第232話 唐突で理不尽な暴力
◇唐突で理不尽な暴力◇
「何で!?何で俺ぇ!?」
話し合いに入る前、イブキは事前に魔弩から二発のボルトを空に向けて射出していた。イブキの風によって制御されたそれは天高くにて勢いを殺すことなく旋回を続けていたのだ。
俺はそれを風で感じ取りながら、自分とは違う風魔法の使い方に感心していたのだ。強いて言えばナナの火球を周囲で旋回させる『炎珠纏うバルハルト』モードに似た使い方だが、あそこまで離れた距離で質量のあるボルトのコントロールなどは直ぐには真似できない。
そして、イブキの振り下ろした腕と共に、そのボルトのうちの一つが俺に向けて飛んできたのだ。
謂れの無い暴力が唐突に俺を襲う。予想していなかったフレンドリィファイアに戸惑うが、俺は腰元からマチェットを抜き放った。
あれか、学士科の授業で時折してしまう子供扱いに怒ってたのか!?イブキの身長で重たい物持ってたら代わりに持つだろ!?…それとも、タルテと見比べて哀れみの視線を向けてしまったことに怒っていたのだろうか…。あ、あれはコレットが姉妹みたいだねと呟いたから、つい…。
「ッしゃオラッ!!」
心当たりを吟味しながらも、拘束で飛来するボルトに対応する。流石に無抵抗で貫かれるつもりは無い。
その場で仰け反るように側転しながらマチェットで胸元に迫ったボルトを受ける。そしてそのままそのボルトを地面に向かって叩き落した。
「ガァッ!?」
俺がイブキのボルトを叩き落とすと同時に、ネイヴィルスの声が耳に届く。咄嗟に展開した風で俺は周囲の状況を瞬間的に把握し、イブキの狙いにも思い至った。
…良かった。イブキのファンクラブがあると聞いたとき、所属する奴らをロリコンの変態共と判断したことを咎められた訳ではないようだ。…ちなみにファンクラブは全員女性であった。あの小さななりに庇護欲がそそられたらしい。
「待て!ナナ!タルテ!平気!俺は平気だ!」
俺が打ち抜かれたことで、ナナはフランベルジュに手を掛け、タルテは俺をカバーできる位置に移動し戦闘態勢に入っている。唯一、イブキの目的に気が付いたメルルだけが、イブキの前に立ってナナを引き止めている。
「痛ってぇ!?ンだよこれ!?」
頭にイブキのボルトを受け、尻餅をついて額から血を流すネイヴィルスが怒声を上げる。どうやらイブキのボルトは頭蓋を貫くのではなく、額を掠めるように弾道を変えたようだ。
「これが甘いって言われる証拠よ。銀級の狩人であるハルトは無傷で対応して見せた。一方、あなたは私が加減しなければ死んでたわよ?」
イブキが前に出て、額を押さえるネイヴィルスに言い放つ。その台詞を聞いて、ナナとタルテもイブキの狙いに気が付いたのだろう。俺に視線を向けた後、警戒を解くようにして武器から手を離した。
…流石に今のはちょっと厳しく無いだろうか?ナナやメルルなら運がよければ風切り音で反応できるかどうかって所だ。メルルは二人より少し反応が鈍いから厳しいと思う。まぁ、瞬間的に血を固めて体を硬化できるから食らったところで無傷だとは思うが…。
「ハァッ!?対応!?」
俺と比較されたからか、ネイヴィルスは俺を睨みつけるが、俺の足元にある地面に半分埋まったボルトを見て悔しげに歯軋りする。
「クソ…!だから鍛えるためにこうやってここに来てるんだろうが!」
「それ以前の問題だって言ってるのよ!言っておくけど、私の不意打ちの攻撃だから食らったと思ってる?甘いわ。砂糖菓子よりも甘いわ。ゲロ甘よ」
ネイヴィルスが悔しげに地面を殴るが、負けじとイブキが言い返す。
「今の私の魔法のように、魔物の中には上空から獲物に向かって高速で突っ込んでくる奴がいるのよ?この森には生息していないけど、時折はぐれが他からやってくることだってある。そういった情報は狩人ギルドなんかで確認できるけど、あなたたちはギルドで確認してきたかしら?」
もちろん彼らは調べていないだろう。情報を手に入れるには狩人ギルドに所属する必要があるのだ。
「…あなた達は気付いていないだけで、命を掛け金にしてここに立っているの。果たして、それに見合うほど強くなるのかしら?…言ってあげるわ。ならないわよ。自分より弱い魔物を倒したところで強くはならない。そして自分より強い魔物に当たったところで、知識のアナタ達は勝てやしない。その額の傷がその証拠。狩人なら対応できることでもアンタは対応できなかった。アンタ達はここに腕試しのつもりで来たんだろうけど、実際やってることは運試しなのよ」
イブキがそう指摘すると、ネイヴィルスの額から流れる血を見て兵士科の生徒は青ざめる。それでもネイヴィルス自身は文句を言いたげにイブキを睨んでいる。だが気の強いイブキは未だ折れぬネイヴィルスを睨み返した。
「第一、学院やサフェーラはアナタ達の安全を気にしているけど、問題はそれだけじゃないの。…いい?ここはね、あなたたちの遊び場でも訓練場でもないの。あなたたちは狩った魔物の処理はちゃんとしている?報告はどうするつもり?たとえ害獣でも大量に狩ればそれを餌にしている魔物が餓えて人里に下りてくることもあるのよ?ちゃんと薬草の判別はついてる?群生地を踏み荒らせばその分王都で薬が不足するのよ?」
反論を許さぬように矢継ぎ早にイブキがネイヴィルスを攻め立てる。思い至ることがあるのか、あるいは自分たちの考えが足りなかったことに気が付いたのか、ネイヴィルスは口ごもるようにして視線をずらした。
「…フン!」
言いたいことを言ってイブキがサフェーラ嬢の下に戻ってくる。イブキの剣幕に負けたのか、言い返す反論が見当たらないのか、場に沈黙が訪れた。
「…少々、熱くなりすぎましたね。…ですがイブキが言ったことは学院、ひいては狩人ギルドでも問題視されております」
最初に沈黙を破ったのはサフェーラ嬢だ。彼女は諭すように兵士科の生徒に語りかける。
「たとえあなた方にこの森で魔物討伐ができる技量があろうとも、それに釣られて技量の足らぬ者も森に入り込みます。それを防ぐためには全員で一律に禁止をするしかありません。そして何より森で過ごすには戦闘力以外の技能が求められます…」
ばつが悪そうにしながらネイヴィルスは視線を逸らすが、ホフマンは真摯にサフェーラ嬢の言葉に耳を傾けている。ほかの兵士科の生徒は恥じるように肩を縮めている。
「…では、皆さん。ここは引いて頂けますね。もちろん、学院に言いつけたりはしませんので…」
「はい。格段のご配慮。ありがとう御座います…」
ホフマンが深々と頭を下げ、ネイヴィルスを半ば引き摺るようにしてこの場を後にする。…その背中に向かってメルルとサフェーラ嬢は冷ややかな視線を向けている。彼女達の中で、彼らに対する評価をしているのだろう…。…ちょっと怖い。
…ネイヴィルスは子供なのだろう。去っていくときの姿など怒られた子供そのものだ。頭では悪いことをしたと分かっているが、心が苛立って素直になれない子供。…苦労の滲み出るホフマンの背中を見て、俺は彼の平穏を願った。
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