第219話 主と朝寝がしてみたい

◇主と朝寝がしてみたい◇


「あ?間抜けのクソガキじゃねぇか。ジャンドさんに呼び出しでも食らったか?だから起きてねぇと思うぞ」


 品の無い歓楽街の奥。曲がろうと思った小道をもう一本奥へ。そんな穴場の居酒屋を探すように進んだ先にあるのがハニーグールの本拠地である邸宅だ。隠れ家風居酒屋ではなく、本当の犯罪者達の隠れ家だ。


 といっても、地元民には有名なもので既にここの存在はホドムズから既に聞いている。堂々と門番を置いている時点で隠すつもりもそこまでは無いのだろう。


「あ、ああ。例の魔法使いの件でね。進展があったから相談に来たんだ。中で待たしてもらうよ」


「はん。何を得意げに。てめぇは自分の置かれた状況が分かっているのか?」


「う、うるさい…!言われたことはちゃんとやってるだろ…!」


 門番の男は嘲笑しながらファダモンを小突く。ファダモンは振り払うように身を翻すが、男はニタニタと笑いながらむきになるファダモンの反応を楽しんでいる?


「ん?つれは新顔か?この前連れてきた奴とは違うよな?」


 門番の男がファダモンから俺に向き直る。視線を一瞬腰元に向けて武装の有無を確認するあたり、一応は門番としての仕事を全うしているようだ。


「…あいつが怖気づいて付いて来ないから、他の奴を連れてきたんだ…」


「へへへ。怖気づいてるのはお前も一緒だろ?別にジャンドさんは仲間を連れて来いなんて言ってないんだからな。お前が一人で来るのが怖いからお友達に一緒について来て貰ってんだろ」


 ファダモンは何も言い返さず、ハニーグールの拠点の奥へと足を進める。俺もそれに続くようにファダモンを負って中へと進入した。


「…これでいいんだろ…!約束通り中へは入れたぞ…!」


 門番の視線が切れたあたりでファダモンが小声で呟く。ファダモンはこういった状況に慣れていないからか冷や汗を浮かべながら挙動不審になりつつある。


 …結局、例の喫茶店での話し合いで、ファダモンは観念したのか自分のやらかした事をつぶさに語ってくれた。


 ファダモンは当初は真面目に治療組織を画策したらしいのだが、俺の推測どおり学院から都合してもらった魔法使いの名簿を教会に渡す代わりに治療院のノウハウが書かれた資料を手に入れたそうだ。


 本人は賢い選択をしたつもりなのだろうが、案の定、教会の取引相手からハニーグールの者にファダモンの情報が漏れ、その取引をばらされたくなかったらと脅されて手駒の一人に成り下がったようだ。


 …自分の掲げる理想と実際の能力の格差に耐えられず、学院から取り扱いに注意しろと言われた名簿を外部に漏らしたのだ。そして、我が身可愛さに言われるまま悪事の片棒を担ぎ、気付いたときには立派な共犯者となり、より深みにはまる。正直言って自業自得だ。


「…約束はハニーグールの頭首の部屋への案内だろ?」


 俺はファダモンの背中を小突いて先へ進むように促がす。


 司法取引と言うわけじゃないが、俺らは彼らを憲兵に突き出さない変わりにハニーグールへの潜入の手伝いをさせることを選んだのだ。…勿論、憲兵には突き出さない代わりに学院には報告をする。その後学院がどのような対処をするかは俺の知ったことではない。


「クソ…何で僕がこんな目に…」


 未だに文句を呟くファダモンを尻目に、俺は内部をつぶさに観察する。…暴力団体の拠点であるからか、警備と言う点ではかなり厳重だ。窓の類は人が侵入できぬほど小さく、タルテであれば何も無いところに壁も作れるだろうが、直ぐに詰めいている人間に発見されるだろう。いま、俺がなんともなく拠点の中を歩けているのは、半分こいつらの仲間のような存在であるファダモンがいるお陰だ。


