第191話 一方その頃サロンでは

◇一方その頃サロンでは◇


「うおぉぉ…!?何だ今の寒気は…!?」


 例の騒動から数日。平穏を取り戻したオルドダナ学院のサロンにて、俺は唐突な寒気を感じる。なにかこう、粘性の高い情念のような何かが這い寄って来たような…。


 いきなり小さな叫び声を上げた俺を、ナナとメルル、タルテが不思議そうな顔をして眺める。


「ハルト。風邪でも引いたの?…もしかして例の罰則で水でも浴びた?」


「大丈夫ですか…?少しお休みになります…?」


「…いや、気のせいのようだ。なんか一瞬、凄い嫌な気配を感じたんだ…」


 ナナの言う罰則とは、学院から言い渡されたものだ。俺たちは野営演習では教師の指示に従わず、水源へと勝手に戦いに行ってしまった。たとえ結果的にそれが大手柄を挙げることになったとしても、上官の指示に従わないことは問題視される。


 それを許してしまうと、たとえば戦場で手柄を求めて独断専行をするもので溢れてしまうこととなる。…といっても言い渡された罰則は寮のトイレ掃除という軽微なものだ。


 俺らが兵士科の人間であれば謹慎などが言い渡されたのであろうが、俺らが学士科の生徒であったためそこまで問題視されることは無かったのだ。


 …ちなみに狩人ギルドからも注意を受けた。依頼の内容は生徒の護衛であったため、それを無視しての行動であったため仕方が無い。


 本来であれば依頼失敗扱いでも可笑しくは無かったのだが、水源を護った功績と相殺した形である。一応は、護衛対象であった俺とタルテを護るためにナナとメルルが着いて来たという言い訳も立つため、注意だけで依頼は達成扱いとなっている。


「それより、メルル。なにか情報は新しく入手できたか?」


 王都の水源が襲われたことは一般には伏せられている。だからこそ大手を振って情報を集めるわけにもいかず、その辺はメルルにお願いしていたのだ。ついでに王府とのやり取りも、ゼネルカーナ家に丸投げだ。


「ああ、それなら例の逃してしまった二人組みの情報なら出てきましたわ」


 メルルは紅茶の香りを楽しみながらそう言い、懐から手配書を取り出した。そこにはあの二人に似た人相書きが描かれている。


「毒を使うダークエルフということで、直ぐに下手人に目星がつきました」


「…この手配書は…、今回の件で発行されたものじゃないのか…?カクタスと毒婦ヴェリメラねぇ…」


 メルルの取り出した手配書は、多少の経年劣化が見られる古びたものだ。そこに書かれた罪状を見るだけでも今回の事件とは関係ないであろう物が書かれている。描かれている似顔絵は、例の二人組みの特長をよく捉えられており、同一人物と見て間違いないだろう。


「東方の小国軍ではそこそこ知られた傭兵だそうです。この手配書もギルドにあったものですわ。…暫くは賞金稼ぎバウンティーハンターが賑わうかもしれませんわね」


 賞金稼ぎバウンティーハンターは各国の政府から指名手配されている賞金首を狩ることを仕事としている人たちだ。この王都で賞金首である二人が目撃されたとなると、その首を求めるものが現れることとなるだろう。


「てことは、あの二人は雇われてただけってこと?」


「ええ、恐らくはその考えで間違いないでしょう。王府でもどちらかと言うと、その二人を捕らえることよりも、主犯の操作に重きを置いております」


 メルルが言うには、騎士団が国中を操作して回っているらしい。というのも、王府としては今回の事件は例の亡国のテロリスト団体の犯行か、敵国の工作だと考えているのだそうだ。


 ある意味、テロ行為の方がまだましと言える。敵国の工作だとすると、このまま終わらない可能性もある。王都の水源を荒らすのは始まりに過ぎず、各地の火種に火を放つことで国内を混乱させ、その隙に進軍するというのは良くある話だ。


「ああ、だから兵士科の教官なんかは少しピリピリしているんだね。今回のことで戦争を防げたと良いんだけど…」


 カクタスとヴェリメラが、普段は東南の小国家群で活動しているということも、戦争に備えた敵国の工作という意見に説得力を産んでいる。なぜならば、この国の敵国として名前が良く挙がるのは西方のガナム帝国であるが、それはガナム帝国が最も厄介な敵性国家であるからであり、実際に戦争気運の高い国は東南の小国家群だ。


 我が国もガナム帝国も、大陸から飛び出た嘴のような形状の巨大な半島に位置している。そのため海が近く、土や水の豊かな大地を国土として所有している。だが、大陸に位置する小国家群はそうではない。


 前世の日本なども水と土に富む国であったが、あれは世界的にも珍しいほうだ。放っておくと雑草が生い茂るなんてもってのほか。世界には雑草すら中々生えない土地は多数存在するのだ。


 そのため、土地の貧しい東南の小国家群はしょっちゅう戦争をしている。互いに争ったり、我が国や、更に南の熱帯に存在する小国などにも戦争を仕掛けることが多い。


「今のところ、ガナム帝国には鉄や麦の物価が上がるなど、戦争の前触れは起きておりませんからね。怪しいのは東南の小国家群です。あちらは、戦争が多いため普段からそれらの価格が変動しますから…」


「うう…戦争ですか…。嫌な話ですね…」


 メルルの見解に、タルテが嫌な顔を浮かべる。人を癒すことを生業とする彼女は、人一倍戦争を忌避しているのだろう。…争いごとになったら、真っ先に殴りかかるのも彼女だが…。


「俺らとしたら…、カーデイルのテロ行為の方が都合が悪いかな。未然に防いだことで逆恨みされそうだ…」


 狩人になってからというものの、敵国よりもテロ組織のほうにご縁がある。下手に目を付けられることは避けたいものだ。


「そうですわね。警戒しておくに越したことは無いでしょう…。もっとも、今は国が目を光らせておりますので、早々に事が起こることは無いでしょうが…」


 そう言ってメルルは締めくくり、俺らはそのまま反省会へと突入する。改善点を洗い出し、次回の冒険に備えるための反省会だが、俺はそこで三人に毒魔法の対策を挙げた。


 ヴェリメラが単なる雇われの傭兵であれば、もう会うことなど滅多に無いのだろうが、先ほど感じた悪寒が、念のために対策をとっておけと囁くのであった。


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