第217話 全ては絵に描いた餅

◇全ては絵に描いた餅◇


「ま、まだ半人前といっても、ある程度は治療はできるわけですよね?むしろ数をこなしていけば上達もしていきますよね…!?」


 ファダモンは席から身を乗り出すようにして俺の行使した魔法を見詰める。


 思いのほかファダモンの食いつきが良い。タルテは貴族メルルの紐付きと知られてしまっているため、わざわざ俺が女装してまで付き添ったのだが、彼の反応を見る限り闇魔法使いを用意するように相当せっつかれているようだ。


 以前はタルテに目をつけていたようだが、既に光魔法使いはセラさんが彼らの手の内にある。そのこともあって闇魔法使いの方が優先度が高いのだろう。なにせ、光魔法使いと闇魔法使いの二人が揃えば大半の基礎的な治療が可能になる。


 もちろん、治療院並みの治療技術を確立するには調薬や解呪などは別途専門知識が必要になるが、そちらは手駒となった魔法使いを育てていけば良いし、なによりそこまでの治療体制を築くつもりは無いのかもしれない。


「ええと。最初はタルテの補助をしながら練習しようかと。傷口の消毒程度なら私の腕前でもなんとかなりそうなので…」


「大丈夫ですよ…!足りない分は薬を使うこともできます…!」


 足りないどころか闇魔法は使えないのだが、タルテが口裏を合わせてくれる。


「ははは。仲が良いようですね。…お二人は出身も同じで?それともオルドダナ学院で出会ったのでしょうか?」


 それとなくファダモンが探ってくる。おそらく、俺の身分や交友関係を知りたいのだろう。


「タルテは学院で出会いました。私は辺境の出身で王都に知り合いもいないので、仲良くしてくれて助かってるよ」


 そう言いながら俺はタルテの頭を撫でる。俺の回答に満足したのか、ファダモンは頷きながら笑みを作って見せた。


「それじゃあ、少し活動内容や組織について詳しく話しましょうか。…ああ、すいません。お茶が切れていますね。そこの君…!お茶のお変わりを頼むよ…!」


 ファダモンは近くで待機していたウェイターに追加で注文を入れる。そして傍らの鞄の中から何枚かの書類を取り出すと、テーブルの上に広げてみせた。


「へぇ…。結構しっかりとした組織なんだね」


 俺は目の前の書類に目を通したが、思いのほか良く練られている計画に本心から驚愕した。具体的な組織編成図に学内行事での行動方針。学院に要求する設備内容に問題に対する決議方法などが確りと定まっている。


 てっきり、治療組織の立ち上げは単なる勧誘のための建前だと思っていたのだが、この書類を見る限りもしかしたら本当に治療組織の結成を目指しているのかもしてない。…もっとも、ここに書かれている情報が何処まで本当かは分からない。特に現在の組員については全く触れられていない。


「ああ。学院でも僕の活動には注目してくれているみたいでね。学院の授業科目ではないけど、こういった活動はちゃんと評価されるよ。何よりまだ立ち上げの段階だから、ここで加入してくれれば君らも立ち上げに尽力したメンバーとして大いに名を馳せることとなるはずだ」


 そう言って自慢げにファダモンは腕を組んでみせた。…その注目とやらは秘密の部屋に匿われているミファリナとネモノの証言による名簿の裏流しの疑惑も視線だとは思うのだが、どうやらファダモンは好意的に解釈しているようだ。


 ファダモンはそのまま自慢話と取れる内容をつらつらと語っていく。学内で治療組織が必要となる現在の環境。そこをいち早く察知した自分の先見性と行動力。これからの活動で得られる学院での評価と地位。そして最終的には国府のほうからも学生の有意義な活動として注目され、卒業後の進路にも役に立つという未来予想図…。


 タルテはそれを苦笑いを浮かべながら聞いて、俺はほぼ聞き流して手元の資料に注目していた。そうして幾つかの資料を漁っていると、お目当ての情報を見つけることができた。組織編成図や治療部屋の構造。そして必要な機材など。…他の資料と見比べても妙に言い回しであったり使用する単語が違う箇所が存在する。


『おい…。タルテ。ちょっとこれを見てくれ。ここの内容、見覚えないか?』


 声送りの術を使いながら、俺はタルテを肘で軽く突いて手元の資料を渡す。タルテは不思議そうな顔をしながらも、俺に渡された資料を受け取ると、注意深く読み始めた。


『ハルトさん…。これ…、治療院の内容と全く同じです…!』


『やっぱりか。これで大体のことが想像がついたな…』


 タルテの返答で俺は確信する。ファダモンがオルドダナ学院に在籍する光魔法使いや闇魔法使いの名簿を持っていたのかは、そこまで不自然ではない。学院の生徒であれば情報を簡単に集められるし、なにより治療組織を立ち上げるというお題目があれば、教員の誰かから協力があった可能性もある。


 問題はなぜその名簿が教会に渡っていたという点だが、タルテに渡した書類がその理由を明確にしてくれた。


 どおりで良く練られた計画書だ。それもそのはず、資料の大半は実績のある治療院の丸写しだ。つまり、ファダモンは名簿を渡す見返りに教会にその資料を要求したのだろう。


 治療組織と教会は競合する組織であるが、どちらか片方にしか在籍できない訳ではない。ファダモンも利益の大きい取引だと判断したのであろう。


「お待たせいたしました…」


 俺らが呆れていると、ウェイターが紅茶を持ってテーブルまでやってきた。資料は既に目を通しため、俺は広げていたそれを邪魔にならぬよう手早く纏めて脇に寄せた。


「ああ、随分話し込んでしまったね。ここらで一息いれようか」


 話し込んではいない。一方的にファダモンが語っていただけだ。彼には会話と一人語りの区別がついていないようだ。


 俺は紅茶を飲みながら作り笑いをファダモンに返す。俺は口に含んだ紅茶を下の上で転がしながら、ファダモンの出方を窺う。


 そして、俺とファダモンの視線が重なる。俺が作り笑いなら、ファダモンも作り笑いだろう。互いが互いに相手を獲物と認識しているはずだ。


 裏取りをするために、こいつの上っ面を剥いでしまおう。ただ、教会の資料の写しは剥ぎ始めの取っ掛かりとしては少し弱い。だが、もう少しこの場で泳がせれば取っ掛かりとなる証拠を露呈するはずだ。俺は舌なめずりを隠すように再び紅茶を口に運んだ。


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