 本来であれば真夜中にこっそりと進入したほうがいいのだろうが、娼館を営んでいるだけあって夜中でも平気で誰かしら起きている。さらに真っ当な組織でないためか、シフトやルーチンで動いている者が圧倒的に少なく、人の動きを読むことができない。そのこともあってわざわざこうやってファダモンの連れ合いとして中に進入しているのだ。


「…ここだ。ここの先に幹部人員の居住区がある…らしい。僕もこの先には言ったことは無いんだ」


 目の前には応接間のような造りの部屋があり、ファダモンはその応接間の先にある扉を指差した。


「ふぅん。確か金庫番のジャンドの部屋は別なんだっけ?」


「ジャンドさんの部屋もある。けど、仕事部屋は別にあって誰にも知られていないらしい…」


 これはホドムズから聞いた話でもあるのだが、帳簿や表に出せない契約書などは金庫番のファダモンが管理しており、この拠点には存在していないらしい。つまり、この拠点は真っ当な娼館と金貸しを経営している商会でしかなく、いくら家捜ししても悪事の証拠は出てこないと…。


 しかし、レプスの護り足ラビットフットのありそうな場所としてファダモンが挙げたのはハニーグールの頭首の部屋だ。金銭や書類の類を管理しているのは金庫番のジャンドだが、レプスの護り足ラビットフットのような宝物の類はハニーグールのトップであるトラガーテの私室に飾られているらしい。


 何故、見たことも無いファダモンがそのようなことを知っているかというと、ジャンドが自慢げにそのことを語っていたらしいのだ。曰く、実質的にハニーグールを切り盛りしているのはジャンドだと…、トラガーテは私室に宝物を飾って悦に入っているだけの裸の王様だと…。


「んじゃ、ここで待っててくれ。なに、このぐらいなら直ぐ済むさ」


「くっ…。いいか…!ここまで来た時点で約束は成立しているんだからな…!ちゃんと守ってくれよ…!」


 俺は躊躇う事無く応接室の奥の扉に手をかけると、滑り込むように扉の向こうへと侵入する。


 抜き足差し足忍び足。ホップステップジャンプ。音を消しているため、強気で奥へと進む。たとえ見つかっても、下っ端の振りをすれば何とかなるだろう。ファダモンがここに入ったことが無いのは正式な構成員じゃないからで、幹部意外が立ち入り禁止というわけじゃないはずだ。


 居住区であろうとも、幹部の身の回りを世話する人間がいるはずだろうし、なにより、扉を開けて直ぐの廊下に女性ものの下着が脱ぎ捨ててある。…どうやら昨夜もお楽しみであったらしい。


 風を展開しながら建物の構造を把握し、頭首の部屋を推測する。耳に届くのは複数人の呼吸音。深い腹式のそれは未だにここの住人が眠りについている証拠だ。


 そうやって風を各部屋に侵入させると、僅かに抵抗を覚える部屋を見つけ出した。

 

「この抵抗感は…、魔法使いというよりも…呪物だよなぁ…」


 その部屋の扉に手をかけると、鍵もかかっておらず簡単に中に入ることができた。そして目の前に広がる宝飾品や高級そうな調度品の数々。置かれた品々は方向性がバラバラであり、部屋に合わせて調度品を整えたというより、とりあえず持っている高級品を並べ立てて飾り立てただけのように思える。


 そして間切りの向こうには鼾をかいて眠る大男と並んで眠っている裸の娼婦。正直、居住区の警備はザルだ。無いと言ってもいいぐらいだろう。


 …暗殺を警戒する身の上だと思うのだが、娼婦を呼び込んでいる時点でその辺りの警戒心は低いのだろうか。あるいはファダモンが言ったように、隠すべき悪事の証拠は別で保管しているからこのその余裕か。


 俺は娼婦の裸を多少鑑賞した後、何食わぬ顔で宝飾品の方へと足を進めた。 


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