第213話 不法侵入に適したチーム
◇不法侵入に適したチーム◇
「本当に治療してもらえるのですか?その…、彼女達のいる所には娼館を通らないと…。確実に見つかってしまいます」
治療と引き換えに情報を渡す。セラさんは願っても無いことだとその条件に飛びついたのだが、途中で何かに気がついたのか、意気消沈してしまう。
「…なぜ、見つかったら不味いのか…。そのあたりも後ほど教えていただきますわ」
そう言ってメルルは先頭を切って娼館の方向へと進む。この前潜入したときには、セラさんは巻き込んでしまうことを恐れて闇魔法使いを連れてくるのを躊躇っていた。闇魔法使いのほうから歩み寄ってきたため思わず了承してしまったが、そのことを思い出して再び躊躇してしまっているのだろう。
「病人のいる寮には直接いけないのかな?…忍び込むのも考えているのだけれど…」
「病人が寮にいることも知っているのですね。…残念ながら寮にはそもそも扉が無いんです。出入り口は娼館の渡り廊下だけ。防犯のためとは聞いていますが…」
…
だが進入するのはそこまで難しくはない。なぜならこちらには各種魔法使いが揃っている。魔法に対する対策が施された建物の存在するが、そんなものは軍の施設ぐらいだ。たかだか娼館にそのような対策が施されているとは思えない。
「この時間帯に寮にいる人間は?」
「…もう娼館が営業を開始していますので…、恐らく病欠の人たちだけかと…」
俺がそう尋ねると、セラさんは警戒しながらもそう答えてくれた。…それならば、やはり容易に忍び込めるだろう。むしろ、今いる歓楽街の路地よりは娼館の寮の方が内密な話に向いているはずだ…。
歓楽街の路地裏は表通りの華やかさとは真逆に非常に寂れたものだ。中には路地裏の隠れた名店といった佇まいの店が人を呼び込んで賑わっているが、それでも人の目は格段に少ない。俺らはそんな路地裏を縫うようにして目的の娼館の寮へと進んでいく。
「あの…、この建物の中に治療して欲しい人が…」
目的の娼館の寮にたどり着くと、セラさんが辺りを警戒しながら目の前の建物を示す。なるほど、確かに入り口は何処にもない。それどころか一階の窓には鉄格子が掛かっており、人の侵入を拒んでいる。
「みんな、この奥に入ろう。直接、病室にお邪魔するぞ」
俺は今いる場所よりも更に細い路地を指差す。ちょうどそこの頭上が目的の病室だ。そう指示するとまずはメルルが魔法を発動させる。すると、ものの数秒で俺らの姿が闇の中に紛れる。
「え?こ、これは…」
「セラさん。こっちだよ。私についてきて」
急に辺りが暗くなり戸惑ったセラさんをナナが手を引いて道を示す。メルルの闇が姿を隠し、俺の風が音を隠す。たとえ通りがかった人間がいたとしても、俺らに気が付くことは無いだろう。
「タルテ。いけるか?」
「はい…!。問題ありません…!」
今度はタルテが寮の木製の壁に手を当てる。すると、取っ掛かりも無かった壁に梯子のような取っ掛かりが形成され始めた。
木材は生物由来の素材であるため、魔物の素材がそうであるように、込められた魔力を特性に合わせて大なり小なり変質させてしまう。それを魔法に利用するのが魔術であるが、直接生物由来の素材に魔法を行使しようとする場合は、それが雑音となってしまう。
だから、木材を土魔法で変形させることは難易度が高いのだが、タルテには木魔法の適性もある。彼女に掛かれば石材も木材も大して変わらないのだ。
「…むう。私はやることがないね」
「頼むから無理に使うなよ?この変は木造の建物が多いから、あっという間に大火事だ」
残念ながら火魔法の出番が無いため、ナナが悔しそうにむくれている。まぁ、消火も火魔法使いなら簡単にできるのであるが…。聞くところによると軍部の魔術兵団の中には水魔法使いと火魔法使いで構成される消火部隊も存在しているらしい。前世で言うと消防署に該当する組織だ。
「凄い…。皆さん、みんな魔法使いなのですか?」
「お話は後ですわ。まずは中に入って治療をいたしましょう」
中の人を警戒させないように、セラさんを先頭にして壁を登っていく。最初は戸惑ったものの、兵士科の生徒らしく、すいすいと壁を登っていく。そしてあっという間に三階まで登ると、窓から中へと侵入した。
俺らもそれを確認すると、同じように壁を登り部屋も中へと窓からお邪魔する。部屋も中では病気の娼婦たちが呆けたような顔でこちらを見詰めていた。
「セ、セナちゃん。…この人たち大丈夫なの?」
「…私も会ったばかりなので保証はできませんが…、どの方も私を簡単に伸せる腕前の方々です。わざわざ穏便に話を持ってきた点を信じましょう…」
セナさんが娼婦の方々を宥めるように言葉を放つ。しかし、彼女もまだ俺らのことを完全に信用していないようで、俺らを信じるという言葉とは裏腹に、俺らの挙動を見張るように視線を向けている。
だが、そんな視線を物ともしないのがタルテだ。彼女は気が付いていないのかあえて無視しているのか、すぐさま病人に近寄って診察を始めた。
「何でこんなになるまで放って…。この斑点が出始めてからどのくらい経ちました…!?」
「え…?ああ…、半年ほど前から…」
そう言って他の病人の様子も確かめていく。有無を言わせない有様に娼婦たちはされるがままになっている。ここまでくると彼女達も俺らのことを信じたようで、聞かれたことには素直に答え緊張も解け始めている。
「タルテちゃん。何か手伝うことある…?」
「それじゃ…、この薬草を磨り潰してから熱してもらえますか…?」
「私は殺菌を始めますわね。一番症状の重い方はどなたかしら?」
そう言って女性陣はテキパキと治療活動に勤しみ始めた。セラさんも監視を止めて手伝い始める。
「…俺にも何か手伝えることはあるか?」
風で周囲の警戒をしているが、それでは正直言って手持ち無沙汰だ。俺ばかりが突っ立ているわけにも行かないので、タルテにそう尋ねた。
「ハルトさんは…その…少し外に出ていられますか…?」
そう言って申し訳無さそうにしながらタルテは部屋の扉を指差す。…どうやら治療のために彼女達の服を脱がすようだ。手が足りてないならともかく、現状においては足りているため、この部屋は男子禁制となるようだ。
…有無を言わせないような女性陣の視線を受けて、俺は黙って廊下へと移動した。
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