第200話 兵士科での噂
◇兵士科での噂◇
「ああ、ファダモンさんのことだろう?僕らにも同じことを聞きに来てたよ」
タルテに接触してきた青年のことは思いのほか早く分かった。タルテの人気が高い兵士科の生徒に話を聞こうとしたところ、都合よくホフマンが訓練場で自主練習をしていたので聞いてみたところ、ホフマンがその件について知っていたのだ。
「ほら、野営演習でもタルテさんが生徒の治療をしてくれていたけど、本来なら治療院から治療師が出向してくれるはずだったらしいんだよ」
ホフマンが汗を拭いながら俺にそう言葉をかける。
「それは、タルテも言っていたな。人手が足りなくて学士科の生徒であるタルテにも治療師として参加するように話が回ってきたと聞いたが…」
学士科の生徒はフィールドワークのために野営演習に参加していたため、本来は治療作業に従事することはない。しかし、治療師の不足はいかんせん無視できない事柄であったため、タルテは怪我人が複数でた際には治療作業に従事することになっていたのだ。
そのため、土蟲に襲われたときにタルテは兵士科の生徒の治療に回っていたのだ。…タルテ以外の光魔法使いも演習に参加していたのだが、タルテの治療の腕前は他の者よりも高かったため、タルテは大量の兵士科の生徒を治療してみせた。そのこともあって、今現在兵士科の生徒のタルテ人気が向上しているのだ。
「それで、そのことがファダモンと何の関係があるんだ?単なるタルテのファンって感じには見えなかったが」
「僕が聞いたところだと、治療委員会ってのを立ち上げるつもりらしいよ。なんでも治療師の不足を学生たちで補う目的らしいね」
ホフマンの言葉を聞いて思わず彼を見返してしまう。
「もちろん、外から患者を取ろうって訳じゃないよ。あくまで学生の治療をオルドダナ学院の中で行うためのものって聞いている」
俺の顔を見て何が言いたいかを理解したのだろう。ホフマンは訂正するようにそう言った。医療は薬師と治療師の領分だ。治療委員会などを立ち上げて客を取ろうものなら利権争いが発生することとなるだろう。
「…まぁ、学生が学生を治療する程度なら問題はないか。それでもいい顔はしないだろうけど」
そもそもが治療院が人員の派遣を渋ったという事実がある。そのことを理由に治療院の発足を推し進めるつもりなのだろうか。
「それを主導しているのがファダモンなのか?学院ではなく、学生による自治組織ってことなのか?」
「そこまでは残念ながら僕も把握してない。僕が知っているのはファダモンさんが魔法兵士科や兵士科に在籍する光魔法と闇魔法に適性のある生徒に声をかけてたってことぐらいさ。…もしかしたら委員会を作ってから学院側に公式な組織として扱うよう奏上するつもりかも知れないね」
俺はホフマンの話を聞いて改めて考える。ファダモンが俺らに話しかけてきた時点で少し考えていたが、タルテに声を掛けたのも行方不明の二人も治療院がらみの話だ。今のところ関係のない別々の事象ではあるが、もしかしたらどこかで話が繋がってくるかもしれない。
メルルが調べた話に寄れば、治療院が忙しいのは主力陣であったミファリナとネモノが行方不明になったことが原因の一つだ。しかし、そもそもの話では治療院には人手不足の傾向があったのも確かだ。
王都の治療院は複数存在し、在籍している人数もその分多い。高々二人が居なくなった程度で人手不足に悩まされる規模の組織ではないのだ。
「ちなみに…、別件なのだがホフマンは行方不明になっているミファリナとネモノっていう生徒のことは知っているか?その二人も治療師なんだが…」
「え?ああ、それはもちろん。行方不明当初は兵士科の生徒達が学院内の捜索を手伝わされたからね」
きょとんとした顔でホフマンは答える。…思いもしない情報がホフマンから齎された。兵士科はカリキュラムが大きく異なるため他の学科とは寮が別だ。そのため、行方不明にかんする情報が他の科と異なっているのだろう。
「学院が生徒を動員して探させたんだよな?教師陣は何か言っていなかったのか?」
「いや、僕もそこまで知っているわけじゃないけど、直ぐに問題は無いってことで捜索は打ち切られたよ?先輩方は秘密の部屋って所に匿われたからって言っていたけど…」
…ホフマンが言っていることが確かならば、学院側は秘密の部屋について確実に把握している。だが、だからと言って行方不明事件を放置しているのは不自然だ。…もしかしたら、俺らが把握していないだけで、学院側も秘密裏に動いている可能性もある。
「もしかして、行方不明についても調べているのかい?」
「ああ、流石に一ヶ月も行方不明となっちゃな。心配する生徒から頼まれたんだ」
「なるほどね。確かにそれは最もだ。…実はネイヴィルスが心配するだけ無駄と言っていてね。彼も秘密の部屋について知っているわけじゃないみたいだが、そういうものは気にかけたところでしょうがないと…」
そういうものとは魔法的な、あるいは妖精や精霊が関る超常の事象のことを指しているのだろう。土蟲の大群にも冷静に対処していたし、意外にもネイヴィルスは経験が豊富なのかもしれない。
「…さて、知っていることは話したけど少しは役に立ったかな?…少しは足しになったのなら、僕の方にもご協力をお願いしたいのだけれど?」
そう言ってホフマンは訓練場に備え付けられていた木剣を手に取る。
「協力って模擬戦か?…まぁ、軽く手合わせするぐらいなら構わないが…」
「ハルト君とは前々から剣を交えてみたいと思っていたんだ。なんたって名高いハーフリングの剣士だからね」
俺は木製の短剣を両手に握ると軽く振ってみる。少々重みが足りないが、こればかりは仕方が無いだろう。右手に握った短剣をホフマンに向けると、ホフマンも合わせるように木剣を構えた。
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