第198話 彼女のお家にお邪魔する
◇彼女のお家にお邪魔する◇
「ごめんなさい…。結局、教会から何かが盗まれたのかは分かりませんでした…」
ミファリナとネモノの実家に向かう途中、タルテに教会のことについて聞いたのだが、どうやら手に入れられた情報は教会を訪れていた不審者の話程度で、他に大きな収穫は無かったらしい。タルテが気を落とすように呟いた盗まれた物とは、生徒の間で広まっているミファリナとネモノが教会から何かを盗み出したという噂のことだろう。
「タルテ。何かが盗まれたこと自体ははっきりとしているのかしら?」
「い、いえ…!そもそも、盗まれたって話自体がありませんでした…!」
「ということは、彼女達が教会から何かを盗んだって言うのは単なる噂か…、あるいは教会が隠しているってことかな」
教会の者が二人の行方を探る際に同時に尋ねていたことが、彼女達から何か受け取っていないかということだ。それが彼女達が窃盗を働いたという噂が流れた要因であり、その質問が実際に有ったことをナナとメルルが聞きだしている。
「あ…!でも、二人を探している教会の人は聞いてきました…!事務方の助祭の方だそうです…!ただ…助祭はお手伝いをする人のことなので…もしかしたら、その人に探すことをお願いしている人がいるかもです…」
教会の役職には詳しくないのだが、タルテの口ぶりからするに、単なる下っ端の可能性があるということだろう。…流石に直接助祭に探りは入れてないようだが、タルテ曰く、そのことをタルテに語ったシスターからはその助祭は嫌われているらしく、嬉々として話してくれたらしい。
「…一旦、教会を探るのはここまでだな。これ以上は探っていることが向こうに知られる可能性が高い」
既に察知されている可能性もあるが、ここまでであれば単に行方不明の学友を探しているだけと思われるはずだ。…わざと事を荒立てて、彼女達が行方不明になった原因を呼び寄せるのも手だが、全体像が見えていない状態で危険を冒す必要は無い。
俺は念のため風で周囲を探りながら目的地へと向けて王都の町を進んでいった。
◇
「ここがミファリナとネモノの実家がある辺りか…」
王都の中でも古びた家々が残る雑多な区画。道も複雑に入り組んでおり、貧民外ではないものの、そこはかとなく混沌としたイメージを受ける。人通りも多く、住人で賑わっていることに加え、工房街か近いせいか、様々な音が飛び交っている。
行方不明の二人の実家は、事前の情報どおり直ぐ近くに隣接している。俺らは多少の緊張を孕みながら、まずはネモノの家へと足を進める。彼女の実家は小さな商店を営んでいるようで、店の中には生活雑貨に類するものが並べられている。
「あら、いらっしゃい。見ない顔ね?どこの子かな?」
店の中に入ると、線の細いご夫人が俺らを迎え入れる。彼女の言葉から判断するに、やはりこの店は地元密着の店なのだろう。よそ者である俺らの姿を見て、不思議そうに見詰めている。
彼女がネモノの母親であるはずなのだが、多少の陰りは見えるものの、娘が行方不明になっているにしては活力が見て取れる。俺らは店の奥へと足を進める。
「営業中にすいません。…俺たちはオルドダナ学院の生徒です。ネモノさんのことについて聞きたいのですが…」
狩人と名乗っても良かったが、先に同じ学院の生徒と名乗ったほうが警戒されることはないだろう。騙すようで少々心苦しいが、不用意に心配させる必要も無いだろう。
「…!?あなた達、ネモノの友達?ネモノとミファリナちゃんは見つかったの…!?」
「いえ、私達は、…ネモノさんの知り合いから彼女達を探すように頼まれたのです。一応、狩人としても活動してますので」
ナナがそう答えると、ネモノの母親は気を落とすようにしながら一歩後ろに引き下がり、忙しなく目線を動かしながら俺らを観察するように眺めている。
「それで…、ここにはネモノさんのことについて聞きたくて来たのですが…、何か知っていることを教えていただけませんか?」
俺は慎重に言葉を選びながらそう尋ねた。行方不明になってから一ヶ月という期間は、心を落ち着かせる時間にもなるが、同時に不安を募らせる時間でもある。
「知っていることってどういうこと?行方不明になったのは事故みたいなものじゃないの…!?学院の先生にはそう説明されたのだけど…!?」
ネモノさんの返答に俺らは顔を見合わせる。なるべく当たり障りの無い尋ね方をしたつもりなのだが、質問をすること事態が彼女の不安を煽ることになってしまったようだ。
彼女の混乱を解すように、学院の正規の調査ではなく、あくまで生徒間の有志による調査だということを説明する。そして、それと同時に彼女から知っていることをゆっくりと聞き出す。
…俺らの認識では、学院内で行方不明になったのはあくまで噂でしかなく、今回の件は学院側の手を離れ、衛兵の主導となっていると考えていたのだが、どうやらそこに思い違いがあったようだ。
聞けば、ネモノさんとミファリナさんの両親の元に説明に訪れた学院の教師は、二人が秘密の部屋に招かれたこと、いずれ確実に無事に帰ってくると説明したそうだ。
「あの…、その説明に来たという教師は、どのような方なのでしょうか?」
「小太りの男の先生よ。確か…名前はダインと名乗っていたかしら…」
ナナが訪ねてきた教師について尋ねれば、知っている教師の名前が返ってきた。
…生徒の両親を落ち着かせるため、あるいは学院の責任逃れのために秘密の部屋の話をするとは考えずらい。…サテラ教諭が秘密の部屋について触れたことも踏まえれば、もしかしたら学院側は秘密の部屋のことを確りと認識しているのかもしれない。
「あの…、ネモノは無事なのよね…?学院では今どうなっているの…?」
「俺らが調べた限りでは、過去にも似たようなことがあり、無事に帰還しています。…ただ、秘密の部屋に招かれるのは何かしらの要因があるらしくて…、それを明らかにするためにお邪魔させていただいたのですが…」
縋るようにして尋ねるネモノの母親に俺はそう答えた。俺らの持っている情報の範囲では確実に無事とは言い切れないのだが、ここで適当な返事ができるほど俺の心臓は強くない。
できれば、行方不明になった原因をはっきりさせたかったのだが、ネモノの母親にとってはネモノが行方不明になったこと事態が寝耳に水だったらしい。むしろ行方不明になる心当たりが無かったことが、募る不安を多少は紛らわせていたのだろう。
「あの…!二人は私達が諦めず探します…!だから…待っていてください…!」
タルテがネモノの母親に近づくと、その手を包み込むように握り叫ぶようにそう言い切った。突然の決意表明にネモノの母親は驚いた顔をしたものの、小さな声でお願いしますと呟きながら、微かな笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます