第231話 俺よりは強く無い手頃な奴に会いに来た

◇俺よりは強く無い手頃な奴に会いに来た◇


「わ、私はオルドダナ学院兵士科、学生隊第二小隊所属、ホフマン・サスフィードであります!」


 最初に口火を切ったのは案の定ホフマンであった。貴族であるサフェーラ嬢を相手にしても必要以上に緊張している素振りを見せてはいない。僅かに見える緊張感は湧水の森に入って腕試しをしているという後ろめたさから来るものだろう。


 ホフマンに続くように、たどたどしいが他の面々も名前を述べていく。たどたどしいと表現したが、声が上擦っている程度で確りと敬礼の姿勢も取れている。この辺の貴族への対応は兵士科ゆえのものなのだろう。


 兵士科は上下関係が厳しく、平民の多い学科ではあるが貴族ばかりの騎士科としょっちゅう合同の授業が行われている。そのため貴族の対応は慣れてはいるのだろう。


 …学士科ではむしろ貴族への対応がおざなりだ。挨拶よりも知的好奇心が優先される気風の学科なので、お………おつかれさまですだけで挨拶が終わったりする。


 意外にも、ネイヴィルスもちゃんとサフェーラ嬢に自身の名前を述べた。その際に僅かにホフマンの目に感動の色が見えた辺り、普段の彼の苦労が窺えるといったものだ。


「皆さん、そう緊張なさらないで下さい。私は皆様の意見が聴きたくてご挨拶させていただいたのです」


「い、意見ですか?」


「ええ。…正直に申して頂きたいのですが、皆様はここに魔物を討伐するために趣いたのでしょうか?」


 サフェーラ嬢の質問を聞いて、僅かに兵士科の生徒達がうろたえる。規律を破ることに罪悪感を覚える人間であれば、それを素直に認めるわけにはいかないだろう。そのため、真っ先に口を開いたのは、現在の行動に罪悪感を覚えていない人間。すなわちネイヴィルスだ。


「そうだデス。実戦に勝る訓練はないため、魔物と戦いに来たデス」


 …取ってつけたような敬語のせいで鈍りの酷い外国人の用ではあるが、はっきりとそう口にした。兵士科の学生からは『流石ネイヴィルス!俺らに言えないことを言ってのける!』と言いたげな尊敬にも似た視線が向けられた。


「…ですが、教員からそれは禁止されていませんでしたか?ネイヴィルスさんでしたね?無理して言葉を取り繕わなくていいですよ。あなたの言葉で本音を伝えてください」


「…悪いな。どうにも丁寧な言葉は苦手でな。ここのクソ真面目に言われて直してるとこなんだ」


 そう言ってネイヴィルスは親指でホフマンを示す。以前聞いたような荒い言葉には戻ったが、ネイヴィルスの語り口は喧嘩越しではなく柔らかい。むしろ、女性であるサフェーラ嬢を怯えさせないよう気遣うような雰囲気さえある。


「おい!ネイヴィルス!」


「いえいえ。いいのですよ。先ほども申しましたように本音の意見を聞きたいのです。言葉尻を追ってはそれを見失いますからね」


 ホフマンがネイヴィルスの口調を窘めるが、それをサフェーラ嬢が止めにかかる。


「へへ、それでお嬢様の疑問は何で教員の指示を無視してここに来てるかだろ?答えは、そのほうが強くなるからだ」


 ネイヴィルスは自信満々にそう言いきった。その言い分を聞く限り、初陣がどうこうだとか言った考えは無いらしい。彼はこの森の危険性を理解しているのだろうか?


 確かに湧水の森にはそこまで強い魔物は分布はしていないが、皆無という訳ではない。この前の野営演習でもわざわざ事前に魔物の間引きを行っているのだ。


 …野営演習ではネイヴィルスは比較的落ち着いていた。もしかしたらさっきまでの俺のように知らず知らずのうちに初陣を突破している人間なのかもしれない。


「待ってくれ、ネイヴィルス。お前はそうかもしれないが、他の者は違うだろう。大方、魔物討伐を自慢したくてネイヴィルスに唆されたんだろう?」


「え…、そ、そりゃぁ…」


 ホフマンの指すような視線が飛ぶと、ネイヴィルスの後ろに控えていた生徒達がうろたえる。突かれたくない所を突かれたからかネイヴィルスが舌打ちで答える。そして、俺の後ろでもイライラの募ったイブキが舌打ちを繰り返している。


「…なるほど、なるほど。つまり、何かしらの目に見える成果を求めてここに来たのですね。ネイヴィルスさんは多少違うようですが…、まぁ大して変わりませんね」


「…あん?」


 カチンと来たのかネイヴィルスの視線が険しくなる。しかしサフェーラ嬢にとってはどこ吹く風で全く気に留める様子は無い。


「強さ、あるいは成果を求める。ある意味ではそれは向上心から来る褒められるべき姿勢でしょうが、残念ながらその行動が与える周囲への影響を見落としております。なにより、ここで怪我をしてしまえば、今後の訓練にも支障をきたすことでしょう。その点を理解していますか?」


「怪我なんて覚悟の上だよ。それを踏まえた上で強くなりたい奴らがこうして集まったんだ。なぁ、お前ら?」


「あ、ああ。…うん」


 サフェーラ嬢の言葉にネイヴィルスが答えるが、他の学生たちの反応は鈍い。怪我と聞いて尻込んでいる。…どうせ、大して考えもせず、名誉欲しさにここまで来たのだろう。


「はぁ…。ネイヴィルス。怪我と言うが、誰かが怪我をしてお前は責任取れるのか?」


「あ?なんで俺が責任取らなきゃいけねぇんだよ?」


「唆したのはお前だろう…!?焚き付けておいて自分は関係無いだなんて言わせないぞ…!?」


「知るかよ!来たきゃ来いって言って着いて来たのがこいつらだ!」


 再び俺らの眼前でホフマンとネイヴィルスが言い争いを再燃させる。二人の言い争いは加熱し、俺らを置いてけぼりにしていく。兵士科のほかの生徒も、また始まったよと言わんばかりの顔で彼らを見詰めている。これには仕掛け人のサフェーラ嬢も苦笑い。


 そして、加熱した言い争いは、俺の後ろで苛立っていたイブキの堪忍袋の紐を焼き切った。


「ギャアギャアギャアギャア煩いわね!森で騒ぐなって言ってるのよ!サフェーラが言わないなら私が言ってあげる!半人前どもは森に来るなって言ってるのよ!!」


 イブキの怒声によって二人の言い争いが止む。彼女の激昂に押されたものの、直ぐにネイヴィルスが食って掛かった。


「…な!?テメッ!半人前ってのは俺らのことか!?」


「他に誰がいるのよ!…そこ!後ろで他人事のようにしてるあんたらもよ!いい!?比較的安全な森とは言え、ここは街じゃなく魔物の領域なのよ!?そこをちゃんと理解しているわけ!?」


「当たり前だろ!俺らはここに魔物を討伐しに来たんだよっ!」


 今度はイブキとの言い争いが始まる。しかし、イブキは唐突に鎮まると、食って掛かるネイヴィルスを鼻で笑う。


「…そう。だったら見せて貰おうじゃない。…穿て。魔弾の射手よ…。お前は天網恢恢にして漏らさない…」


 何かを企んでいるのだろう。イブキは不気味な笑みをあげながらそう呟き、腕をネイヴィルスに向けて振り下ろした。


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