第207話 負ければ誰かの養分
◇負ければ誰かの養分◇
「おい坊主、どうした?あンた、背中が
カジノといっても電飾で飾られたスロットマシンなどは置いていない。基本は木札や紙札を用いたカードゲームが主流であり、ゲーム内容に合わせて幾つものテーブルが置かれている。もちろん、中にはオカと呼ばれるルーレットに似た凝った造りのゲームなども存在しており、物珍しさもあるのだろう、多くの観客が集まっている。
「…ナイトオウルに射手と斥候。場のグリフォンと合わせて風のフォーエレメントだ」
「へへっ残念。ぬるりと来たぜ。戦士二枚と騎士に火吹き鳥、サラマンダー、フェニクス。オールファイアだ」
俺の隣に座っている遊び慣れていそうなおっさんが黄色い歯を見せて得意げに笑う。マジか…この順目でオールファイアだとは。遊び人のおっさんが得意げになるのも頷ける。隣のおっさんは俺と似たような腕前で、なんだかんだ競い合っているうちに仲良くなってしまった自称勝負師のおっさんだ。要するに単なる遊び人だろう。
「ふへへ、これじゃぁ俺が総取りかな?これに勝つ手札の奴はいねぇだろ」
「…残念ながらお客様。
そう言いながらディーラーは伏せた手札を一枚ずつ捲っていく。隣のおっさんからは息を飲むような声にならぬ声が聞こえてきた。
ディーラーは口を閉じることを忘れてしまった遊び人のおっさんに笑みを向けながら、レーキで俺らのチップを回収していく。俺はまだ軽微な被害ですんでいるが、遊び人のおっさんは強気に攻めていたため、レイズした分のチップが積み重なっている。それがディーラーの総取りとなったため、開いた口が塞がらないのも納得できる。
「クソッ…!やってられるか…!?折角の勝負手だったのによぉ…!」
音を立てて遊び人のおっさんが乱暴に立ち上がる。俺もそれに続くようにして静かに椅子を引いて立ち上がった。
「なんだ。坊主もリタイアか。まぁそれが利口だろうな。あのディーラー絶対サマしてるぜぇ」
「少々懐が寂しくなってきたんで、火傷する前に手を引こうかなと思いましてね」
「かぁ~。若いくせに何引き際を弁えてるんだよ。小さく纏まりやがって」
俺の振る舞いを嘆くように遊び人のおっさんが目元に手を当てて上を向いて見せた。いちいち仕草が大げさなおっさんだが、不思議とさまになっている。俺は注意して言葉を選ぶようにしておっさんに話しかける。
「小さく纏まるつもりは無いですよ。もう少し遊びたいのですが、単に手持ちが足りないだけです。家に帰れば十分な金があるのですが…」
「十分ねぇ…」
遊び人のおっさんが俺を観察するように俺を見る。…今日の格好は俺も気を使って、そこそこ裕福な商人の子息風の格好だ。おっさんの目から見ても金に余裕のあるように見えるだろう。
「おっしゃ。んじゃ、お兄さんが良い事を教えてやる。こういうカジノにはなお金を貸してくれる親切なおじさんがいるんだ」
そう言って遊び人のおっさんは背後から俺の肩に手を当てると、俺の向く方向を誘導するように動かして見せた。俺と遊び人のおっさんの向いた方向には壁際に併設されたバーカウンターと、そこで酒を嗜む幾人かの客が遠巻きにカジノの中を見据えていた。
「あそこで酒を飲んでるおじさん達が見えるだろ?あれは単なるのん兵衛じゃねぇ。金貸しをしているおじさんだ」
「へぇ…。ちなみにどのおじさんですか?」
店員から紹介をお願いしようかと思ったが、都合良く遊び人のおっさんから金貸しの情報を貰うことができた。確かにおっさんの言うとおり、バーカウンターにいるおっさん達は単に休憩しているにしては店内の方に気を配っている。恐らく、あそこから顧客の吟味をしているのだろう。
「右から三人はどれも金貸しだ。言っておくがそれぞれ別の業者だぜ。なんだかんだ横の繋がりが強い奴らだからああやって馴れ合ってんのさ。…個人的には一番右のおじさんはお勧めしない。金利が高い上に、あの野郎俺のことをロクデナシと呼びやがったんだ…!」
