第230話 またお前らか

◇またお前らか◇


「んん?…この先、…いや、結構先だな。誰か居るみたいだな」


 湧水の森の林道を水源にむけて進んでいると、何者かの声が俺の索敵範囲内に飛び込んできた。俺のハンドサインに従って妖精の首飾りの面々は即座に口を閉ざす。イブキも俺が捕らえたものを感じたらしく、眉を顰めながら呆れた表情をしている。


「…ハルト。報告がいつもと違って不明確だったけど…、何かあったの?」


「馬鹿みたいに騒いでいるから、足音より先に声が聞こえるのよ。どうやら森と酒場の見分けがついていない輩のようね」


 俺の代わりに苛立ったイブキが答える。彼女の答えた回答が俺の回答でも間違いではない。本来なら足音などから人数を推測するのだが、森の中とは思えない声量の声が先に索敵範囲に飛び込んできたため、確りとした位置や人数が絞りきれないのだ。


 より正確な様子を探るためにも、俺らは脚を止める事無く林道を進んで行く。イブキにいたっては背負っていた魔弩を展開し、いつでも打てるように準備をしている。…心を静めるために遠隔から狙撃するつもりじゃないよな?


「ああ…、人数は恐らく八人だな。何やら言い争っているみたいだが…こりゃ恐らくこの林道の先だな」


 俺はサフェーラ嬢に視線を向ける。このまま進めばその場に俺らも飛び込むこととなる。諍いを避けるためなら林道を外れるべきではあるのだが、山に慣れていないサフェーラ嬢を林道から逸らせるほどの事案かといえば悩むところだ。


「イブキ。その声は学院の生徒かどうか判別はつくかしら?」


「恐らく学院の生徒ね。彼らの話題もさっき私達が話してた話題と一緒みたい」


 …イブキがあえて俺が黙っていたことを平然と打ち明ける。中央の高位貴族の子女であるサフェーラ嬢は学院でも生徒達を取りまとめる立場にある。その彼女がこの状況で前方のトラブルを見過ごすとは思えないためわざわざ情報を絞ったのだ。


「皆様、このまま進んで様子を見てみましょう。…もし兵士科の生徒ならば学院に帰るように促がす必要もありますから」


 サフェーラ嬢が有無を言わさない笑みで俺らに言い渡す。…俺らが王府に目を付けられることを嫌って、今回の件は全てサフェーラ嬢の手柄としてもらっている。俺らはたまたま居合わせたサフェーラ嬢の子飼いの狩人のような立ち居地だ。そのため、形式上のことではあるがこの場の指揮官はサフェーラ嬢となっているため、こうはっきりと言い渡されると反論しずらい…。


 狩人ギルドの方からも、俺らは狩場に侵入した学生とは顔を合わせるなと言われているため、正直気は進まない。


「ハルト様。とりあえずこのまま進みましょう。危険がある状況ならサフェーラも無理は言いませんわ」


 メルルが俺とサフェーラ嬢との間を取り持つようにそう言った。


「…そうだな。俺も覗いてみたい気持ちは有る。まぁ、声を聞く限り、どんな状況かは手に取るようにわかるが…」


 何たって知っている奴の声が聞こえるのだから…。


 俺らは湧水の森の水源に向けて、ひいては声のする方向へと進んで行く。しばらく進んでいくと、俺とイブキ意外にも奴らの声が届くようになった。


 怒鳴り声と言うほどではないが、通常よりも大きな声量で言い争っている。戦闘中の掛け声ならまだしも、森で叫ぶのはご法度だ。この湧水の森は危険な魔物は少ないが、それでも人の声に誘われる魔物は存在する。


「…やはりホフマンに…、ネイヴィルスだったか…」


「ホフマンさんですか…?あまり…こういうことをする人に思えないのですが…」


 タルテの言うとおり、ホフマンは規律を遵守するタイプだ。武勇伝を求めて勇み足を踏む人間ではない。だが、言い争いの声をしっかりと聞いてた俺には状況が把握できている。


 いつか学院で見た状況と一緒だ。暴走するネイヴィルスを引き止めるためにホフマンはここまで足を運んだろう。


「ネイヴィルス、もういいだろう…。教官に言われたことを忘れたのか…」


「あいっかわらず細けぇなっ…!俺は命令を素直に守るいい子ちゃんになりたきゃねぇんだよ…!」


 いや、兵士は命令を守らなきゃだめだろ…。


 俺らは隠れるようにして彼らに近づいていく。森の中での言い争いという不用意な行動ではあるが、それが俺らに彼らの状況を丁寧に説明してくれている。


 兵士科と思われる八人の学生が名声を求めて湧水の森へ魔物狩りに来ているのだろう。…といってもホフマンは彼らを引き止める、あるいは監視のために同行しているようだ。


 ホフマンはネイヴィルスを筆頭とする七人から指すような視線を向けられているが、それでも彼は毅然と振舞っている。


 俺の背後でイブキの舌打ちが聞こえる。そして緊急時の対応のためか、彼女は上空へ向けて二度ほど魔弩を弾いた。


「どうする?止めに入る?ここらなら危険な魔物は少ないけど…、もし声を聞きつけて魔物が来たときに彼らは対応できると思えないよ…」


「…私は反対ですわ。小さい子供ではないのですから、何が起ころうとも自業自得ですわ」


「でも…、諍いは妖精も嫌いますから…。何かあればまた森が荒れちゃいますよ…」


 ナナは不安げに、メルルは呆れたような顔で彼らの様子を見ている。タルテは心配そうに妖精の小花ブルーベルの鉢植えを抱えている。


「イブキ。彼らを相手に、こちらの戦力は問題ないかしら?」


「…問題ないわ。私一人じゃ全員の突進を捌ききれないけど、少なくともタルテとハルトが前衛を張ってくれればその間に捌けるはずよ。ねぇ、そうでしょ?」


 イブキが俺に問いかける。対面での戦闘は後衛の彼女だけでは確かに厳しいが、前衛が居れば彼女の本領が発揮できるだろう。…というか、多分俺とタルテだけでも事足りるし、そもそも彼らは山賊の類ではなく兵士科の生徒であるため、サフェーラ嬢が身分を明かせば戦闘にはならないだろう。


「問題ないだろうな。他への警戒のためにナナやメルルを遊ばせてても都合はつく」


 見知った仲でもあるホフマンを捨て置くのも気が引けるし、サフェーラ嬢が積極的に介入するつもりであるならば、強固に反対するつもりは俺にはない。


「そう。では、止めに入りましょうか。メルル、導くことも私達の責務であります。そう嫌な顔をしないで下さいな」


 サフェーラ嬢は覚悟を決めた顔で俺らの前に出る。そして、そのまま言い争いをする彼らの方へと進んで行く。俺らもサフェーラ嬢の後ろに続いていく。


 姿を隠していないため、言い争っている彼らも早々に俺らのことに気が付いたようだ。腐っても兵士科の人間なのか、不用意に近づいてくる俺らに対して警戒し、言い争いを止めて陣形を取る。何人かは腰元の剣へと手が伸びている。


「皆様方ごきげんよう。私はオルドダナ学院政務科、サフェーラ・セントホールと申します。…あなた方はオルドダナ学院の兵士科の方々で間違いないでしょうか?」


 森の中で言い争う彼らは場違いな存在ではあったが、サフェーラ嬢も場違い…、まるで学院の一画で出会ったかのように優雅な挨拶をする。


 しかし、その違和感こそが場の空気を彼女が支配することに一役買って出た。彼らは皆、予想外の存在に対し、観察することを選択した。それはつまり、サフェーラ嬢に注目し、余分なことを語らずに押し黙って聴きの体制に入ったということだ。


 俺は挨拶一つで場の空気を支配したサフェーラ嬢を見て、珍しく貴族というものを感じていた。


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