第215話 人は犬を躾ける。猫は人を躾ける
◇人は犬を躾ける。猫は人を躾ける◇
「あら、私が猫と交友を深めている間に、随分進展したのですね」
いつものサロンの一画で、俺らは入手した情報をサフェーラ嬢に報告する。…厳密に言えばサフェーラ嬢ではなく、サフェーラ嬢の抱いている黒猫に報告しているというのが正しいのだが…。
黒猫は俺らの話を聞くと、ニャンと一声鳴いた。すると、いつか見た茶トラの猫が物陰から出てくると、俺に体を擦り付けながらニャーンと鳴いた。そして俺の膝の上に飛び乗ると、向かいの黒猫と二言三言にゃごにゃごと猫たちは会話らしきものをする。
「猫が…会話してるね」
ナナが猫たちの会話を観察しながら、唖然としとようにそう呟く。そして会話が終わったのか、茶トラの猫は窓から外に出ると何処かへ消えていった。
茶トラの猫を見送ると、黒猫は満足したように鼻から息を吐き出すと、大きなあくびを上げてから、再びサフェーラ嬢の膝の上で丸くなった。
「あら、眠くなっちゃったのかしら。ほんと、可愛いわね」
「サフェーラ…。あなた、そんなに猫が好きでしたの?」
幸せそうに目じりを落とすサフェーラ嬢を見て、メルルがそう呟いた。
「ええ。小さくて素っ気無くて、それでいて時折見せる愛嬌のあるしぐさがたまりませんの。…こう言葉にすると、イブキみたいですね。イブキに似てるから猫も好きなんでしょうか?」
「ああ、確かにイブキちゃんは猫っぽいよね」
「…ちょっと。私を猫なんかと一緒にしないでくれる?」
黙って話を聞いていたイブキが異議ありと言葉を挟むが、メルルもナナも納得したように首を振るう。…俺もイブキは猫に似ていると思う。撤回を求めて睨むその釣り目がちな瞳も猫の瞳にそっくりだ。
「…クッ!それで…!?タルテ…!あなた、午前中教会に行ってたのは、今言ってたこと調べてたんでしょ…!どうだったの…!?」
サフェーラ嬢たちから暖かな視線を受けていたイブキが、強引に話題を切り替えるためにタルテに振った。いきなり話が振られると思っていたなったのか、タルテは慌てて飲んでいた紅茶をテーブルに戻した。
「え…?は、はい…!教会の話ですね…!?」
イブキの推測どおり、タルテが教会に行っていたのは情報の裏取りをするためだ。…帰ってきたときにタルテが憤慨していたので、まだ俺も話を聞いてはいないが、どうだったかは聞かないまでも分かる。
「えと…、訪問治療ですが…、教会が言うには…人手が足りず通常の治療院の運営に支障が出るため…やむをえず中止にしたそうです…」
そう語るタルテの表情はだんだんと険しくなる。
「人手が足りないのは分かりますが…、娼館の訪問治療なんて…そうそう人手が取られるものではありません…!それどころか炊き出しもほとんどやっていないそうじゃないですか…!」
「…それは…お父様にお話しする必要がありますね。教会には炊き出しの費用を国がいくらか出しているはずです」
「その費用を受け取っているから、炊き出しは完全に無くなっていないということなのかな…?」
「ナナ、それはそれで問題がありますわ。詳しい契約の内容は知りませんが…、国が出した費用の範囲でしか炊き出しを行わないのであれば、わざわざ教会に任せず国が炊き出しを行うはずです」
タルテの話を聞いてサフェーラ嬢が眉を顰める。炊き出しも娼婦の訪問治療と同様に儲けにならないことだが、国に出してもらった金の分だけは炊き出しをしなければ問題が出てしまう。
…しかし、メルルの言い分を聞くに、既に問題が出ているようだ。確かに炊き出しは民の人気取りとなる活動だ。それを教会に任せる代わりに、教会も炊き出しの費用を半額出すというような話であった場合、そこに契約の齟齬が発生してしまう。
「結局は…、タルテが王都に来たときに教会と距離を開けた原因…。王都の教会は随分拝金主義に染まっているようだな」
「浅ましい…。教会には既に随分と利権を渡しているのに…。治療院のあり方が変わっているという事は、闇の女神の教会にも調査が必要ですね」
「言っておきますが、私も把握はしておりませんわよ?タルテと違って私は教徒と言うわけではございませんから」
サフェーラ嬢の視線を受けてメルルが答える。光の女神の教会と闇の女神の教会は別組織ではあるのだが、狩人ギルドと傭兵ギルドのように強いつながりのある組織であるため、恐らく似たような状況なのであろう。
「…あとは、オルドダナ学院にいる内通者…、ファダモンという者でしたか?そのこともダイン教諭に相談せねばなりませんね」
ファダモンが娼婦の治療をするための契約書を持ってきたあたり、オルドダナ学院の生徒の名簿を流したのは彼でほぼほぼ間違いないだろう。そもそも、学院内で光魔法使いや闇魔法使いに声を掛けて回っていたという事は、彼には誰が魔法使いか把握していたということだ。
つまり、彼がハニーグールとの内通者。…いや、最初は教会に名簿を流したということは、そこからハニーグールに辿られて協力を強要されたのか…。
もしかしたら生徒の名簿作成者は別にいて、彼もそこから名簿を入手した可能性があるが、どの道彼も黒であることには変わりない。
「…あれ?さっきの猫ちゃんが帰ってきたよ?」
俺らが悩んでいると、ナナがそう言って顔を上げた。その視線の先を辿れば、先ほどの茶トラの猫が窓から帰ってくるところであった。見ればその口には手紙が咥えられている。
茶トラの猫はそのまま俺の元に赴くと、咥えた手紙を俺に突き出した。
「
俺がその手紙を受け取ると、茶トラの猫はそのまま俺の膝の上へと移動した。…目下の問題はハニーグールへの対処だ。こちらとしてはさっさと秘密の部屋の二人を解放して、ハニーグールの奴らが何か行動に起さないか監視する…、悪く言えばミファリナとネモノを囮として活用したいのだが…。
「はてさて、猫さまはなんと言っているのか…。指令書を見てみようか…」
そう言って俺は
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