あそこに三人のおじさんがいるじゃろ?といった具合に遊び人のおっさんはバーカウンターを指差す。俺はその三人。特に注意するように言われた右のおっさんの顔を脳裏に焼き付ける。…おっさんの顔を脳裏に焼き付ける。酷な所業だが、仕事だから仕方ない。
「なるほど。良い事を聞きました。…ちなみに金貸しをしている人はあの三人だけで?」
「うんにゃ、ここに顔を出している奴だけでももう少しいるな。だが、あの三人以外は特に止めたほうがいいぜ。悪質な奴らが多い。俺の友人も尻の毛まで毟られた」
おっさんの尻毛が金になるとは初耳だが、それよりも重要な情報があった。悪質な奴が他にいるのであるのなら、そちらの方が例の教会に来ていた男の可能性が高い。
「へぇ。できればその人たちも教えてくれませんか?避ける意味でも顔は知っておいて法がいい」
俺は手元にあったチップをおっさんに渡す。チップを受け取ると、遊び人のおっさんは黄色い歯を見せて嬉しそうに笑った。
「ほう。分かってんじゃねぇか。そうだな。ちょっと前にハニーグールの金庫番の顔を見たな。まだどっかにいると思うが…」
そう言って遊び人のおっさんは辺りを見渡す。幸いにもその目的の男はすぐさま見つかった。なぜなら先ほどから周囲の注目を集めている勝負の中心にその男がいたからだ。
「お、あれだ。あれ。あの茹蛸みたいなちょび髭のおっさん。…なんだ?負けてんのかあの野郎?」
そこには確かに顔を赤くしたおっさんに付き添いらしき数人の男の姿があった。そしてナナとメルル、タルテの姿も…。俺は心配になり、その人ごみの中へと向かった。遊び人のおっさんも、そのハニーグールの金庫番とやらが負けていることに興味があったのか、俺に付き添うように着いてくる。
「おい!魔法を使っているんじゃないのか!?どうなっている!?」
「ええと…、その…見ての通り魔法の反応は出ていません…」
ちょび髭のおっさんが声を荒げ、勝負を見守っている店員が申し訳無さそうに壁の魔道灯を指し示す。…俺の記憶にある物と同じであるのならば、あれは近くで魔法を使うと反応して明かりを灯す魔道灯だ。勝負でイカサマをしないようにアレで監視しているのだろう。
勝負の内容は的当てだ。それこそ、細かな点数が割り振られていないダーツと言っていいだろう。より的の中心に手投げナイフを当てたほうが勝ちというシンプルなダーツだ。
そのダーツボードの前にちょび髭のおっさんの護衛らしき者とタルテが並んで立っている。その二人がそれぞれの陣営を代表して競っているのだろう。
「これで…終わりです…!!」
そう言ってタルテが投げナイフを振りかぶる。足を引き上げることにより、タルテの素足が露になり観客の男性陣から這うような歓声が上がるが、その直後、投擲された投げナイフが的の中央に突き刺さったことで、掻き消すように歓声が巻き起こる。
まだ、対戦相手の男の投げナイフが残っているが、たとえそのナイフを中央に当てても逆転はできない。つまりはこの時点でタルテの勝利が確定したのだ。
「やったね。タルテちゃん。真っ直ぐ投げれるなんて凄いよ!」
「さぁ、これで勝負は決まりました。お約束通りお引取り願いましょうか」
ナナがタルテの手を取って喜び、メルルが冷たい目でちょび髭のおっさんを見つめる。どうやら、勝負に至る前に何かしらのトラブルがあったと見える。別々で行動したのは間違いだったか…。
「クソッ…。ええいいでしょう。ここは一旦引きましょうか。…いつか後悔しますからな」
ちょび髭のおっさんがテーブルに腕を振り下ろし、詰まれていたチップが音を鳴らす。そして怒鳴り声で観客を引かせると、ちょび髭のおっさんの一団はそのまま店の出口に向かって早足で歩いていった。
「いいもん見れたな。あのクソ野郎の負け顔が拝めるとは。これで今夜も飯が美味い」
遊び人のおっさんが顎を撫でながらそう呟く。俺は無言で四体目のおっさんの顔を脳裏に焼き付けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます