第193話 二人は脱走兵

◇二人は脱走兵◇


「あら、皆さん。お待ちしておりました。お忙しいところ集まっていただき申し訳ありません」


 俺とタルテ、イブキの三人がサロンに顔を出すと、そこにはサフェーラ嬢とナナとメルルの三人が紅茶を片手に俺らを待っていた。貴族の多いサロンの中で、取り分け目を引く三人組のもとに近づくのは少々気が引けるが、そんなことを気にも留めないイブキが俺らを引き連れるようにして座席に向かう。


「ちょうど、お二人にはこの前あった演習でのご活躍を聞いていたところですの。これでご活躍の面々が揃いましたね」


 サフェーラ嬢がそう言いながら両手の指先を合わせて朗らかに微笑んだ。俺はそのミーハーな反応に苦笑いで応えながら席に着いた。見ればナナもメルルも苦笑いをしており、俺が来るまでに詰め寄られたようだ。


「勘弁してください…。学院側からは勝手な行動をとったと言われて散々に絞られたんですから…」


「あら?生徒達には内緒ですけど、教師陣には水源に関することは伝わっていたはずでは?」


 水源のことも加味された上でお叱りを受けたのだ。…これがナナやメルルであったのならば貴族の義務を全うしたと言われたのであろうが…。


「それで、相談事と聞いてきたんだが…?」


 便所掃除のことまで話したくは無いので、俺は早々に例の相談事の話へと水を差し向ける。


「そのことなのですが…そのことを話す前に聞きたいことがあります」


 そう言ってサフェーラ嬢はタルテに視線を向けると、俺ではなくタルテに向かって話し始めた。


「タルテさんは優秀な光魔法使いとのことですが…、王都の光の女神の教会には顔を出していますか?」


「はえ…?私ですか…?そのぉ…、実を言いますと…教会にはあまり…」


 自分に話が来るとは思っていなかったタルテが、手に取った紅茶を慌てて置きながらそう答えた。


 教会について語るタルテの反応は余り芳しくは無い。…彼女は狩人ではあるが、教会の教徒であり、治療師でもある。そのため、狩人の仕事が無い日は良く教会や治療院へと顔を出していたのだ。


 しかし、王都に来てからはタルテは余り教会には顔を出していない。学業で忙しいということもあるのだろうが、王都の光の女神の教会がタルテに合わなかったのだ。それこそ、初めて教会に言った日は、彼女に珍しく怒りながら帰ってきたほどだ。


「王都の教会なのですが…、ちょっとお金にうるさいのです…」


 タルテは困り顔でそう呟いた。光の女神の教会と闇の女神の教会は普通の教会ではない。自然崇拝や精霊信仰などではなく、治療師団体がその始まりだ。だからこそ、お布施や献金の対価として治療という目に見えた利益が存在する。


「確かに王都の治療院は高額な治療費を要求しますわね…。安くすると人を捌き切れないとは聞いていますが…」


 王都の教会は、腐敗と表現するほどではないのだが、より利益を得るために商業的な路線に踏み切っているのだろう。俺はその話をタルテから聞かされたとき、宗教とは別物である科学のことが頭をよぎった。


 前世では科学という宗教を信仰していると揶揄する言葉もあったが、あながち間違いでも無いだろう。パソコンも携帯電話も厳密な仕組みを理解している者はそう多くない。自分自身が理解できていないのに科学だからと妄信して、それにそぐわない物は非科学的だと排他する。


 目の前で結果が齎されることがその信仰を高める理由の一つだろう。理解できないプロセスでも目の前でが成されるなら信じない訳には行かない。…そしてもう一つの理由は科学の恩恵が現世利益だからだ。


 結局、人々は死後の安寧という根拠の無いものよりも、現世の利益を優先するものだ。そこは科学の信者も女神の教会の信者も変わらない。だからこそ、信仰心が人々から離れ利益を優先するようになってしまったのだろう。


「なるほど…、若者の教会離れは思いのほか深刻のようですね…」


「だから私も言ったでしょう?治療院で働く…平民の光魔法使いや闇魔法使いは王都の治療院に不信感が募ってるって」


 悩む素振りを見せたサフェーラ嬢にイブキが呆れたようにそう言葉を放つ。…そういえば、野営演習でもタルテに治療師としての参加が求められていた。もしかしたら人材不足により、治療院から人が派遣されなかった可能性がある。


「…?それが私達へと相談したかったこと?」


「いえ、出来れば教会の内情が知りたかったのですが…本題は別にあります」


 そう言ってサフェーラ嬢はテーブルの上に身を乗り出して声を潜める。俺は気を利かせて声が漏れぬよう周囲に風の壁を展開した。


「これは、野営演習よりも前なのですが、二学年の生徒が二名ほど行方不明になっているのです。その二人はそれぞれ光魔法使いと闇魔法使い。平民ではありますが、貴重な魔法使いということで衛兵も捜索を続けています」


「…それは私の耳にも届いておりますわ。確か…教会も躍起になって捜索しておりませんでしたか?」


 サフェーラ嬢の発言を補足するようにメルルが追加で情報を俺らに伝える。


「ええ、その二人は治療師として教会に良く訪ねていたそうなのですが…、実を言いますと教会から何かを盗み出して姿を晦ませたらしいのです」


「教会から盗んだの?…その、随分罰当たりだね…」


 ナナが眉を顰めて呆れたように呟いた。俺も不穏な噂話に困惑したように首をかしげた。


「まさか、俺らにその二人を捜索して欲しいと?衛兵が探しているんでしょう?」


 流石に国家権力が出張っている状況に俺らがお邪魔する必要性は薄い。なにより、サフェーラ嬢が二人を探す動機が理解できない。


「二人を探して欲しいのもありますが、本当に探して欲しいのは別にあります…聞いたことはありませんか?秘密の部屋の噂。私が仕入れた噂によりますと二人はそこに逃げ込んだらしいのです…!」


 そう言ったサフェーラ嬢の瞳には好奇心の炎が灯っていた。俺は貴族然とした彼女が、冒険譚を愛する少女であったことを思い出した。


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