第228話 もう一つの事後問題

◇もう一つの事後問題◇


「あの、直ぐに受理できないってどういうことです?」


 俺らはサフェーラ嬢と共に狩人ギルドを訪ねてきていた。何故、サフェーラ嬢も一緒にいるかというと、例の妖精の小花ブルーベルの植え替えをタルテに…、ひいては妖精の首飾りに依頼を出すためだ。


 秘密の部屋の調査は学院の噂話の解明…、後半は妖精猫アルヴィナの参入もあって随分と物騒なこととなったが…、ともかく始まりはちょっとした噂話の調査であったため、なかばボランティアで調査をしていた。


 しかし、妖精の小花ブルーベルの植え替えはサフェーラ嬢が国府との間を取り持ってくれるとはいえ、湧水の森の中でも立ち入り禁止の国有地に入る必要がある。というか、サフェーラ嬢が発注を行うが、依頼主は国府である。そのため正式な記録を残すために狩人ギルドを通して俺らに依頼をすることとなったのだが…。


「あの、なぜ時間が掛かるのですか?私の身分証明も不備はありませんよね?」


「ええと。問題になるのは妖精の首飾りの方々が湧水の森に立ち入ることに関してですね。その辺の説明を早めにしたかったのですが、最近は顔を出していただけなかったので…」


 直ぐに済むと思っていた依頼の手続きにおいて待ったが掛かってしまった。受付嬢がサフェーラ嬢の提出した書類に目を通しながら困った顔を浮かべている。


「ああ、ごめんなさい。先月からなんですよ。ごめんなさいね」


 出鼻を挫かれてしまった。サフェーラ嬢はもとより、俺らにとってもよく分からない状況になっているようで、訝しげに受付嬢に視線を投げかける。


「あの、彼らにこの件を回すことは国府にて承認された事柄なのですが…」


「ですからごめんなさい。こちらも国からの指示なのですよ。オルドダナ学院の生徒は注意するようにとのことでしてどうも」


 聞けば、最近になって湧水の森に腕試しに訪れるオルドダナ学院の生徒が増えているらしい。それを阻止するために国府を通して学院側から引き止めるように国からの指示が出ているらしい。


 つまり、狩人ギルドにはオルドダナ学院の生徒が湧水の森に入ることの規制と、今回の俺らを湧水の森に行かせる依頼という相反する指示が国府から出されていることになるわけだ。


「もちろん、妖精の首飾りの皆様は実績がありますから通常の生徒と同様の扱いではありません。しかし、受理するにはその辺の説明をしてからになりますので…」


 暗にもっとギルドに顔を出せと言いたげな受付嬢の視線が向けられる。


「つまり、その説明とやらを受ければ受理できるって事ですか?」


「ええ、依頼事態は承りましたので、あとは妖精の首飾りの皆様に各種注意事項の伝達を受けてもらいます」


 お時間はよろしいですか?と一言置いてから俺たちは会議室へと促がされる。空いている時間帯を選んだお陰か、受付嬢がそのまま俺らに説明をしてくれるようだ。


 半ば強制的な説明会ではあるが、狩人ギルドではこういったことは少なくない。特殊な個体が近隣に現れただとか、保全のため薬草類の採取制限が掛かっただとか、変化する生態系に対応するため注意喚起の説明会が開かれるのだ。


 それこそ狩人ギルドの主要業務はそういった注意喚起と狩人のコントロールにあるとも言える。狩人がそれぞれ好き勝手に狩りをすれば瞬く間に生態系は荒れてしまう。素材の買取であったり、依頼の斡旋などは副次的な業務にしか過ぎないだろう。


 サフェーラ嬢と別れて俺らは会議室へと向かう。…どうやらイブキもその説明を受けてはいなかったようで、何食わぬ顔で俺らと共に会議室へと足を運ぶ。


「ええと、妖精の首飾りの皆様とイブキ様は…、ある意味当事者ですから、深くまで説明をいたしましょうか…」


 椅子に座った受付嬢は、俺らの経歴を確かめながらそう口にした。そして、なぜオルドダナ学院の生徒に注意するように勧告が出ているかを語り始めた。


 …正直言って、その内容はくだらない内容であった。だがしかし狩人ギルドでは手放しで放置できる問題でもないのは確かだ。


 問題は忌々しい野営演習での土蟲の大量発生に事を発していた。結局、あの事件では怪我人は出たものの、全員が五体満足で生還した。そのため、参加者の生徒達が武勇伝のように高らかにその経験を語っていたのだ。


 そして、その話を聞いて対抗しようとするものが出てくる。俺らだって魔物ぐらい倒せると。さらには野営演習の参加者も成功体験により魔物討伐を軽く見て、より強い魔物と戦おうと躍起になっている。


 そのため、狩人ギルドに入ろうとする生徒が増加したそうだ。…受付嬢の苦労が窺える。確かに狩人には腕っ節の強さも要求されることも多いが、それよりも専門知識が要求される場面の方が多い。気軽に尋ねて参入できるほど狩人ギルドは甘くはないのだ。


「これでね…、有能な狩人が増えれば構わないのよ?でもね、大半の子がわざわざ臨時で開いた講習会の途中で脱落していくのよ?こんな面倒なことするつもりは無いって。薬草の採取方法も知らずに彼らはいったい何をするつもりなのかしらね」


 毒を零すかのように受付嬢は愚痴を語る。しかし、問題はここで終わらないようだ。彼女の口からはより面倒な内容が語られてゆく。


 案の定ではあるが、ギルドに所属せず狩場に踏み入る者が出て来ているそうだ。


「まず、皆様に注意して貰いたいのは湧水の森を始めとする狩場にオルドダナ学院の生徒がいた場合の対応です。…ギルド員以外の生徒がいた場合、帰還を促がすことになっているのですが…、あなた方の場合はむしろ目撃されないようにしてください。同じオルドダナ学院の生徒となればトラブルの元となりますから…」


「というか、国の方で規制は入っていないのですか?ここらの狩場はどこも国有地ですよね?」


「浅い地帯で日々の糧を得ている子もいますから…、単純に禁止することができないのです。最近は教会の炊き出しも減っているようで、貧民街の子供は森の恵みで食いつないでいたりするのですよ…」


 頭の痛い問題に受付嬢は手を眉間に当てる。狩場は狩人ギルドの占有地でないため、国が規制しなければ、確かに進入を食い止めることはできないだろう。しかし、狩場が荒らされるのを放置するわけにもいかない訳だ。


「あの…学院には規制するよう取り計らったりはしないのでしょうか?私の聞く限り、そのような話は出ておりませんが?」


「もちろん学院にも話はいっておりますよ?問題になっているのは一部の学科の生徒ですので、皆様は学科が違うのでは?」


 確かに俺らの所属する学科は学士科に政務科だ。両方とも戦うものが所属する科ではない。…問題になっている生徒は恐らく兵士科や魔法兵士科のものだろう…。


「ただ、学院側は…森が荒らされるというよりは、生徒の育成に障害が出ることを問題視しているようですね。正直に申しまして、問題視している箇所が違うためギルドと学院で足並みが揃っていないところがあります。…あなた方はその両方に所属しているので、そのことを念頭に置いて、行動には十分注意してくださいね」


 受付嬢は俺らの身を案じて、諭すように注意事項を並べていく。犯人を取り逃したとはいえ、解決したと思っていた野営演習の事件がここでも尾を引いていた。受付嬢のため息が伝染したかのように、俺らも辟易としてため息を付いた。


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