第221話 花妖精のタータ

◇花妖精のタータ◇


「か、可愛いぃぃい!見て見て!ちっちゃなお口でクッキー食べてるよ!」


 賑やかかなサロンのいつもの席で、珍しく少女のような嬌声を上げながらナナが俺の服を引っ張る。彼女の目の前には昨日拾ってきた花妖精ピクシーが茶トラの猫の上に座り、夢中で焼き菓子を頬張っている。ポロポロと零れる食べカスに猫が困ったような顔を浮かべるが、そもそもたとえ猫であってもテーブルの上に寛ぐこと事態がマナー違反であることを理解して欲しい。


「ええ、ええ。なんと愛い姿でしょうか。…この子を捕らえた不届き者を許す気にはなりませんが、この子を求める気持ちだけは理解できます」


 サフェーラ嬢も自分の頬に手を添えながら、ナナと一緒になって花妖精を眺めている。花妖精は最も有名な妖精の一種だ。花とそれを愛でる人の心より産まれたと言われる存在で、その生い立ち故か、羽は蝶や蜂など花に集まる虫の形態をとることが多い。性格はまさに花を愛す人の幼子のようで、自由に奔放、そして悪戯好きだ。


 そして、有名と言っても珍しい存在には変わりなく、自然豊かな花畑のある農村などで見ることができる程度で、都市部で見ることはほぼありえない。


 流石に花妖精の姿はこの学院でも珍しいのか、サロンの中の視線も俺らに向けて注がれている。あまり公にするつもりは無かったのだが、菓子の臭いに釣られて花妖精が懐から飛び出してしまった時点で後の祭りだ。


「…なにやら思わぬ戦利品があったようですわね…。目的のものは大丈夫でしょうか」


 メルルが花妖精を一瞥して俺に尋ねる。俺はレプスの護り足ラビットフットの入った包みをテーブルの上に置くと、譲って欲しいと言っていたサフェーラ嬢の方へと押しやった。


 …サフェーラ嬢は花妖精に首っ丈で全く気が付く素振りが無かったが、メルルに小突かれると慌てて俺に向き直ってレプスの護り足ラビットフットを受け取った。


「これがレプスの護り足ラビットフットですか…。意外と兎の足そのままなのですね…」


「…で、こちらがセットの花妖精になります。名前はタータだそうだ」


「え?なにちょっと…!?泥棒さん、アタシを追い出すつもり…!?」


 花妖精のタータは食べかけのクッキーを手で振って俺に抗議する。さり気無く面倒ごとをサフェーラ嬢に押し付けようとしたのだが、タータはそれが気に食わないらしい。


 一方、タータの身柄もセットと聞いたサフェーラ嬢は、普段の大人びた顔ではなく、歳相応の女の子のような笑顔を浮かべて綻んだ。


「…甘いものが食いたいのなら、サフェーラ嬢の所に行った方がお得だぞ?俺の所には甘味は干し芋くらいしか無い」


「だったらこっちの子がいいわ!花と木々の大地の香りがするもの!泥棒さんに染み付いている緑の香りもこの子の香りでしょ!」


 そう言ってタータはテーブルの上からタルテに飛び付く。そしてタルテの豊満な胸元に顔を埋めると、何やら深呼吸をし始めた。


 …振られてしまったサフェーラ嬢は絶望したような顔でタータを見詰めている。不思議なものや可愛いものが好きな彼女にとって、花妖精もその食指が動く相手だったのだろう。


「ふぇぁ…!?よ、妖精さん…!あまり、暴れないで下さい…!」


 タルテは困惑しつつも、タータが滑り落ちぬよう手を添えてその体を支えてあげている。そしてもう片手で魔法を構築して、タータの背中を優しく撫で上げる。


「じっとしてて下さいね…。今、その羽を治しますから…」


「ふぁあ…。ありがとう!あなた良い子なのね!」


 体が魔法で構成されている妖精は物理的な要素に依存しないため、他の生物よりずっと回復能力が高い。それこそ、潰れた羽など時間を置けば治るのだろうが、それでもタルテは慈しむ表情をしてタータの羽の治療に取り掛かる。


