第209話 手馴れた闇討ち

◇手馴れた闇討ち◇


「全部で八人だな。遠距離は無し。どいつもこいつも馬車に集ってきているぞ…!」


 俺は風の索敵で調べたことを三人に伝える。俺らを生きたまま捕らえるつもりなのか、見せしめとして手にかける腹積もりなのかは不明だが、特に作戦だった動きも無く砂糖菓子に群がる蟻の如く俺らの乗る馬車目掛けて集まって来ている。


 先頭の男が馬車に飛び乗り、手斧で馬車の扉を強かに打ちつける。木っ端が中に舞い、扉を鍵ごと破壊し始める。


「ブチ破りますね…!!」


 乱暴なノックに気を悪くしたかのように、タルテが狭い馬車内で小さく体を伏せると、勢い良く扉に向けて体当たりをする。そして、扉とそれをこじ開けようとしていた男を巻き込んで馬車の外へと躍り出た。


「羊の角…!?おい!こいつだ!飛び出してきたぞ!早く抑えろ!」


「背はちいせぇが、意外とそそる体じゃねぇか。ゲヒヒ…、味見してもいいんだろ?」


 松明の火が掲げられ、その明かりの下で笑う男達の姿が露になる。扉と共に吹き飛ばされた男が血に塗れて呻いているが、その男を心配しようとする者は誰一人としていない。


 男達の掲げた松明は、タルテの姿を舐めるように照らすため左右に揺られるが、鑑賞会はすぐさま中止となる。


「瞳を閉じれば、そこに暗がりが灯る。灯消しランタン」


「希望の光は駆逐され、世界は闇に包まれる!亡き王女のための小夜曲セレナーデ


 タルテを追って馬車を飛び出した二人が構築していた魔法を発動させる。ナナは周囲の炎を魔法により引き寄せ、強引に消火を行う。そして、それと同時にラスボスのような呪文を唱えたメルルの魔法が行使される。


 不自然なほど暗い闇。風景は勿論、足元や手元すら見えない墨汁が溢れたかのような濃厚な暗闇。しかも、ただの暗闇ではない。闇魔法の司る停滞が込められた闇だ。魔法的な抵抗力の弱い者、つまりは非魔法使いほどこの闇の中では動きが阻害される。


「タルテ!三十秒後に宜しく!」


 今度は俺が男達の間に躍り出る。メルルの作り出した闇だが、残念ながら彼女にも闇の中を把握することはできないのだ。この闇の中で変わらず動けるのは視力以外に優秀な感覚器官を持つものだけだ。


「どうなってる!?だ、だれか!俺を見てくれ!目蓋はちゃんと開いているか!」


「煙幕だ!たぶん煙幕だこれ!」


 俺の十八番の強制的な目隠しを用いた闇討ち。見えない状況では抵抗も逃走も容易には行えない。俺は男達の隙間を縫うようにして進んで行く。


 仕留めの刃筋は乱さないように、赤い返り血は翻さないように、颯爽と歩くのが闇討ちでのたしなみ。


 過剰防衛は許されているので罪に問われることはないが、それでも街中の殺人は調書などの事後処理が面倒になるなるため、命までは奪わぬよう優しく慈悲深く刃を突き立てる。


「みなさん…!行きますよ…!」


 時間が来たのだろう。タルテが光球を浮かべ、メルルの闇の世界を浄化する。光に照らされた薄暗い路地裏には、複数の男達が傷を抑えて蹲っている。


「あぁあぁぁああ…!護衛がいるなんて聞いてねぇぞ…!」


「ゆ、許してください…、俺は付き合いで誘われただけで…断りきれなくて…」


 正直言って動こうと思えばまだ動けるほどの傷のはずなのだが、襲ってきた者達はすっかり戦意を喪失している。暗くなったことに脅えてうろたえていた事からも、訓練された者ではないと思っていたが、どうやら予想は当たっていたらしい。


 襲撃者の男達はどの者も薄汚れており、体から発する臭気からしても僅かな金で汚れ仕事を請け負うような路地裏の住人なのだろう。


「さて…、許しても良いのですが、貴方たちは何処の回し者か教えていただけるのでしょうね?」


 痛みに呻く男にメルルが近寄ると、ナイフを抜きその切っ先で男の顎を持ち上げると、にこやかな顔でそう尋ねた。出血に重ね、恐怖によりさらに顔を青くした男が震えながら呟いた。


「あ、ああ。俺はここに馬車を連れてくるから、乗っている奴を襲えって…。お、女はなるべく…、特に角のある女は生きて連れて来いって…」


「ハニーグールだ!ハニーグールの奴だあれは!連れて行く場所もハニーグールの娼館だから間違いねぇ!」


 メルルの問いに対し、青ざめた男が答え、その言葉を補うように横合いからも別の男から答えが飛んでくる。メルルは視線だけを動かして横合いにいた男を見詰める。男はメルルの視線に脅えながらもホントだよぉ…と小さく呟いた。


「ハルト、どうする?タルテちゃんに光弾を打ち上げてもらえば、衛兵が駆けつけて来ると思うけど…」


「…こいつらの証言で、そのハニーグールとやらはしょっ引けたりするのか?」


 衛兵に頼んで面倒なく解決できるのならば、そうしたいのだが俺の問いを聞いたナナの表情は芳しくない。


「…難しいだろうね。言葉は悪いけど、彼らの社会的信用はないようなものだから、幾らでも言い逃れできるんだよ…」


 カジノでの状況から言ってハニーグールが仕掛けてきたのは間違いないのであろうが、それを根拠に衛兵を動かすのは少し弱いか…。メルルやナナの身分を明かせば、少しはまともな調査をお願いできるも知れないが…、領地でもない王都で権力のごり押しはできない。


「ハルト様…。どの道この者達を突き出したところで利益はありませんわ。まぁ、王都の治安が多少よくなりますが…」


「三人がいいなら、このまま見逃すか…?」


 俺がそう言うと、男達は縋るようにこちらに視線を向ける。彼らとしては衛兵に捕まるのも困るのだろう。俺らを襲ったことに関しては現行犯であるため、裁判も無しに犯罪奴隷となる可能性が高いからだ。


 俺らに敵意を持って襲ってきたとはいえ、力量差が有りすぎて弱い者イジメをしている気分になってしまう。


「た、頼む。…そ、そうだ。俺らに依頼が来たってことはハニーグールと揉めてるってことだろ?奴らの知っている情報を話す…!なんなら、知りたい情報を探ってきたっていい!」


 悩む俺らに一人の男が足を引き摺りながらそう言い切った。…意外にも頭が回る奴もいるらしい。確かにそれならば単にこいつらを衛兵に突き出すよりは有益だ。同じ事を思ったのだろう。ナナとメルルの視線と俺の視線が重なった。


「…そうだな。ちょっとした情報屋代わりになってくれるなら見逃そう。…タルテ。治療をしてやってくれないか…?」


「はい…!直ぐに治しちゃいますね…!」


 怪我人を前に治療をお預けされていたタルテが元気良く答える。タルテが汚らしい身なりの男達に戸惑う事無く触れて治療をし始めると、襲撃者の男達は眩しいものを見詰めるようにしながら、タルテを拝み始めた。


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