第210話 そこに猫はあるのか
◇そこに猫はあるのか◇
「完成したぞ…。おっさんのスケッチ集…王都おっさんノミコンだ。」
俺らを襲ってきた男の一人、ホドムズと名乗った薄汚い男は意外にも優秀であった。王都界隈の裏事情にも精通しており、名所案内をするかのように、王都で金貸しを営む者の下へ俺を案内して見せたのだ。
そのこともあって、俺のスケッチの作製は当初の目算の半分にも満たない期間で完成した。一番良く描けたのは三枚目の娼婦に踏まれる金貸しのエムズのスケッチだ。彼の恍惚とした表情が良く描けている。
俺は完成した数多のおっさんのスケッチ画をナナとメルル、タルテに見せる。彼女達は数枚に目を通しただけで、苦い物でも食べたかのような顔をして、すぐさまスケッチ集を閉じて俺の下に返却した。
「おぞましい物を描き上げましたね。幾ら捲っても薄汚い殿方ばかり…見ているだけで正気が削れて行きそうです。禁書庫行きですわね」
「ハルトが描いたのだよね?心は平気?」
「あの…、治療しましょうか…?あ…、光魔法の
「大丈夫だ。とあるクランのお陰でおっさん耐性は獲得してある」
欲しくなかった技能では有るが、取得してしまったのならば仕方が無い。あの頃はまだ魔法の使い方が今よりも稚拙で、索敵すると近場のおっさんの細かい体格までも感じてしまっていたのだ。
俺はスケッチ集を纏めると、クルクルと巻いて革紐で一つに纏めた。…あとはこれを猫に頼んで秘密の部屋の二人に確認してもらえればいいのだが…。
俺が周囲を探ると都合よく窓から黒猫が入ってくる。どうやら俺らのことを何処からか観察していたらしい。黒猫はそのまま俺らの下に足を運ぶと、そのままメルルの膝の上に飛び乗った。
「きゃっ…!?あら、今日は随分人懐っこいのね…?」
メルルは膝に飛び乗ってきた黒猫に戸惑いながらも、毛を梳くようにして黒猫を撫で始める。ねこはいます。
「黒猫だから、もしかして闇属性と親和性があるのかもね。それでメルルに懐いているのかも」
ナナがそう言って手を伸ばすと、黒猫はその手に向かって抱かれたまま首を伸ばし、迎え入れるようにして顎を撫でさせる。…単に女好きなのでは?調べてて分かったが、猫は男子寮よりも女子寮の方が多く出没しているのだ。ねこでした。
俺は無言で纏めたスケッチ集をメルルに渡す。メルルはスケッチ集を受け取ることに少々難色を示したが、それでも受け取ってスケッチ集を黒猫の前に掲げてみせた。
「猫ちゃん。このスケッチを秘密の部屋の二人に届けてもらえませんか?ちょっと量が多いのですが…、無理そうならば何回かに分けてでも…」
ナーオ。とひと鳴きして黒猫は胸を張って喉元を晒してみせる。その所作はあたかもそこにスケッチ集を結べと言っている様だった。…ためしにメルルが結んでみれば、黒猫は抵抗せずにされるがままになっている。
「…なんか当たり前のように受け入れているけど、その猫って言葉を理解しているよな?そいつが
「賢い猫ちゃんですよね…!可愛いです…!」
俺も手を伸ばすが、尻尾によって叩き落される。一方、タルテには抵抗する事無く嬉しそうに撫でられている。…やはり女好きなだけでは?
猫は一頻り撫でられると、メルルの膝から飛び降りた。首に結ばれたスケッチ集が邪魔そうではあるが、それでも猫らしい身軽な振る舞いで瞬く間に建物の上へと消えていった。
◇
「ハルト。昨夜に猫からお返事が届いたよ。先に目を通したけど…、どうやら礼の男が黒だったらしい」
翌日、ナナから王都おっさんノミコンが返却された。どうやらスケッチ集の中に彼女達の目撃した男がいたらしい。見てみれば、礼のハニーグールの金庫番と呼ばれた男のページに書き込みが追加されている。
どうやら、ハニーグールの金庫番とタルテと投げナイフ勝負を行っていた護衛らしき男が教会にて取引をしようとしていた下手人のようだ。…また、添付されていた手紙には、おっさんのスケッチ集を置いておくと
…描いといてなんだが、俺もおっさんノミコンは手元に置いておきたくないな…。メルルの言ったように禁書庫で引き取ってくれないだろうか…。…そういえば、図書館には生徒の寄稿本のコーナーがあったはずだ。王都おっさんノミコンも寄稿してしまおう。
「ミファリナさんとネモノさんからの手紙はそれくらいだね。…特に
「となると、そのハニーグールとやらを探ってみる必要がありますわね。あの男…ホドムズでしたっけ?彼にもう少し働いてもらいましょうか…」
「あの…、危険なことに巻き込みすぎるのも…可愛そうですよ…」
俺が王都おっさんノミコンの処理について思いを馳せていると、メルルやタルテがこれからの動きについて算段を整えている。
…容疑者は絞り込めた…というかほぼ確定したが、できれば動機をはっきりしておきたい。なぜ金貸しは治療師の名簿を欲したのか。魔法使いという有用な存在であるため、如何様にも悪用できる算段はつくが、それ故、逆に目的を絞りきれていない。
今日の放課後あたりにでも少し探ってみようか。ホドムズからハニーグールのより詳しい情報を仕入れておこう。
「あ、ハルト君。それに皆さんもおそろいで。…少しハルト君を借りていいかな?」
俺らがこれからの行動を計画していると、唐突に声を掛けられる。そこにいたのは兵士科のホフマンだ。彼は多少焦ったような顔をしていたが、タルテの姿を見ると何故だか少し安心したような表情を浮かべた。俺は何事かと思いながらも、ホフマンを迎え入れるように歩み寄る。
「どうした?何かあったのか?」
「その…、この前、ハルト君はファダモンのことを聞いてきたよね?あれから何か情報を手に入れたりしたのかな?」
ホフマンは周囲を多少気にしたが、俺が盗聴防止のために風壁の魔術を行使したのを感じ取って、声を潜めながらも語り始めた。
「いや、特に動きはないが…。ホフマンも調査隊に名乗りを上げるのか?」
「…ちょっと真面目な話でね。あの時、兵士科の生徒もファダモンさんに声を掛けられたって言ったよね?その生徒が最近、授業を休みがちで…それに…」
俺がふざけてみせると、ホフマンは俺を嗜めながら話を続ける。
「それに…?」
「その…、その生徒が歓楽街の…それも娼館街に通ってるのを見たって話があるんだ。光魔法使いの彼女がお金に困るなんてことは考えづらいから、ちょっと不自然に思えてね。それで心配になってハルト君を訪ねたんだ」
意を決したようにホフマンはそう言い放った。娼館は…ちょうど今話していたハニーグールの根城がある場所だ。俺は妙な共通点に嫌な胸騒ぎを覚えた。
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