第201話 ホフマンの瞳に映るもの

◇ホフマンの瞳に映るもの◇


「ほんと、騎士の剣術は隙が少なくてやりづらい。練度が高いと特に、な…」


 口ではそう言ってはいるが、目の前の剣士は流れるような動作で僕の首筋に木剣を添わせて見せた。彼が強者であることを承知で模擬戦を挑んだのだが、学士科の生徒である彼にこうも容易く負けてしまうと、兵士科に入ってからの地獄のような訓練が無意味なものなのかと感じてしまう。


 模擬戦を重ねてからだいぶ負けを重ねてしまった。しかも、有効打はどれも内股や脇、首筋などを狙ってきている。…どこも太い血管が通っており、それでいて全身甲冑でも守りきれない急所だ。つまり、彼には全身甲冑を着て挑んでも負けてしまうということだ。


「…言っておくけど、俺は魔法を使っているぞ?止めようとしても止められるもんじゃないんだ」


 悔しがる僕を見てハルト君はそう声を掛けた。模擬戦であるが故に魔法の使用はタブーなのだが、彼の言う魔法とはそれに当てはまるものではない。


「魔法っていっても、種族特性って言われるものだよね?ケチを付けたいところだけど、負け惜しみにしかならないよ」


 僕は荒い息を整えながら彼に答える。彼は一見して平地人の見た目をしているが、その実は巨人族とハーフリングのハーフと聞いている。彼の言う魔法とは、その二つの種族の種族特性のことだろう。


 ハーフリングの種族特性は僕でも知っている。平地人には理解できないほどの風への親和性。彼らはそれこそ第六の感覚として周囲の風を感じているといわれている。


 強力な魔法を放つことしか考えていない魔法兵の者には軽く見られる特性だが、剣士にとっては垂涎の能力だ。なんと言っても、彼らには死角というものが存在しない。背後から迫る凶刃はもちろん、木々に隠れた弓使いも、闇夜に紛れた凶手さえも彼らは見通すのだ。


「いや、いい経験になったよ。手玉に取られるというか…ことごとく剣筋を見切られるというのは初めてだよ」


「まぁ、それがハーフリングの剣術だしな。父さんはもっと上手く間合いを読むよ」


 彼は何とも無いように語るが、それは剣士が生涯を通して極めていくものだ。


 世には様々な流派の剣術が存在するが、その中でも音に聞く指折りの流派と言うものは存在する。例えば両手剣を主軸に置いた至天流や円盾と片手剣を用いる極星流。どちらも平地人が極めたとされている流派だ。


 平地人は多種族に肉体能力で劣ることが多い。そのため、剣術と言う形で合理を積み重ね、より効果的な殺しの作法を作り出してきたのだ。弱いからこそ、その牙はより研ぎ澄まされ鋭利なものとなる。


 他にも四腕族の剣の強さは広く知れ渡っている。四本の腕から繰り出される剣術は緻密にして苛烈。まさしく剣士として生れ落ちた種族かと思えるほど四腕族は剣士に向いた体格をしている。


 そして、口にするものは少ないが、名だたる剣士ですら恐れるのがハーフリングの剣の一族だ。恐らく…ハルト君はその一族の支流か、…あるいは本流の者であろう。


 平地人が脆弱であるが故にその剣術が研ぎ澄まされるのであるならば、体格も筋力も平地人を下回るハーフリングの牙は、どれほど研ぎ澄まされるのだろうか。


「ハーフリングの剣士を相手にするなら、苛烈に攻めて体力勝負に持ち込む事が定石と聞いたのだけれど…、残念ながら君相手ではそれは通用しないみたいだね」


「こう見えて母さんは巨人族だからな。苛烈に攻めるのもいいが、ホフマンは守りの剣術が主体だろ?無理して攻め方を変えるぐらいなら、普段どおりの剣筋で戦ったほうがいいんじゃないか?」


 …なんと恵まれた産まれであろうか。それでいて、彼はそのギフトを腐らせる事無く確りと鍛え上げていることが、剣を交えた今ならば嫌になるほど分かってしまう。


「…確かに僕は守りの剣が主体だけど…ハーフリングの剣士には時間を掛けるなって習ったんだ。君らは時間を掛けると大変な目に合うのだろう?」


「…それ、何処まで聞いてる?」


 僕の台詞を聞いたハルト君の目が刺すように険しくなる。ハルト君は童顔で、どちらかといえば気だるげな印象をしているため、その落差に少し戸惑ってしまう。それこそ、模擬戦が終わったというのに反射的に剣に手が伸びそうになった。


「詳しいことは何も聞いてないよ。ただ、そうするようにって習っただけ」


 僕は取り繕うように返事をした。…残念ながらこれは嘘である。師匠にはもう少し詳しく話を聞いている。


 ハーフリングの剣は、体力の少なさを補うために急所狙いの短期決戦を目的としている。そのため、苛烈に攻めて隙を晒してしまうよりは、守りに徹し時間で体力を削るほうが有用に思えるが、師匠曰くそれは悪手だ。


 …ハーフリングの剣の一族は、剣劇の最中に大規模な魔法を構築することができるらしい。剣も魔法も使える僕だからこそ、それが如何に異常かが理解できる。剣を交える最中は刹那の時間の遣り取りだ。慣れた中規模、あるいは小規模な魔法ならまだしも、大規模な魔法の構築などはほぼ不可能だ。


 大規模な魔法とは、発動を許せば雌雄が決してしまうような魔法だ。師匠はそれを制限時間と言っていた。ハーフリングの剣士を相手にした場合、その剣劇には制限時間があると。それを越えたら大規模な魔法が発動し、どうやっても負けが確定してしまう。


 …そう言えば、そのことは不用意に口にするなとも言われていた。模擬戦で負けが込んだため、つい行き場を失った気持ちが、つい口を軽くしてしまったのだろう。


「…俺はそこまで気にはしていないが、あまり言って回らないでくれよ…」


「…ああ、すまない。少々、迂闊だったね。気をつけるよ」


 他人の流派の秘密を喋るとなると、それこそ斬られても文句は言えない。僕は自分の失言を素直に詫びた。ハルト君は気にしないと言ってくれたが、逆を言えば彼意外の者には気にするものも存在するということだろう。


「それじゃ、俺はもう行くよ。さっきの件を仲間に報告しなきゃいけないんでね」


 そう言ってハルト君は訓練場を後にする。僕は去っていく彼を見えなくなるまで見詰めていた。


 ネイヴィルスが彼に執着していたのも判る気がする。学士で有りながら兵士科の者を圧倒する武力。彼は僕を見下しすらしていなかった。…そもそも眼中に入っていないのだ。


 僕は再び訓練用の模擬剣を手に取る。今日はもう自主練習を終わりにするつもりだったのだが、模擬戦で再び火が着いてしまった。きっと風が吹き込んできたせいであろう。


 次はせめてその制限時間とやらが来るまでは戦えるように…。


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