第233話 植え替えは手早く終わった

◇植え替えは手早く終わった◇


「…さっきは悪かったわね。あなたなら余裕で捌けると思ったのよ。…実際にそうだったし…」


 湧水の森の水源。王都へと続く水道橋の始まりにある管理施設にて、常駐する兵士へと説明のためにサフェーラ嬢が施設内に入ると、イブキが俺の横に立ち、先ほどのことを申し訳無さそうに詫びてきた。


 恥ずかしげにしながらモジモジと謝るその所作は、まるで幼い少女のそれではあるが、それは指摘してはいけない。彼女は一人前のレディとして扱わないと烈火のごとく怒るのだ。


「いや、驚きはしたが言い手だと思うよ…。ああいう手合いには結果を見せ付けるが効果的だしな。…うん。できれば事前に言って欲しかったけど…」


 別に怒ってはいないのだが、ここで素直に許してしまうと次からも打たれそうで怖い。ナナの火球も俺目掛けて飛んでは来るが、イブキのボルトは的確に命を狙ってきそうで怖いのだ。


「皆さん。入場の許可が出ましたわ。タルテさんは植える場所の選定をお願いします」


「は、はい…!分かりました…!」


 事前に話も通っていたのだろう。そう間をおかずにサフェーラ嬢が建物の中から呼びかける。


「へぇ、これが妖精の小花ブルーベルですか。…近場にこれを植えるに当たって、特に注意すべきことは無いんですよね?」


「はい…!自然のままで育つ所を見極めますので…!上手くいけば、それこそ妖精さんがお世話してくれます…!」


「はぁ。そいつは助かります。如何せん、戦うしか能の無い集まりなもんで…、草花の世話まで頼まれても…なぁ?」


「ああ、三日で枯らすに違いない。…妖精が来るというなら、むしろ不用意に近づいて刺激するのは不味いな。そこは交代のたびに引き継げるよう注意要項に記しておこう」


 管理施設に詰めていた兵士達が物珍しげにタルテの抱える鉢植えに注目する。…遠目に見ると少女の胸元に視線を寄せているような光景であるため、衛兵を呼びたくなる…。…おい。おっさんの兵士はタルテの胸を鑑賞していないか?


 キチリッ…と冷たい音が響く。タルテの横に立っていたメルルが片手剣に手を掛けた音だ。彼女の視線はその金属音よりも冷たく、おっさん兵士を見詰めている。


「お、おおう。それじゃぁ、お嬢ちゃん。どうぞ中へ。何かあったらそっちの若い奴に言いつけてください」


 女性陣からの冷たい視線を受けて、おっさんは慌てながらタルテを中へと促がす。


 ちなみに、女性は男性に胸を見られていると十割気が付くという話があったが、実際に検証したところ気が付いているのは三割ほどらしい。女性の皆様、男性はあなたの思う三倍ほど胸を見ております。


「あら、イブキ。ハルトさんに先ほどのことを謝ったのかしら」


「…うるさいわね。言われなくてもちゃんと謝ったわよ」


 兵士との交渉を終えて仕事が終わったためか、肩の荷を降ろしたようなサフェーラ嬢が俺とイブキの元にやってくる。


 そしてそのままサフェーラ嬢は俺の近くへと身を近づける。


「…兵士の皆様にも学院の生徒が森に入っていることは知られてしまっているみたいです。…最も問題視しているというよりは、ヤンチャな後輩に苦笑しているといった雰囲気でしたが…」


 視線は作業を始めるタルテ達に向けたまま、サフェーラ嬢はそう呟いた。ホフマンとネイヴィルス、その他数名を追い返しはしたが、例の問題は根本的には解決してはいない。彼女はまだそのことを気にしているのだろう。


 何故彼女が、と思うかもしれないが、これは学院の中でも身分制度が消えていない弊害だろう。貴族社会の縮図…とまでは言わないが、学院の生活の中に貴族としての牽制は始まっている。学院で問題が出ればそれは教員だけの問題ではなく、彼女の将来にも波及する。


「…それで、何か手を施すつもりなの?」


「それが、先ほど卒業生であるここの兵士の方に聞いたのですが…、どうやら昔は剣術大会なるものがあったそうなのです。今もあれば生徒達の活躍の機会となったのでしょうが…」


 サフェーラ嬢が聞いたのは、過去学院にてあった行事のことらしい。生徒達の武勇を示すために。あるいは辛い訓練のガス抜きのために開催されていたのだろう。


「でもその口ぶりからすると、もう既に開催されていないって訳?」


「ええ。情けない話ですが、平民の方々が学院に増えたことで無くなってしまったそうです」


「…ああ、なるほど…」


 基本的に今の学生でも平民より貴族の方が優秀な傾向にある。しかし、それは単に教育環境が貴族の方が整っているからであって、生来のものではない。


 だからこそ、学院に平民が増えれば、その分成績で抜かれる貴族も出て来る訳だ。学士科で習うような学科は専門色が強く、貴族にとっては道楽にもとれるものであるため、その分野で自身より優秀な平民がいたところで、あまりとやかくは言われない。


 しかし、武勇に関してはそうも行かないのだろう。武勇はそれこそ古くからの貴族にとってはアイデンティティでもある。実際には自分より強い兵士などは数多くいるのだろうが、狭い学院の中ではそれが許せない者もいるのだろう。


「今、この国の上層部は実力主義に舵を取っています。…学院こそその気風を育んでいくべきなのですが、やはり弊害は出ているようですね」


 この国の西に位置するガナム帝国は完全なる実力主義だ。そのような国が近くに有ってはこの国も実力主義に傾向する必要があるのだろう。


 統治するだけならば、民衆は馬鹿なほうが良い。だが、より国力を蓄えるためには民衆への教育を施す必要がある。単純な話、無教養な一万人の集団より、訓練された五千人の集団の方が強力だ。


「剣術大会の復活…、いえ、それでは邪魔が入りますね…。貴族と平民を分ける…?ううん、思惑が真っ向から反しているから難しいものが有りますね…」


 サフェーラ嬢がブツブツと呟きながら構想を練り始めた。…巻き込まれたくないから、そっとその場を離れようとしたが、イブキが俺の服の裾を掴んで引き止める。


 貴重な働き手を逃がすまいと、縋るような睨むようなイブキの瞳が俺に向けられた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る