第203話 ミファリナの瞳に映るもの

◇ミファリナの瞳に映るもの◇


「…ミファリナ。どうやら貴方に着いてきて正解だったみたい…」


 何故か短くならない蝋燭の明かりの下で、盗んできた名簿を詳しく見ていたネモノちゃんが顔を上げて私に呟いた。


 やっぱりネモノちゃんは凄い。私は初めて入った秘密の部屋に興味津々で、視線と顔を動かすので忙しいのだが、ネモノちゃんは粛々と自分のするべきことを進めている。


 秘密の部屋は歪んだ形状の不思議な部屋だ。大きな窓があるものの、何故かその先は暗闇で何も映ってはいない。そして、部屋を構築する壁や家具たちは、まるで増築や改築を積み重ねたように規則性などなく無秩序に並んでいる。それでいて不思議と温かみのある空間だ。年季の入った木製の家具がそう感じさせるのかもしれない。


 まるで魔女の秘密の研究室。ここにいるだけで好奇心と安らぎが同時に私の心に押し寄せる。私はたまらなくなって、木の椅子にもたれ掛かると、大きく両手を上げて伸びをした。


 気の抜けた私の様子を見て、ネモノちゃんが呆れた視線で私を見詰める。私は背伸びをやめると苦笑いで彼女に応えた。


「黒猫を追いかけ始めたときは、どうなる事かと思ったけど…、なんだかんだで貴方は上手く行くのよね」


「ふふふ…。ネコちゃんを見たときに、こうビビッと来たんだよ」


 別に冗談などではない。私は昔から、なにか危険が迫っているときに勘が強く働くのだ。その勘はまるで何者かが直接私の心に囁きかけるかのように…、根拠も何もないのだが、そうするべきという事が理解できるのだ。


 小さな頃にお婆ちゃんにそのことを話すと、お婆ちゃんは妖精の知らせと言っていた。なんでも、妖精に好まれる子に現れる力だそうだ。大抵は心が大人になると無くなるらしいのだが、何故だか私には未だに妖精さんが知らせを届けてくれる。よく分からないがきっと善いことなのだろう。


 ネモノちゃんと特に仲良くなったのもこの感覚のお陰だ。妖精に好まれる子は魔法の適性があるといわれているから、教会の魔法使いさんのところに調べに言ったのだけれでも、そのときに近所に住んでいた友達のネモノちゃんもついでだからとご一緒したのだ。


 そして二人とも魔法の適性があったため、私達は二人で行動することが多くなり、いつしか友達は親友になっていたのだ。…お母さんはネモノちゃんに世話を焼かせるなとお小言をよく言うが、これが私達の関係だ。ネモノちゃんが頼もしいから私はつい頼ってしまうのだ。うん。これは仕方が無い。


 妖精の知らせは口止めされていることもあるし、口で説明をするには難しい感覚であるため、ネモノちゃんにも言ってはいない。だけど、普段から一緒に過ごしているため、ネモノちゃんはそういうものだと納得してくている。普段は私を引っ張ってくれているネモノちゃんだが、私が何かを感じたときはなんだかんだ言って着いて来てくれるのだ。


 …お母さんは、ネモノちゃんの面倒見がいいから、暴走する私を放っておけないだけって言うけど、たぶんそんなことは無いはずだ。


「…何一人で納得したように頷いているのよ…。ほら、この名簿を見てみなさい」


 そう言ってネモノちゃんは名簿を私の前に突き出してくる。…あまり細々とした文章を読むのは苦手なのだが、ネモノちゃんが監視している手前、サボる訳にはいかない。私はネモノちゃんの突き出した名簿を頑張って読み始めた。


「…うん。名前が…いっぱいあるね。たぶんこれは名簿だよ」


「…だからそう言っているじゃない。読んで気が付かない?こっちの名簿は治療院に在籍している人の名簿なのだけれど…、そっちの名簿の名前の人は治療院に在籍してないわよ?」


 そう言えば知らない人たちばかりだ。うん。流石の私でも治療院で働く人達の名前は知っている。たぶんこの名簿はそういう名簿ではないのだろう。うん。


「つまり…、この名簿は別の名簿?うーん。教会の名簿とか?」


「そうだったらまだマシだったのだけど…、残念ながら違うみたい。いくつか学院の生徒で知っている名前があるわ。…ほら、この人なんか魔法訓練でよく一緒になっている人なのだけれど、覚えてない?」


 うん。流石の私でも授業で一緒になるだけの人達の名前は覚えていない。その辺の難しいことはネモノちゃんにお願いしているのだ。


「ミファリナ。…この名簿は恐らく、治療院に在籍していない光魔法使いや闇魔法使いの名簿よ。それも、学院の生徒を中心とした…」


 分かる?と言いたげな表情でネモノちゃんが私を覗き込む。私はむっとした顔でネモノちゃんを見返す。ネモノちゃんは時折私のことを子ども扱いするが、そこまで私も馬鹿じゃない。そもそも学院のテストの成績は私の方が良いのだ。


「それはもちろん。学院の治療師の名簿もお金貸しの人に渡そうとしてしてたって事じゃない?」


「…ええ。そうね。それはもちろん。…私が言いたいのは学院の生徒の情報を、なんで教会が持っていたかってことよ」


 ネモノちゃんの言葉を聞いて私の頭に電流が走った。つまり、教会がお金貸しに名簿を売ろうとしたように、学院にも学生の情報を教会に売った人がいるということだ。


「ネモノちゃん…!閃いたよ!きっと学院にも悪い人がいるんだよ…!」


「…ええ、そうね。だから秘密の部屋に逃げ込んだのが正解だと言ったのよ。先生たちに相談しようと言っていたけれど…、人を選ばなければ不味いことになるわ」


 そう言ってネモノちゃんは深く考え込むように顎に手を当てた。…どうやら学院に悪い人がいるという私の推理は当たっていたようだ。悪い人は生徒か…それとも先生だろうか。今の私にできることは解決策を考えているネモノちゃんを邪魔しないことだ。


 ぼうっと考えるネモノちゃんを見詰めていると、ふと足元に何かが触れた。ここに私達を案内してくれたネコちゃんだ。この狭い部屋の何処に隠れていたのだろうか。気になって辺りを見渡してみれば、部屋の一角に半開きの扉が見えた。


 私達が入ってきた扉ではない。先ほど部屋を見渡したときにはあんな扉は無かったはずだ。よくよくみれば、部屋の形も置いてある物も、先ほどから少し変わっている様に見える。よく分からないが、この部屋はそういうものなのだろう。こういうのは深く考えちゃいけないのだ。


「ねぇ、ネコちゃん。私達、どうすればいいのかなぁ…」


 私は気ままなネコちゃんにそう声を掛けた。ネコちゃんは私達を慰めるように、短くニャァンと鳴いた。


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