第189話 ラファガーデン家の夜の呟き

◇ラファガーデン家の夜の呟き◇


「…随分、お疲れのようですね。例の件について王府から何かありましたか?」


 王都の中心部、王城から程近い距離にある大豪邸の一つ。ラファガーデン家の邸宅の執務室にて、家宰のセモスサンが、当主であるコンクリントス・ラファガーデンにそう尋ねた。日も暮れ、多くの者が閨に向かう時間帯ではあるが、この執務室では未だに煌々と明かりが灯っている。


 セモスサンの言う例の件とは、先日発生したオルドダナ学院の野営演習にて、野営地が群生相の土蟲の大群に襲われた事件だ。…通常であれば学院の管理責任を問うだけで、軍閥であるラファガーデン家には関係のない事柄だが、そこに何者かが暗躍した影があるというのであれば話が違ってくる。


 対外的には単なる生態系の乱れによる大量発生と発表されているが、王府の上層部では何が起きたのか通達されており、コンクリントスも先ほどまで王府に呼び出されて現状確認と対策の会議に出席していたのだ。


「…お前も報告書に目を通しておけ。セメントスから触り程度は聞いているのだろう?」


 コンクリントスは、家宰のセモスサンの目の前に報告書を投げ渡す。コンクリントスが軍閥として王府の仕事についているため、領地や家のことを全て担っているのがセモスサンだ。今回の案件は秘されているため、誰彼構わず教えるのは問題があるが、セモスサンであれば問題は無いだろう。


「これは…、ゼネルカーナ家からの報告書ですか…。…あの家の諜報に引っかかったという訳では無いようですね…」


 セモスサンが報告書に目を通しながらそう呟いた。


 ゼネルカーナ家から報告書が上がったというのも問題の一つだ。あの家は諜報を担う家であるのだが、その諜報は王国内の貴族家が対象だ。王家が配下の貴族家を監視するための諜報機関がゼネルカーナ家であり、国防のための王府が管理する諜報機関は別に存在する。


 つまり、今回の事件が発生するまで王府の諜報機関はまったく事件のことを感知していなかったということなのだ。…ゼネルカーナ家も事件を未然に防げるほどの情報を手に入れてなかったということが幾ばくかの救いではあるのだが…。


「…水源の汚染を目的としたテロ行為…。それを防いだのは…、…狩人と学院の生徒…!?」


「ああ。その内の一人がゼネルカーナ家のご令嬢だ。まさか、令嬢が狩人として活動しているとはな…」


 コンクリントスが、執務机の上のグラスに蒸留酒を注ぐと、それをゆっくりと口に含む。酒を飲んでいる場合ではないのだが、逆に酒を飲まなければやっていけない状態だ。


「…セメントス坊ちゃまは、生徒を護ったと誇らしげに語っておりましたが…、これでは…些か…」


 セモスサンが言った言葉が、コンクリントスの脳裏に突き刺さる。コンクリントスが酒に手を伸ばした原因が、まさに彼の不詳の息子であるセメントスの存在だ。


 セメントスはコンクリントスの三番目の息子だ。三男であるセメントスは嫡子にも、その予備にもなれない存在ではあるが、かといって疎まれる存在ではない。むしろ、コンクリントスは彼に特別な期待を寄せているとも言っていい。


 しかし、その期待がセメントスに通じていなかったということが今回の件で明るみに出た。その事実がコンクリントスの胸の内を激しく掻き乱す。


「…別にな、私はゼネルカーナに手柄を奪われたことは何とも思っていない。むしろこちらの不手際で迷惑をかけて申し訳ないとすら思っている。…向こうも、社会勉強のために自由に過ごさせていた令嬢が、たまたま事件解決に関与したというだけのようだしな。…ああ、セメントスもそこに居たはずなのだがな…、残念ながら良いように踊らされただけだ。ダンスが得意とは聞いていたが、まさかここまで得意だとは思っていなかったよ…」


 コンクリントスが腹を立てている原因がそこだ。今回の事件は巧妙に隠匿されていた。主目的を果たすために学院の野営演習を利用するという遠回しな策を用いたのもその為だ。…勿論、だから仕方が無かったと言う訳ではないが、悔やむ気持ちはあっても腹を立てたりはしない。


 しかし、セメントスはそうではない。あの状態からでも防げる立ち居地にいたし、何よりこういったことを防ぐためにセメントスを水源警備の任に着かせたのだ。


「…なぁ、セモスサン。はっきりと明言しなかった私が悪いのだろうか?私はな、セメントスならば護りきれると水源警備を言い渡したのだ。…だが、セメントスは水源警備を左遷と捉えていたのだ。…解かるか?王都の水源を護る重要任務をどうでもいい任務と勘違いしていたのだぞ?」


「…いえ、任務の重要さはセメントス坊ちゃまも理解しておりますよ…。ですが、坊ちゃまは優しき性根ですから、学生の使う野営地から緊急事態を知らせる信号弾が上がったとなれば、放っておけなかったのでしょう…」


「ならば何故、人員を残しておかない…!奴が野営地に向かったため、水源には誰も残っていなかったのだぞ!?」


 コンクリントスはそう言い放つと共に、酒を飲み干したグラスを執務机に叩きつける。セモスサンは困ったような表情を浮かべてセメントスを庇うが、奴の仕出かした不手際が消える訳ではない。


「…その報告書ではな、幾つか省かれている報告があるのだ。特に重要なのは四人組が水源に駆け付けた方法だな。…その者達は、妖精の小路を通って水源にまで至ったのだ…」


「妖精の小路ですか…。それは…、迷い込んだのではなく…、妖精や精霊に導かれたということでしょうか…?」


 セモスサンが軽く驚いたような顔を浮かべる。妖精や精霊が人の味方につく。湧水の森を護るという目的が合致したとは言え、それは稀有な事象であり、コンクリントスが息子であるセメントスに望んだことでもある。


 ラファガーデン家は代々、優秀な土魔法使いを輩出していた家であるが、公爵家であるが故に王家の血が入っている。ラファガーデン家がそうであるように、王家もまた優秀な水魔法使いを輩出する血筋である。そして、そんな王家の特長が現れたのが三男のセメントスだ。


 煌くような金髪に澄んだ碧眼。そして水魔法使いとしての才能。…そのこともあり長男と次男とは違った育て方をしていたのだが、それが三男にとっては期待されていないと思うことの原因となってしまったのだろう。


 セメントスに水源警備の任に着かしたのも、彼が水魔法使いであるからだ。王都の水源を護るという重要な任務に加え、湧水の森は水に関係する精霊や妖精が多数存在する。そもそも、王都がここに定まったのは、王家の祖先が湧水の森の精霊達と友誼を結んだことが始まりと伝わっているのだ。


 だからこそ、コンクリントスはセメントスにそれを期待した。水源の警備だけでなく、湧水の森で過ごすうちに、古き王族のように精霊と友誼を結べればと…。


「精霊達に頼られたのが、セメントスではなく例の四人組だったとはな…」


「コンクリントス様…。確かに水源の警備を全うできなかったとは責もあるかと思われますが…、精霊に関しましては、運のようなものですから…」


 精霊や妖精は気ままな存在だ。コンクリントスも友誼に関しては運が良ければ程度にしか思ってはいなかったが、例の四人組が妖精の小路に導かれたと聞いて羨む気持ちが湧いてきたのだろう。


「まぁ…過ぎたものは仕方ない。小路に導かれた者も…、もとより精霊に愛される種族のようだしな…」


 そう言ってコンクリントスは独自に集めた四人組の報告に目を落とした。


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