第199話 学院の幼きマドンナ
◇学院の幼きマドンナ◇
「それで、次はどうしようか。教会に張り込む?それとも一回学院に戻る?」
商業区画の食堂でナナがサラダをつつきながらそう言った。時刻はちょうどお昼時で、食堂の中には俺ら以外の人間も溢れている。
ネモノの母親の次にミファリナの両親と接触を試みたが、結局ミファリナの両親もネモノの母親と同じで、手掛かりになる情報を持ってはいなかった。むしろ、ミファリナの両親は妙にのんびりとした様子で、娘が行方不明になったのではなく、単に秘密の部屋と言う所に泊り込んでいるだけと認識していた。
二人の両親には交友関係なども尋ねたが、ミファリナとネモノはそれぞれが最も親しい友人であり、唯一の存在であったそうだ。顔見知り程度であれば周囲の家々の人達も当てはまるが、有益な情報を持っているとは思えない。
「学院かなぁ…。教会に怪しい者達が出入りしていたのは一ヶ月前のことなんだろ?」
俺は肉団子のスープを食べながらタルテにそう尋ねる。タルテは塊肉のステーキを食べる手を止めて、胸元から手帳を取り出した。
「えっと…。そうですね…。話を聞いたシスターの方が言うには、最近は余り見かけなくなったそうです…!」
「それでしたら、確かに学院を先に探ってみましょうか。幸い、ダインという教諭は私たちと面識がありますわ」
メルルの言葉を聞いて、タルテが俺を気にするように見詰める。ダイン教諭は風魔法使いを見下していて、平地人以外、特に魔法種族を嫌っている。つまりは特に俺のことを嫌っている教諭であるため、タルテはそのことを気にしているのだろう。
「二人もダイン教諭と会った事があるのか。…メルルは嫌われていないのか?」
メルルも吸血鬼という特殊な種族だ。平地人から分化した種族ではあるが、一応は魔法種族として扱われている。
「え?ああ…そういえばダイン教諭は、魔法種族がお嫌いという話がありましたね。私は普通の扱いですね。ナナに至っては、彼自身が火魔法使いなので、熱心に指導されいます」
「おお…。メルルさんもナナさんも…魔法訓練はダイン先生なのですね…!」
聞けば政務科に在籍する魔法使いの生徒も、ダイン教諭が魔法訓練の監督をしているらしい。この国は比較的平地人以外の人種も多いが、貴族の大半は平地人であり、王府の文官を目指す者達も平地人が多い。そのため、政務科の生徒は平地人ばかりであり、ナナとメルルはダイン教諭が魔法種族を差別している所を見たことが無かったのだろう。
「んじゃ、ダイン教諭を探るのはナナにお願いしようか。…俺は他の教師を探ってみようかな」
「了解。なにか聞き出せたら直ぐに伝えるよ」
「ナナ。念のため、生徒の立場をとりながら探りましょう。もしかしたら、ダイン教諭が学院側ではなく、教会についている可能性もありますわ」
メルルがキッシュを切りながらナナに提案をするように注意を促がす。メルルの言うとおり、ダイン教諭が学院側で無かった場合、狩人として行方不明事件を調べてるといえば、余計な警戒をされてしまうだろう。
懸念事項としては、学院が生徒側になるべく事情を伏せている場合だが…、そこは上手く誘導するようにして聞き出すしか無いだろう。
「それじゃ、食べ終わったら学院に戻ろうか」
俺はそう言って肉団子を口に含んだ。
◇
「ごめんなさい。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?…少しお尋ねしたいことがあるのですが…」
何かしらを調べるための言葉。調査を依頼されている俺らの言葉に聞こえるが、俺らの台詞ではない。俺らがオルドダナ学院に戻ると、直ぐに他の生徒に声を掛けられたのだ。
声を掛けて来たのは線の細い青年だ。胸に付けられた徽章は、ナナやメルルと同じ貴族家の子息が多数在籍する政務科を示すものではあるが、服装からして貴族の子弟ではないようだ。恐らくは役人を目指す平民であろう。
「自分は、ファダモンと申します。…先日、初年度の生徒が行った野営演習で、非常に優秀な羊人族の治療師の話を聞いたのですが…、それはそちらのお嬢さんのことでしょうか?」
「ふぇ…?」
先頭に居た男が名前を名乗りながら一歩前に出て、俺ら全員に声を掛けるように尋ねる。
「あら…、そうだとしたら何だと言うのでしょう?」
メルルが眉を顰めながら、男の前に出る。俺は念のため、タルテを庇うように半歩ほど体を移動させた。
強気な返答をしたメルルを見て、ファダモンと名乗った男は少々顔を青くする。ナナもメルルも狩人の格好をしているが、貴族に連なるものだと気が付いたのだろう。貴族の子女が多く通う政務科の人間としては少々うかつな振る舞いだ。
「これは失礼いたしました。優秀な光魔法使いの知己を得ようと、焦心に駆られてしまいました。」
ファダモンはすぐさま頭を下げ非礼を詫びる。ここが学院であるため、さほど問題になることはないが、貴族家の子女相手に一方的に要件を、しかも本人を差し置いて配下の者に言いつけるのは咎められるような行いだ。
「残念ながら、この子は我が家の庇護下に有りますの。知己を得たところでその恩恵にはあずかれませんわよ?」
釘を刺すかのようにメルルがそう言い放つ。書類上では、タルテはゼネルカーナ家の推薦状により入学している。普段は対等な仲間として過ごしているが、事実上ゼネルカーナ家の庇護下にあるといって間違いないだろう。
「いえいえ。信じていただけるかは分かりませんが、個人的な利益のためではございません。…ですが、貴族のお方の時間を頂くわけにもいきませんので、ここは出直してきます」
そう言ってファダモンは一礼をすると、踵を返して俺らの前から姿を消した。メルルが前に出て来てばつが悪くなったのであろうが、その足取りは焦っているわけではなく、余裕を持った振る舞いだ。
「彼の言っていたことは…額面通りに受け取って問題ないのかな?」
ナナがファダモンの消えたほうを眺めながらそう呟いた。
「…タルテは結構評判がいい。アイツ以外にも擦り寄ってくる輩は既に出て来てる」
なにせ学力はトップクラスで、彼も言っていた通り治療師としても活躍している。特に野営演習の後から兵士科の生徒の間では、タルテのことは聖女とまでは言わないが、アイドル扱いするような動きもあるのだ。
「ついでに少し探ってみるよ。悪いがタルテはナナとメルルと一緒にダイン教諭の聞き取りに行っててくれ」
俺はそう言って、三人とは別れ調査の網をタルテの周囲にまで広げた。
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