成群での団体戦を考えている。それならば、たとえ負けたとしてもそれはその団体を率いる貴族に負けただけで平民に負けた事にはつながらない。団体戦であれば貴族の面子を潰す可能性は低いのだ。


 そして、その話を聞きつけたほかの貴族たちは勧誘合戦を始めることとなった。未だにチーム分けの方法は定まっていないが、勝つためには有能なものを先んじて抑えておきたいのであろう。


「ああ、始めは兵士科や魔法兵士科だけの話だった見たいだけど、他学科の有力者にも声が掛かり始めたとは聞いているな」


 規則を無視ししてでも狩猟をしにいっていた熱量がそのまま軍事演習へと向いたのだ。その行動はサフェーラ嬢の予想を裏切って加熱の一途にある。


 …あるいはそうやって勧誘合戦を過熱させることで、自分の選択したチームでの参戦やルールの設定などに口を出す腹積もりなのかもしれない。最近はそういった手合いの貴族がサフェーラ嬢を訪れることが多々あるらしい。


 俺は実習用の薬草類を植え替えながら、視線をテーブルの反対側へと向ける。そこではタルテがほかの生徒とは異なる薬草達を手早く植え替えている。


 植生学や薬草学では断トツの成績を収めるタルテは、一人だけ特別メニューなのだ。すでに学園の薬草園には彼女のために専用の畑が用意されているほどだ。


「タルテ。確かまた勧誘が来たって言ってたよな?今のところ問題は無いか?」


「ふぇ…?勧誘ですか…?一応、治療員として参加する可能性が高いって言ってるので…!それで皆さん諦めてくださいます…!」


 聖女として兵士科での名声を得ているタルテは、勧誘合戦で真っ先に声が掛かる存在だ。ある意味ではタルテの存在こそが他の学科に声を掛ける発端ともなってしまったのかもしれない。


「なに自分は大丈夫って顔してるの?あんただって危ないんじゃないかしら。少し調べれば、狩人ギルドでのアナタの噂は手に入るわよ」


 タルテの横で作業していたイブキが呆れたように俺に声を掛ける。彼女の言う噂とは、学士科に在籍する頭脳明晰冷静沈着の俺の噂ではなく、狩人としての俺の噂だ。人目を引いているタルテと一緒に行動している時点でそこから調査の手が伸びる可能性もある…。


「イブキさんに聞いたよ…?ハルト君、もう銀級なんだってね?僕らの世代では君だけなんじゃないのかな?」


「…銀級どころか、もっと特別なしるしが付いてるわよ。…そのしるしがばれたら大変なことになるんじゃないかしら?」


 イブキがからかうように俺の胸元に目線を向ける。彼女の言うしるしとは竜狩りドラゴンスレイヤーの印だろう。この印は金級でも持っている者はそう多くないらしい。イブキにこのしるしを見られた際には根掘り葉掘り聞かれたものだ。


 銀級であることはまだしも、竜狩りドラゴンスレイヤーはイブキにも公言しないようには頼んでいる。しかし、狩人ギルドで活動するとどうしても狩人証は人目に触れることになるので、その竜狩りドラゴンスレイヤーの印も王都の狩人ギルドでは多少知られてしまっている。


 もし、狩人ギルドで情報を集めるものが出てくれば、簡単にその情報に行き着くだろう。実力を隠すつもりは無いが、ナンパのようにしつこく勧誘されるタルテを見ていると、億劫に思えてくる。


「はぁ…なんなら妖精の首飾りとしてチームを組んだと公言しちまうか?それならタルテへの勧誘も収まるだろ?」


「だめに決まってるじゃない。まだその辺はサフェーラが悩んでいるところよ?そのサフェーラと仲の良いあなた達でチームを組んだとなれば、他学科の参入を認めたと一緒じゃない」


 …となれば、さっさとサフェーラ嬢に決断してもらうべきか。俺は少しばかり騒がしくなった学内の様子に、憂うようにため息を吐き出した。


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