第196話 ネコを恐れ敬え
◇ネコを恐れ敬え◇
「何冊あるんだよ…。無いよりはマシだが…億劫だな…」
夕暮れが近くなり、周囲の色にオレンジが混じり始めた図書室にて、俺の独り言が静かに漏れる。図書室には俺一人だけであり、ナナやメルル、タルテの姿は無い。ナナは女子寮にいるほかの女子生徒への聞き込み。メルルは治療院、タルテは教会への調査に赴いている。
女子寮は言わずもがな、闇魔法使いでも光魔法使いでもない俺は、治療院や教会の部外者であるため、こうして図書室にて秘密の部屋の資料を探しに来たのだ。
なぜ学院の噂話が図書室にとも思ったが、図書室には過去の学生の寄稿本も数多く保管されているのだ。その中には噂話を纏めたようなものも存在する。特に秘密の部屋関連は生徒の興味を引く内容なのか、有りがたいことに専門で纏めた資料もある。
「なるほど、風紀委員の記録にも出典があるのか…」
噂話の纏められた寄稿本の引用を辿っていけば、風紀委員の事案集などの書類にも秘密の部屋の事が書かれており、調べてみれば、そこには最後にミファリナとネモノを目撃した少女が語ったような内容が記載されている。
貴族の子弟が強引に平民の女子に迫り、女子生徒は秘密の部屋に逃げ込んだ。その後、女子生徒が行方不明に陥ったことで事件が発覚する運びになったそうだ。幾ら貴族の子弟で有っても無法が許される訳ではない。ましてやここは王のお膝元で、王府の学院の生徒だ。
貴族の子弟は他にも似たような所業が明るみとなり、結局は学院を退学する運びとなった。すると秘密の部屋に逃げ込んでいた女子生徒は何事も無く帰ってきた。秘密の部屋に逃げ込んでいた期間は一ヵ月半。その長期間に渡って女子生徒は秘密の部屋に匿われていたのだ。
「単なる噂と言い切るには…余りに目撃情報が多いな…」
俺は流し読みするように複数の資料に目を通していく。生徒の書いた書籍であるため、乱雑な筆跡も多く読み解くのに苦労するが、そこは信憑性には関係ない。当時の生徒も、今の俺のようにその謎を解明しようとしたのだろう。
思い返せば、入学当初にサテラ教諭が注意事項として秘密の部屋のことを語っていた。そのときは単なる冗談と思い聞き流していたが、わざわざ教師が注意事項として秘密の部屋のことを語るのもおかしな話だ。
そんなことを考えながら、椅子の背もたれに体を預けるように反ってみれば、窓の外を一匹の猫が歩いているのが目に入る。どこぞの魔女が使い魔にしていそうな黒猫だ。その金色の瞳が窓越しに俺の方を見詰めている。
「…猫ね。確かにその記述もやたら多いな」
俺は秘密の部屋に入るための扉のスケッチを広げる。何処にでもありそうな扉でありながら、飾り窓に描かれた猫の意匠により、個性的な雰囲気を纏っている。この猫の意匠が猫の扉といわれる所以だ。
大きな扉であったとか、古臭い扉であっただとか、扉の形状については複数の情報があるが、猫意外が描かれていたという情報は見られない。それでころか、扉まで猫に案内されただとか、猫の鳴き声が扉の向こうから聞こえたなどという、猫に関する情報がやたら多い。
俺は席を立つと、書架の方へと足を勧める。秘密の部屋の情報があった寄稿本の書架ではなく、俺が普段から利用する魔物について纏められた書籍が置かれている書架だ。その内の一冊を手に取り俺は席へと戻る。
秘密の部屋に対する過去の生徒達の考察は大きく分けて二つ存在する。一つは、この学院の創設者、あるいはそれに類する者が学院に施した魔法という説。もう一つは、この学院に住み着く妖精の仕業という説だ。
家に住み着く…、厳密に言えば、人が過ごす家という環境が産む妖精として有名なのが
俺は書架から取ってきた書籍を開く。この書籍は様々な妖精のことが記載されている妖精図鑑のようなものだ。俺が開いたページに描かれているのは
そして最も多いのが使い魔の猫が変化するといったものだ。そして、使い魔から変化した
「秘密の部屋の話は…基本的に生徒にとって良い方向に働いているよな…」
強引に扉を開けようとして酷い目にあった生徒の話もあるが、中に入った生徒には大なり小なり良いことが起こっている。
「学院の創始者の使い魔…その使い魔の猫が、意志をついで生徒達を導いている…とか、ありえるか?」
いわば、二つ有る秘密の部屋の考察を合わせた物だ。創設者、あるいはそれに類する者が学院に施した魔法を管理するのが、使い魔であった
子を育て上げる
俺は思い至った仮説の一つを、念のため手帳に書き記した。仮説に仮説を重ねたような不確かな推測であるが、これが事実なら交信術を試すことができる。
交信術は妖精を呼び寄せ対話するための儀式だ。儀式には妖精の種類に応じた素材が必要となるのだが、
もし、
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