第194話 二人が行方不明

◇二人が行方不明◇


「秘密の部屋ねぇ…。学院に伝わる噂話のことであってます?」


 俺は胡乱な顔をしながらサフェーラ嬢を見詰める。秘密の部屋は学校の七不思議のようなものだ。彼女もそういったものに興味のある年頃なのだろう。俺も前世で学生であった頃は、七不思議を調べて回ったこともある。


 …実際には学年ごとに七不思議の内容が変わるので、合計で二十不思議ぐらいあったのだが、中には十年以上の世代にわたって変わらない話も存在しており、戦々恐々としたものだ。…夕暮れ時に窓から覗いてくる背の高い女性は、まだあの旧校舎にいるのだろうか…。


「サフェーラ…。その噂はどこから出てきたのです…?」


 メルルが呆れた顔をしてサフェーラ嬢に視線を向ける。行方不明の生徒の捜索かと思いきや、そこに秘密の部屋という要素が加わってきたため、困惑しているのだろう。


「あら、言っておきますけど秘密の部屋は、かなり信憑性の高い噂ですよ?入ったという記録も残っていますし、入った事は無くても扉を目撃したものは在学生の中にも存在します」


 そう言ってサフェーラ嬢は秘密の部屋の噂話を語る。曰く、その入り口の扉は定まっておらず、普段は扉など無い所に唐突に出現する。時には、衝立の板や壁から独立している本棚など、扉がありえる筈も無い奥行きの無い箇所にも出現する。


 曰く、秘密の部屋には入れないことが多い。扉自体は目撃されることが多いものの、その扉を開くことができた者は数少ない。その扉は猫の意匠が施されているため猫の扉とも呼ばれている。


 曰く、淹れ立ての紅茶や出来立ての料理があったという話や、禁書の類が並ぶ図書室であったという話など、秘密の部屋の中については諸説あり、どれが本当の内容を語っているのかは不明である。…あるいは全て真実で、部屋の中もその時によって姿を変えるのか…。


 曰く、どの噂でも、秘密の部屋の注意事項は共通している。一つ、部屋の中の物品を持ち帰ることはできない。二つ、部屋の中では時の流れが違う。壁の時計は外の時間を刻むため注意するべし。三つ、部屋に入れる者には目的があり、部屋には目的を達成するためのすべがある。


 サフェーラ嬢は息継ぎも惜しみながらそう語った。眉唾の話ではあるが、意外にもナナとタルテは興味深げに耳を傾けている。


「…一応補足するけど、行方不明の生徒が二人いるのは本当よ。それに、その二人がサフェーラの言う秘密の部屋に招かれたって噂も囁かれてるわ」


 続いてイブキが言葉を続けた。事前にサフェーラ嬢からその話を聞いて、彼女なりに情報を仕入れたのだろう。…実際に行方不明者が出ているため少々不謹慎ではあるが、確かに興味深い話ではある。


「なるほど、つまり俺らにその行方不明の二人の捜索…、ひいては秘密の部屋を見つけて欲しいと…」


「その通りです。…もちろん、行方不明の二人を心配する気持ちも有るのですよ?学院内の捜査は外部の者には難しいですからね。生徒に頼むのも合理的な判断からです」


 少々好奇心を隠しきれていないが、サフェーラ嬢は俺らに頼み込むようにそう言った。実際に人探しの依頼は狩人ギルドに寄せられることも多い。通信技術や戸籍管理が未発達であるため、行方不明になる者は前世よりずっと多いのだ。…もちろん、中には連絡が届いてないだけで元気に過ごしているというケースも多いのだが。


 サフェーラ嬢の話を聞いてメルルが俺に視線で合図を送る。俺がその視線に応えるように軽く頷けば、それを受けてメルルが口を開いた。


「分かりましたわ。この件、私達でも調べてみます。実際に行方不明者がいるとなると、安易に捨て置ける案件でもないですから」


「ふふふ。私の道楽のような依頼でごめんなさいね。…ですが、教会が動いているのも事実です。調べる際にはその辺も注意してくださいね」


 前半は軽くふざけるように、後半は真剣な声色でサフェーラ嬢がメルルに応える。…もしかしたら、好奇心を押し出して誤魔化しているだけで、サフェーラ嬢が本当に知りたいのは教会の動向なのかも知れない…。


「これが、行方不明者の情報よ。…といっても、裏取りがまだだったり、不確かな点もあるから注意しなさいね」


 依頼を受注する旨を示したからか、イブキが手書きのメモ帳をテーブルの上に置いた。そこには走り書きではあるが、イブキが調べた情報が羅列されている。


「行方不明者は光魔法使いのミファリナに闇魔法使いのネモノ…、二人とも女の人なんだね」


「ええ。王都出身の仲の良い二人組み。共に治療院によく顔を出していたそうよ」


 ナナの呟きにそうイブキが応えた。イブキのメモ帳には大雑把な彼女達のプロフィールと行方不明が判明するまでの経緯が書かれていた。俺もその情報に目を這わしていく。


「行方不明が判明した後…、教会の人間が寮を訪ねたのか。…教会で貸し出した物品の回収ねぇ…」


「えと…、教会ではわざわざ回収する必要のある物なんて…貸し出してませんよ…?」


「実際にはその物品とやらは見つからなかったそうよ。…ついでに近くの部屋の人間に何か受け取ってないか聞いて回ったそうで、それが教会から何かを盗んだ噂の発端でしょうね」


 タルテが首を捻って貸し出す可能性のある高価なものを思い浮かべているが、中々思いつかないようだ。…そもそも教会に盗む価値のある品物は有るのだろうか?神像などは高価かもしれないが、明らかに盗品と疑われるため売りさばくことができないだろう。


「それで、最後の目撃情報が女子寮の中庭ですか…。慌てた様子で中庭に駆け込んでいったのを不審に思い見てみれば、そこには誰も居なかったと…」


「寮の中庭って袋小路だよね?ああ、だから秘密の部屋に行ったって言われてるんだ…」


 忽然と消えたことに関しては見間違いと扱われているそうだが、それでも女子寮周辺で何人かに目撃された後から足取りが取れていないらしい。つまりは、学院内で誘拐があった可能性もあるのか…。


 まだ情報自体は荒く、真実は見えてこない。俺らはイブキのメモ帳に目を通しながら、相談するように意見を交換した。


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