第212話 暗い暗い希望の光
◇暗い暗い希望の光◇
「へぇッ…!?何でそれで治療院が黙っているんです…!?女性の保護は教会の役割ですよ…!?」
翌日、俺が歓楽街で見てきたものを皆に伝えると、タルテが驚きと共に憤慨したような声を上げた。勢い良く立ち上がったため、椅子やテーセットが音を鳴らす。風壁の魔法のお陰で外部には音は漏れていないのだが、その慌てたような姿がサロンの周囲から人目を集めた。
「ご、ごめんなさい…」
その視線に気が付いたのか、タルテは恥ずかしがりながら椅子に戻る。それでも俺からの情報が信じられないのか、戦闘時のようにタルテにしては鋭い目付きになっている。
「確かに前に聞いたな。教会が娼婦の保護をしているんだったっけ?」
女神を祭る光の女神の教会と闇の女神の教会は母系社会の現れである。子を産み育む女性は尊き存在であり、社会的な弱者になりがちな娼婦の立場を向上することに勤しんでいる。…確か娼婦は病気の治療も無料で受けられると聞いた気もする…。
「…確かに妙な話だね。なんで治療院に行かないんだろう…」
「そこまでは、話してなかったが…。協会側が娼婦の治療にもお金を取るようになったとかか?」
無料だったものが有料になったため、治療に困り…教会の知り合いに頼んで治療師の情報を裏流ししてもらった…とか…?しかし、タルテの様子を見る限り、治療院ではそんな話は聞かなかったのだろう。秘密の部屋の二人に娼婦の治療がどうなっているか確認をとるべきか?
「ですが、進展はありましたわね。何故、ハニーグールが治療師の名簿を求めたのか、いまいち動機が分かりませんでしたが、恐らくは娼婦の方々の治療をさせるためなのでしょう」
「きょ、教会に行って確認してきます…!娼婦の方の訪問治療がどうなっているのか問いただします…!」
「ちょ、ちょっとタルテちゃん。落ち着いて…」
メルルは思案気に、タルテは慌てたようにそう言った。今にも走り出しそうなタルテをナナが必死な顔で宥めている。…メルルの言うとおり、動機が判明した今、他にも探る必要性がある者がでてきた。
「訪問治療なんてやっていたのか。…正直、昨日見た娼婦の病室は、他に人が来ている様には見えなかったな…」
まさに汚いものに蓋をするように、強引に一箇所に病人を押し込んだ部屋だ。正直言って治療師があんな汚い病室を見て、何も言わないとは思えない。
「…もしかして、そこが目的なのかもしれません」
俺の言葉を聞いてメルルがポツリとそう呟いた。
「私も闇魔法を鍛えるために教会に在籍していた時期がありますが…、私を貴族と知る者が、助けが必要な現場を見て欲しいと娼館の訪問治療に引率してくれたことがあります」
「わ、私も…、何回かお手伝いさせてもらったことがあります…!」
「そこに何かハニーグールの目的があるってこと?」
メルルも俺らと狩人をする前は、闇の女神の教会にて腕前を磨いていたと聞いている。妖精の首飾りは半分がシスターなのだ。
「そもそも、なぜ訪問治療を行うかと言うと、娼婦が粗末な扱いを受けていないか監視する目的があるのですわ。見返りとして無料の治療が受けられるとはいえ、経営者からしてみれば面倒なものなのでしょう…」
そう語りながら、メルルは俺とナナに視線を投げかける。
「例のカジノに赴いたとき、サフェーラがカジノについて語っていたことを話しましたわよね?」
「ああ…。確か…生徒が借金して退学してたりするって…」
「その借金した者から金を回収する手っ取り早い方法が娼館ですわ。ハニーグールが金貸しと娼館を経営しているのもそのためなのでしょう」
つまり…、おのぼりさん達を借金漬けにしてお金を回収するために自前の娼館に所属させる。しかし娼婦を馬車馬の如く働かせると教会が黙ってはいない。…そもそも、娼婦調達のために達の悪い金貸しをしていることを咎める動きもあるかもしれない。
「…つまり、教会と手を斬るために自前で治療師を手配しようとしたわけなんだね」
メルルの語ったことに対して、ナナが納得したように頷いた。その仮説をはっきりさせるためには、教会よりもハニーグールの方を探ってみるべきか…。猫の指示もハニーグールの調査だしな。
「まずは…、そうだな。ホフマンから情報を貰った彼女…、セラさんに接触してみないか?弱みに付け込むようだが…、こちらには彼女の欲しているものがある」
そう言って俺はメルルに目を向ける。セラさんは娼婦の治療をしようとしていたが、病気の治療には光魔法使いだけでなく、闇魔法使いが必要だ。まずは闇魔法使いによって病原菌を殺傷しなければ、光魔法によって病原体も活性化してしまうのだ。
「そうだね。ハルトの話を聞く限り、彼女は不本意な協力者…。こちらから歩み寄れば強力してもらえるんじゃないかな?」
「…ほら、タルテ。娼婦の治療は私も強力しますから。まずはハルト様とナナの言うとおり話を聞きに行きましょう?」
◇
「ねぇ、貴方がセラさんね?少しお話聞かせてもらえるかしら」
日の暮れた歓楽街にて、娼館や酒場の明かりから身を潜めるようにして俺らは待っていた。場所が歓楽街であることから、男の俺では不用意に警戒させてしまう可能性があるため、ナナとメルル、タルテが先頭に立って、一人の女性に話しかける。
「…あなた方は?」
流石は兵士科の生徒だからか、セラさんは俺らの出現に臆すことなく体を半身に構えて警戒を露にする。目は鋭く尖り、瞬時に俺らの装備を確認するかのように素早く動いた。
俺は敵対行為と思われないよう、静謐性に気をつけながら風壁の魔法を展開する。これで声は外に漏れることはない。
「そう警戒しないで下さい。私達は狩人…。そしてオルドダナ学院の生徒でもあります」
「…!?」
オルドダナ学院の名前を聞いて、セラさんの瞳が見開かれる。やはり、学院の者には余り知られたくなかったのだろうか?しかし、彼女に逃走する素振りは見られない。そんな彼女の反応を探るようにしながらメルルは手の平を天に向けて、自身の前に翳して見せた。
「いくつかお聞きしたいことがあるのですが…、そうですね。まずは何故あなたが娼婦の治療を行っているのか?…そしてハニーグールが何故治療院に頼らないのか。その辺りを聞かせてもらえますか?もし協力していただけるのならば、私達も色々と便宜を図りますわ。たとえば…、闇魔法なんか必要ないですか?」
メルルの手元に宿る闇の奇跡。セラさんは、それを食い入るようにして見詰めている。宵闇より暗きそれは、彼女にとっては希望の光になり得るのかもしれない。
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