第192話 学院の方の妖精と要請

◇学院の方の妖精と要請◇


「ヒゲージ教授。それでは敵対的な妖精には、専用の武器を用意したほうがよいのでしょうか…?」


 魔性生物学の授業の終わりにホフマンがヒゲージ教授に質問をしにいく。彼だけではなく、魔性生物学の授業には兵士科の生徒の姿が幾人か見て取れる。これは、あの野営演習の副次効果といえるものだろう。


 兵士科の仮想敵は野盗や敵国の兵士など人間が主であるが、領地の統治と言う点では魔物を相手にすることも多い。さらには野営演習のときのように、山中や森の中での行軍ともなれば魔物を相手取ることも多いだろう。


 そのことを彼らは思い知り、必修ではない魔性生物学の授業を履修する生徒が出てきたのだ。特に魔物の中には知っていれば、あるいは準備をすれば楽に倒せる手合いも多い。その知識は兵士として活躍する者にも大いに役立つことだろう。


「ええ、霊的な存在であるためその方が効果的でしょう。…ただ、妖精を敵対的かどうかで考えるのは少々間違いですね」


「間違いとは…どういうことでしょうか?」


「自然環境による現象として発現した魔法が精霊。その環境に知性のある者が含まれると発生するのが妖精です。…そのため妖精の性格も多岐に渡るのですが…、好意的であることと安全であることは異なります。」


 ヒゲージ教授は、諭すようにそう言い聞かせる。妖精と人間の間には大きな常識の違いが存在する。そのため、いくら意思疎通ができて好意的な妖精であろうとも、気を許すことはできない。彼らは良かれと思って子供の取り替えチェンジリングをしたり、気に入った人間を妖精界へ攫って行ったりもするのだ。


 もちろん、以前誕生に出会った妖精犬や、家妖精シルキーなど、安全と言い切れる存在もいるが、大抵の妖精は好意的だからと油断できる存在ではない。


「はん。そんなまどろっこしいことを考えるより、気を込めて剣を振ることが先だろうがよ…」


 そうやってホフマンに横槍を入れるのはネイヴィルスだ。意外にもネイヴィルスとホフマンの仲は良く、彼はホフマンに誘われる形でこの授業に出席しているのだ。…毎度毎度、俺を睨みつけては来るが、以前のようにデカイ声で此方に詰め寄ったりすることは無くなった。


 ネイヴィルスの言った気を込めるというのは、身体強化の魔法を剣にまで込めることを指す言葉だ。魔法の込められた剣は、魔法自体をも切り裂く。そのため、毛皮や鱗に魔法的な防御を纏う魔物には効果的な手法だ。


 ちなみに、魔剣はもちろんミスリルなどの魔法金属の武器も、使用者が気を込めなくても、同等の効果を得ることができる。そのため、希少な魔法金属をの価値を更に高めており、狩人の目標の一つとして、魔法金属の武器の入手が挙げられている。


「ねぇ、なにボケっとしてるの?次の授業にさっさと向かうわよ」


「あの先生…、遅れると怖いですからね…」


 俺がホフマンの様子を眺めていると、イブキがせっつく様に声を掛けて来た。本来であれば、今日は学士科の全ての授業が終わる時間帯なのだが、一部の生徒には強制で授業が発生している。


 その授業とは魔法の訓練。魔法とは一部の人間にしか現れない稀有な才能であるため、使える者は半ば強制的に授業を受けさせられるのだ。


 そして、タルテが苦笑いと共に指摘した先生とは、風魔法使いを下に見て、更には魔法種族がお嫌いなダイン教諭のことだ。…残念なことに、学士科の魔法訓練の監督者がダイン教諭であるため、隙を見せればチクチクとお小言を頂くことになるのだ。


「ああ、悪い悪い。直ぐに向かおうか」


 俺はそう言って魔法訓練用の訓練場に足を運ぶ。気は乗らないが単位のこともあるし、何より遠慮なく魔法を放てる場所は王都ではそう多くない。嫌味な監督がいるが、個人的にはバッティングセンターのような感覚で授業を受けている。


 …意外にも、俺らに塩対応なダイン教諭だが、他の生徒達には評判がいい。それこそ、俺とイブキに対する態度を見ているため、タルテのダイン教諭に対する好感度は低いが。タルテ自身にはダイン教授は比較的まともな対応をしている。


 俺も魔法訓練の際にダイン教諭の指導を見てはいるが、その指導は的確であり、彼のお陰で魔法の腕前が上がったと声を上げる生徒は多い。


 ちなみに俺とイブキは指導されたことが無い。毎回、放置されて訓練場の端でひたすら魔法を放っている。まぁ、嫌味を言われるよりは放置されているほうがこちらとしても気楽なので文句は無いのだが…。


「…あなたはまだ良いわよ。私なんか魔術の授業でもあの教師と会うのよ?」


「俺も魔術に興味はあったんだが、中級はあの教師が担当だと聞いて履修を取りやめたんだよ」


 俺がダイン教諭のことを考えていたのを感じ取ったのだろう。訓練場に向かう廊下を歩きながらイブキがそう言った。


 入学試験で見せた投げナイフのように、俺も最近では触媒を用いた魔法…魔術を利用することがある。だから俺も魔術の授業を受けようとしたのだが、中級魔術の担当はダイン教諭、初級魔術の担当はサテラ教諭であったため、初級免除のテストを受けずに初級から履修することを選んだのだ。


 初級魔術は既に知っている知識も多かったが、イブキに聞いた限り中級魔術は魔道具のように一般人でも使えるようにするための知識が大半らしい。魔法の補助として魔術を使うことが目的であるのならば、初級魔術でも十分であるといえるだろう。


「ああ、そうそう。魔術の訓練が終わったら、サフェーラがサロンに顔を出して欲しいって言ってたわ」


 サフェーラはイブキが懇意にしている上位貴族の令嬢だ。人柄は好意的な人物であるのだが、彼女について回る権力からして、気の置ける人間ではない。それこそ、妖精のようなものだ。好意的であるかどうかと安全かどうかは関係が無い。


「それって俺らだけか?ナナとメルルは?」


 俺は多少の警戒を持ってそう尋ねた。


「そっちはサフェーラが声を掛けてるそうよ。なんでも妖精の首飾りに相談があるらしいのよ」


 イブキは何とでもないようにそう答えたが、俺の警戒を見透かしているようでもあった。…恐らくは彼女は用件を既に聞いているのだろう。どの道、顔を出さない訳にはいかないのだから、俺はイブキに了承する返事を返した。


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