第204話 学院の裏の権力者

◇学院の裏の権力者◇


「…おいおい。どういう状況だよ…」


 ホフマンとの模擬戦を終えた後、俺はナナとメルル、タルテと合流するためにサロンへと足を運んだのだが、そこには思いも寄らぬ状況が広がっていた。


 ナナとメルル、タルテに加えること、サフェーラ嬢とイブキの姿。彼女達はまだいい。その五人の美少女に囲まれて小太りのおっさんが優雅に紅茶を嗜んでいるのだ。


 ナナ達が調査をしているはずのダイン教諭だ。…まさかキャバクラ方式で聞き出しているのだろうか…。確かに大抵の男性であれば口が軽くなって飛び立ってしまうような状況だ。


 彼女達のテーブルに近づくと、俺の風の感覚にイブキの展開していたであろう風壁の魔法が触れる。どうやら、内密な話をしているのは間違いないようだ。


「遅かったじゃない。何をしていたのよ」


 風壁の魔法をすり抜けたのを感知したのだろう。イブキが俺の方に顔を向けて声を掛ける。


「あら、ハルト様。お待ちしておりましたわ。今丁度、ダイン教諭から行方不明の二人についてお話を聞こうとしていたところなのです」


 俺はメルルに促がされるまま、開いた席に腰を下ろす。単に嫌われているからか、ハーレム状態を邪魔されたからかダイン教諭が気に食わないものを見るような目で俺を見詰めた。


「それで、どういう状況で…?行方不明者のことは教員の講義内容に含まれませんよね?」


 俺は嫌な顔をしているダイン教授に返すようにそう呟いた。これはナナやメルルに向けた言葉でもある。俺はダイン教諭がこの件にどのような形で関っているか把握していない。皆の雰囲気から判断するに悪い状況ではないのだろうが、つい勘ぐってしまう。


「えっとね。実を言うとダイン教諭の方から話を持って来てくれたの…」


 俺の疑問を察したのか、ナナが苦笑いを浮かべながら答えてくれる。…学院で調査していたことが、ばれたのだろうか?


「私はこの事件に生徒を巻き込むのは反対なのだがね…、猫がそうしろと言うのだ。致し方なかろう」


「…猫ちゃんですか…?」


「ああ、うん。…ハルトの予想が当たったみたいだね」


 ダイン教諭はいかにも不服という態度で口を開いた。猫大好きな人間のような台詞であったが、その目は真剣そのものでふざけているようには思えない。


「ダイン教諭。その猫と言うのは…」


「…サフェーラ嬢。古い教師達なら皆知っておるこの学院の秘密。この学院に住まう猫の王。初代学院長の使い魔であり、その遺志を継ぐ妖精猫アルヴィナことだ」


 ダイン教諭はその胡散臭い巻きひげを指先で摘みながらそう言った。ふと見れば、窓際にていつか見た黒猫がこちらを望むようにして寛いでいる。


「…妖精猫アルヴィナのしもべの一匹ですな。彼女はああやって学院の情報を集めているのです」


 俺らの視線がその黒猫に注がれていることに気が付いたのか、ダイン教諭はそう呟いた。…俺らが行方不明者を探していることは猫を通じてダイン教諭にばれたのだろうか…。となると、俺が猫を追い回したことが原因なのかもしれない。


「何と言うことでしょう…。つまり秘密の部屋の噂は本物であったということなのですね。ああ…、猫達との仲を深めれば招いてもらえるのでしょうか…」


 行方不明者の捜索というよりは、秘密の部屋の情報を求めていたサフェーラ嬢が祈るように両手を合わせ、感慨深そうにそう呟いた。


「そのしもべの猫達が私を含む幾人かの教師…、妖精猫アルヴィナの信用を得ている教師の下に手紙を運んできたのだ。その手紙にはミファリナ嬢とネモノ嬢を保護したことと、彼女達の身に降りかかった事件について綴られていた訳なのだが…」


 ダイン教諭が言うには、そうやって秘密の部屋の主である妖精猫アルヴィナが教師達に指示を出すことは良くあることらしい。そして教師達は基本的にはその指示には忠実に従う…というより、素直に従うような教師の下に手紙が届くそうだ。…言ってみればこの学院の裏の権力者なのだろう。実際に、学院長も猫の指示には素直に従うらしい。


 …俺にしてみれば、ダイン教諭が猫の信頼を得ているのが不思議に思える。彼は俺からしてみれば、理由も無く塩対応をしてくる不届きな教師だ。…ナナやメルルからの評価が高いように、猫からしてみても評価が高いのだろうか…。


 イブキも俺と同じ想いなのかダイン教諭の話を聞く素振りを見せず、手元に視線を落とし一人で紅茶を楽しんでいる。


「と言うことは、学院は独自に彼女達の捜索…いえ、既に無事を確認しているのですから…、その事件とやらを調べているのでしょうか?」


「まぁ、概ねその通りでしょう。…今回は学院外のことも大きく関係しているので、随分時間が掛かってしまっているが、それでも段々と解決に向けて進んでいたのだよ。ところが、そこでこんな手紙が届いたという訳だ」


 そう言ってダイン教諭は胸元から手紙を取り出し、質問をしたメルルの前に差し出した。小さな紙に綺麗な字で、俺らに協力を仰ぐように指示をする文章が簡潔に書かれていた。余分なものは右下に名前代わりに捺された肉球の印ぐらいだろう。


 何故俺らに強力を仰ぐのか、そこにどのような意味や理由があるのかは書かれていない。本当に俺らに状況を話すように指示する言葉だけが丁寧に綴られている。


 ダイン教諭が少々不貞腐れて投槍な態度を取っている理由もここにあるのだろう。彼からしてみれば、折角調査を進めていたのに、いきなり外部の協力者…それも下の立場である生徒に頼れと指示を出されたのだ。


「面倒なことに妖精猫アルヴィナの指示はみなこのような物なのだよ。…この手紙を不自然に思わぬものは礼法の授業を取りなさい。軍部の指令書のほうがまだ飾り気のある文章だ」


 そう言ってダイン教諭は平民組みである俺とタルテ、そしてイブキに視線を向ける。学士科でも礼法の授業は存在するが、三人とも取ってはいない。…ナナとメルルに恥を掻かせないように取ろうかとも思ったが、必要になる場合は彼女達が教えてくれるとのことなので、結局は取らなかったのだ。


「それで…、ミファリナさんとネモノさんが巻き込まれた事件というのは…どんなものなのでしょう…?」


 この中で誰よりも行方不明者の心配をしていたタルテがそう口を開いた。未だに気が乗らないのか、それとも礼法のことをスルーされたからか、ダイン教諭はため息と共にゆっくりと喋り始めた。


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