第206話 王都北区三番商店街。通称桃色商店街

◇王都北区三番商店街。通称桃色商店街◇


「…ハルト。あまり余所見をしていたら危ないよ?」


 俺たちはオルドダナ学院を出て王都の商業街をうろついている。商店街とは言っても、ここらは歓楽街に分類されるお世辞にも治安の良いとは言えない地域だ。


 既に日も暮れ始め、歓楽街は眠りから目を覚ますようにその姿を本来の物へと変化させていっている。気の早い酒場などは賑やかな声を外に漏らし始め、店の前には客寄せのお姉さんなども立ち始めた。胸元は大胆に開き、そこにはある意味売り物である果実が実っており、視線誘導の魔法を俺に仕掛けてくる。…もっともナナにより強制的にレジストされるのだが…。


「…いや、金貸しを探してただけだよ?」


「ハルト様。残念ながら金貸しは胸の谷間には隠れていませんわ」


「むぅ…」


 なぜこんな所に繰り出しているかと言うと、一昨日、俺達がこれからの方針を皆と話し合っていると、一匹の猫が手紙を咥えて俺らの下にやってきたからだ。意外にもその妖精猫アルヴィナからの手紙は、ダイン教諭に指摘されたからか、時候の挨拶から始まっていた。


 …マタタビの白き花が緑の中にて鮮やかな頃という表現が、今の時候に相応しい表現なのかは疑問であるが、その手紙には俺らに学外の調査を依頼する言葉が記されていた。恐らく、妖精猫アルヴィナは俺らに自身の目の及ばぬところを調査させたいのだろう。


「…変な顔の人…いませんね…」


「タルテちゃん…。言っておくけど、あの似顔絵は当てにしちゃ駄目だよ?」


 ナナが辺りを見回すタルテにそう声を掛けた。正直言って、探るといっても取っ掛かりとなる情報が欠けている状況だ。本音を言えば、妖精猫アルヴィナに頼み込んで、秘密の部屋に匿われている二人に足を運んでもらって、金貸しの特定をお願いしたいほどだ。


 だが、妖精猫アルヴィナは彼女達を解放するつもりは無いらしい。単に過保護なのか、はたまた俺らに試練を課したいのかは不明だが、黒猫の尻尾バシバシ攻撃に負けて俺らだけでの調査となってしまった。


「ハルト様。そろそろ見えてきますわ。…目的の人達が居ればいいのですけど…」


 メルルが指し示す店に向けて俺らは足を進める。そこには周囲よりも一際大きい華やかな外観の建物がそびえている。飾り彫りのされた石造りの柱や大きく開いた重厚な扉は劇場やダンスホールにも見えるが、そこまで高尚なものではない。


 俺らが金貸しのことを特定するために立てた作戦は、ネモノの絵心が俗人に理解されぬ高尚であるものならば、比較的平凡な絵心のある俺が金貸し達の顔を片っ端から書いて、ミファリナやネモノ、それが難しいのならば教会のシスターに確認を取ろうといったものだ。


 向こうから似顔絵をこちらに持ってこれたのだから、猫に頼めば向こうにも俺の書いた似顔絵を持っていってもらうことはできるだろう。


 しかし、面倒なことにそれでも問題がまたもや浮上したのだ。いざ、怪しい金貸しをスケッチして行こうと街に繰り出したところ、金貸しどもはどこも堂々と店を構えている訳では無かったのだ。


「みんな気をつけろよ?女性客も多いとの情報だが、治安や客層は良いとは言い切れない。まぁ、三人をどうこうできる奴がいるとも思えないが…」


 そして、目の前の建物こそが金貸しと接触するための目的地だ。金欠になる者が多く居るため、金貸し達が集まる店の一つ。カジノだ。


「でも、意外と綺麗なお店だね。もっとこう…、裏社会の…、傭兵みたいな人たちで溢れる店を想像してたよ」


「そもそもこの店は学院に通う貴族の子弟やお金に余裕のある一般客を相手にした店だそうですわ。ナナの言うような店でしたら、恐れて誰も入らないじゃないですか…」


 この店の存在を俺らに教えてくれたのはサフェーラ嬢だ。といっても彼女の行き着けの店という訳ではない。むしろその逆、彼女にとっては好きになれない店の一つだ。


 というのも、メルルの言うとおりこのカジノの客層の一つはオルドダナ学院に通う生徒達。ようするに娯楽に慣れていないおのぼりさん達を焚き付けてその毒牙にかける場所だ。毎年、のめり込むあまり学業を疎かにしたり、学費を摩ってしまい退学となる生徒が何人かは出てしまうそうだ。


 その被害者の中には貴族の子弟も存在するため、サフェーラ嬢の下にもこの店の情報が入ってきているのだ。もちろん、被害者と言っても違法ではないため、店が潰れることは無い。貴族達も賭け事で破滅したなど醜聞でしかないため事を荒げないのだ。


「サフェーラが言うには、客の中に金貸しが幾人も紛れているそうです。カジノ側と繋がっているかは不明ですが、金貸しの紹介をお願いすれば紹介してもらえるそうですわ」


 遠まわしな作戦だが、このカジノで金貸しの顔を覚え、状況が許すのであればスケッチも行う。そのため俺は金貸しの顔を覚えることに注力し、女性陣は金貸しの情報を探るつもりである。


「みなさん。あまり賭け事に熱くならないで下さいね。あくまでもお金を賭けるのは客として振舞うため。くれぐれもご注意下さいまし」


 メルルが俺らにそう言葉をかけるが、何よりも楽しげなのが彼女だ。服装もいつもより気合が入っている。待ち合わせの時に服を褒めたら一番喜んでいたから間違いないだろう。


「むしろ…私は賭け事はちょと…」


 真面目な気質のタルテは賭け事には苦手意識があるらしい。かく言う俺もトランプや麻雀などのゲームは好きだが、金を賭けるのは好きじゃない。賭けるのはプライドで十分だ。


「それじゃ、タルテは賭け事はしなくていいからメルルの監視を頼む」


「そうだね。私も気をつけるけど、メルルが暴走しそうになったら止めてもらえる?」


「え…?は、はい…!わかりました…!」


「ちょ、ちょっと…!?なんですの!?私が賭け事ごときに熱くなるとでも!?」


 この中で一番心配なのがメルルだろう。彼女は…普段はクールなのに、調子に乗るとポンコツ化する。高笑いしながら全額ベットする情景が容易に想像できてしまう。


 俺らは笑いながらカジノの入り口へと足を進める。すでにカジノの扉は開かれており、吸い込まれるように何人もの客がそこに消えていっている。その客も、メルルの言っていたとおり若い者も多い。おのぼりさんを毒牙にかけるとのことだが、それは学院の生徒とは限らないのだろう。


 ここは王都の歓楽街。地方からやってくる若者には事欠かないはずだ。俺らもそんな若者の中に紛れるようにしてカジノの入り口へと吸い込まれていった。


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