「…タータちゃんは何で捕まっていたのかな?お家まで帰れる?」


 ナナが心配しながら優しい声でタータに尋ねる。タータは頭に指を当てると、唸りながら搾り出すようにして過去を思い出し始める。


「えっとねー。お花畑で遊んでたらお菓子をくれるおじさんが来たの!お喋りしてお昼寝して、気が付いたら泥棒さんが来たお家に閉じ込められていたの!」


 囚われたときのことを思い出したのか、タータは手を叩いてからそう答えた。…タータもそのおじさんとやらが自分を捕まえたことは分かっているのだろう、口を尖らせてパタパタと手足をタルテの胸の上でばたつかせている。


 しかし、結局タータがどこから来たのかは分からない。ナナとタルテが更に追加で質問するが、とんがり岩だとか樹液の木だとか、俺らが知っている地名は全くでてこない。いくら隣人と呼ばれる花妖精といえども、人の使う地名には明るくないらしい。


「えへへへ…。角の子ありがとう!見て見て!治ったよ!綺麗かな!?」


 そうこうしてる間にもタータの羽は完治したらしい。虹色の光沢を見せる透明な羽を羽ばたかせると、泳ぐようにして空中に踊り出た。羽からは鱗粉のように妖精光の粒が降り注ぎ、何もない空間が飾られるようにして色めいていく。


 女性陣はその光景に目を奪われ、雪を受け止めるように手を掲げて妖精光に触れてみている。妖精光は彼女達の指先に触れると、弾かれるようにして瞬いて消えていく。


「凄い綺麗…。よかったね。タータちゃん」


 ナナが感動しながら宙を舞うタータを見詰める。


「まぁ…見捨てるって選択肢は無かったが…どうしたもんかな。レプスの護り足ラビットフットならともかく、花妖精が居なくなったのは確実にばれてるぞ…」


 唯一の懸念点を俺は皆に吐き出した。もちろんレプスの護り足ラビットフットだけでも直ぐに無くなった事が露見している可能性はあるが、目立つ花妖精が居なくなったとなれば盗みに入られたことがばれるのはより確実だろう。


「ハルトだけならまだしも、ファダモンが訪れていたことは向こうも把握しているだろうしね。容疑者として彼も探されるだろうから、そこは気をつけなきゃね」


「そこは問題ありません。ダイン教諭が言うには沙汰が決まるまで謹慎措置を取るそうですから。流石に学院の中にハニーグールの一味が来ることは無いでしょう」


「それよりも、これで妖精猫アルヴィナの要望は適えた訳ですが、これは妖精猫アルヴィナに話は伝わっているのでしょうか?」


 メルルはそう言ってテーブルの上に寛ぐ茶トラの猫の顎をなでる。茶トラの猫はメルルの疑問に答えるように、欠伸をした後短く鳴いて答えた。


「えっとね、妖精猫アルヴィナもいまここを見てるって。話も聞いてるんじゃない?」


 猫語を習得しているのか、タータはテーブルに降り立つと、再びクッキーを手に取りながら、茶トラの猫を通訳した。まさか通訳されると思っていなかった俺らは、全員で顔を見合わせた。


 タータは相槌を打ちながら猫の言うことを聞き取る。突然始まった物語のような一幕を俺らは興味深げに覗き込んだ。


「へへへ。じゃあアタシも参加しようかな!…ねぇ!今夜に猫ちゃんが尋ねるんだってさ!やられっぱなしも嫌だから、アタシもちょっと仕返ししに行ってくるね!」


 そう言って悪戯を企む無邪気な少年のような笑顔を浮かべ、タータは俺らにそう言い放った。


 そう無邪気なのだろう。…妖精と付き合う上で、詳しい人間は誰もが口を揃えて同じ事を言う。妖精に心を許してはいけない。彼らは無邪気故に何よりも残酷だからと。


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