第195話 彼女達の消失点

◇彼女達の消失点◇


「ええ、あの日のことは良く覚えています…!あれは秘密の部屋に間違いありませんよ…!」


 俺らにそう語るのは、例の二人組…ミファリナとネモノを最後に目撃した一人である少女だ。調査を頼まれた俺らは、第一発見者である彼女をサフェーラ嬢に紹介され、まずはそのときの状況を詳しく聞くために女子寮までやってきたのだ。


 急な呼び出しにも関らず、彼女は熱心に当時のことを語ってくれる。その話しぶりから井戸端会議に精を出す噂好きのご夫人を連想してしまい、俺は苦笑いを浮かべてしまう。


「私が彼女達を見たのは…、ほらあそこ!あの三階の窓からこの入り口を見詰めていたのよ!ネモノさんがミファリナさんの手を引きながら駆け込んできたんです…!」


 彼女は女子寮の中庭の一角から女子寮の上層階を指差す。俺は女子寮と言うこともあり、居心地の悪い思いもしながらも、指の差された方向を覗き込む。


「確かに…、あの位置からならこの辺りはよく見渡すことができそうですわね」


 女子寮の中庭は、四方を建物に囲まれた空間だ。唯一、今俺らが立っている側だけが空中廊下となっており、一階部分を通って中庭の中に入ることができる。まさしく、袋小路と言っても良い構造だ。


「死角も無いといっていいね。女子寮だからその辺は特に気を使っているみたい」


 ナナが中庭の様子をそう評した。オルドダナ学院は庭園が各所に存在するが、貴族の子女が在籍するためか、周囲から死角となる植え込みなどは殆ど存在しない。目の前の中庭も、生垣は腰下ほどの高さしかなく、身をかがめても周囲からは隠れることはできないだろう。


「そう…!そうなのよ!特に上から眺めたら見えないのはちょうど真下だけでしょ?二人はちょうどそこに走って来て一瞬見失っちゃったの!そしたら、二人の騒がしい声が聞こえてきて、何かあったのかと思って窓から階下を覗き込んだら……、どこにも…!二人の姿が何処にも居なかったの!」


 彼女は溜めるような言い回しで、二人の姿が消えてしまったことを強調する。彼女達の姿が消えたであろう箇所は、建物の壁で塞がれている。窓は存在するが、女子寮であるためか一階の窓は鉄格子が備え付けられている。もちろん、破損している鉄格子などはなく、窓から女子寮の中に入ることはできないだろう。


「んん…。念のため地下を調べてみましたが…、特に空洞は無いみたいです…」


 地面に手を当てていたタルテが、立ち上がりながら土魔法による地下の探知結果を俺らに伝える。…となると、本当にこの中庭は袋小路だ。ミファリナとネモノの足取りはこの中庭で唐突に途切れたこととなる。そうなると、サフェーラ嬢の言うとおり、秘密の部屋に侵入したというのも現実味を帯びてきた話となるだろう。


「夕暮れ時とはいえ…、流石に闇魔法で姿を晦ましても直ぐにわかるよな…」


 メルルが時折使う闇に潜む魔法は、単純に周囲を暗くする魔法だ。夜ならまだしも、日の出ているうちに使えば、異様に暗い闇が出現するため、逆に存在を周囲に知らしめる事となる。


 …光魔法で工学迷彩を施すというのも難しいだろう。一度タルテに工学迷彩の話はしたが、光魔法使いとして結構な腕前を持つ彼女であっても、ほぼ不可能の難易度らしい。やり易い場所で観測者の意見を下に時間を掛けて調整すれば、静止状態でなんとか適うといった程度だ。


「…そもそも何故彼女達はここに来たんだろう…?女子寮の中庭なんて、お昼時に誰かが利用する程度だよね?」


「…ごめんなさい。そこは私にも分かりませんわ。ただ、駆け込んできた彼女達はしきりに周囲を気にしてました…!だから私は先生に誰かから逃げているようだったと伝えています!」


 誰かから逃げていたのであれば、それこそこの袋小路に逃げ込むのは説明がつかない。…素直に考えるのであれば、ここまで来たのであれば女子寮の自身の部屋が直ぐ近くにあるのだ。そこに逃げ込むほうが自然であろう。


「誰かとここで待ち合わせしていた可能性もありますわね。周囲を気にしていたのは、逃げていたのではなく、その待ち合わせの人物と探していたとも捉えられます…」


「でも、女子生徒が待ち合わせ相手なら、直接部屋を訪ねないかな?男子生徒との待ち合わせなら、ちょっと場所が不適切だよね?」


 メルルが口元に手を当てながら推理を述べるが、それにナナが反論する。男子生徒が立ち入り禁止となっているのは女子寮の建物であるが、女子寮の周囲の時点で男子禁制の空気感がある。現に今現在の俺も、時折通る女子生徒から、なぜ男が居ると言いたげな視線が注がれている。


 教師と待ち合わせしていたという可能性もあるが、それであれば、待ち合わせをしていた教師の情報が出てこないのは不自然だ。生徒であれば行方不明と関係があると思われたくないがため黙っている可能性もあるだろうが、教師が沈黙を守るというのは考えずらい。


「もしかして…秘密の部屋の扉がここにあることを知っていた…とかですか…?」


「そうよ。恐らくそうに違いないわ。…この中庭には昔扉が開いたって話もあるの。高位貴族の男子に手篭めにされそうになった女子生徒が逃げ込んだらしいわよ」


 タルテが小さくそう呟くと、その発言に賛同するかのように、目撃者の少女が首を縦に振ってそう続いた。その口ぶりからして、逃げ込んだ女子生徒のことも、単なる噂話ではなく、事実として捉えているようだ。


 タルテはそのまま向かい側の建物の壁。ミファリナとネモノが消えたであろう箇所に手を当てて調べ始める。行方不明になったのが自身と同じ治療師ということもあり、タルテは今回の件に結構なやる気を見せ始めている。


 これで、魔力の残滓があれば事態は進展するのだろうが、如何せん行方不明になったのは半月以上も前のことだ。たとえ、本当に秘密の部屋が出現したのだとしても、その痕跡は消えてしまっているだろう。現にタルテは、気を落としながら、直ぐにこちらに戻ってきた。


「…ただの壁でした…。特に何の仕掛けもありません…」


「仕方ありませんわ。既に結構な時間が経っているのですから。まずは人々の記憶が薄れる前に、彼女達の情報を集めましょう」


 …依頼されるまで気に留めていなかったが、行方不明の二人に対する噂は意外にも学園内で数多く囁かれている。メルルの言うとおり、時間の経過がこの事件に対する人々の姿勢にも影響をし始めているのだろう。


 半月という時間は、手遅れとも捉えることができる。先ほどまでは熱を持って彼女達のことを語っていた少女も、二人の身を案じてか、神妙そうな顔でタルテが調べた壁の向こうを見詰めていた。


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