第187話 青少年と毒婦
◇青少年と毒婦◇
「侵入者です!!」
入り口から雪崩れ込んだ俺らに向かって不審者達が叫ぶ。その声は奥にいる二人組みに向けた報告なのだろうが、その声を咄嗟に発動した俺の風壁が阻む。
しかし、急に音の反響が変わったからだろう。異変を感じて二人組みも俺らの方に顔を向ける。俺は先頭にいた三人組とすれ違うようにして即座に奥まで足を進める。
手を掲げた女と思われる者は、掲げた片手に魔法を構築しつつある。俺はその手を切り飛ばそうと石畳を踏みしめ、一足飛びに接近した。
「…だから言ったのだ。さっさとしろと…」
冷めたような口ぶりで女はそう呟いた。彼女は俺の攻撃を避けるでもなく、受けもしない。それは諦めたのではなく、傍らの男を信用していたからだろう。
彼女と同じように目深に被ったフードと口元の黒い布。そんな男が剣を抜き放って俺のマチェットを受け止めた。
「クソ…。見張りは何をやっていた…!?これ以上の面倒ごとは御免だぞ…」
黒ずくめの男は視線だけを動かし、入り口の方を確認するが、そこではナナとメルル、そしてタルテが先ほどの三人組と戦っている。
人数的にはこちらが不利だが、手下らしき三人組は俺を素通りさせたことからも、戦闘能力はそこまで高くないと思われる。俺が目の前の二人を留めれば、直ぐにでも彼女達が敵を打ち倒し、人数不利もあっさり挽回できることだろう。
「なんだ。まだ子供じゃないか。…手伝うかい?」
「止めてくれ。頼むからそこで大人しくしててくれよ」
黒ずくめの女は数歩後ろに下がって俺らを観戦し始める。一対一を遵守するような輩には思えないが、どうやら加勢するつもりは無いらしい。
俺は戦っているうちに、女の方が水源に毒を混入しないかと警戒したが、彼女は見ているだけで特に行動に移す素振りはない。
そう観察している間にも黒ずくめの男と俺は一合二合と剣を重ねていく。互いに本気で剣を合わせるというよりは、周囲を観察する片手間に剣を合わせているといっていいだろう。目の前の男も他の者の戦いの趨勢や、援軍の有無が気がかりなようだ。
「お前ら、何処の所属だ?どう見てもここを守っていた騎士団じゃないよな…?いや、そのローブは学院か?」
情報を集めるためだろう。黒ずくめの男は低い声で俺にそう尋ねる。今の俺は狩人の格好の上にローブというちぐはぐな格好だ。そのため、俺がどこの回し者か悩んだようだが、直ぐに羽織っているローブがオルドダナ学院の学士科を示すものだと思い至ったようだ。
「そういうあなたはどちらさんなんですかね。軍用施設内で顔を隠す行為はご法度ですよ」
剣劇をしながら言葉を交わす。なぜか参戦しない女が気がかりだが、俺は丁寧に剣を紡いでいく。この状況における時間は俺らの味方であり、時間的な制約があるのはこいつらの方だ。俺は無理をして攻める必要が無い。
「ねぇ。もういいでしょ?私、早く帰って湯浴みがしたいの」
「おい!馬鹿!止めろ!俺もいるんだぞ!」
部屋の傍らで状況を見守っていた黒ずくめの女が、待つことに飽きたかのようにそう呟いた。俺は彼女が参戦してくるかと思い、警戒心を引き上げたが、俺以上に慌てたのが黒ずくめの男だ。俺と戦っているというのに、身体を半身にして彼女に対して怒鳴り声を上げた。
「あなたには当てないわよ。…まずは、そっちのお片づけね。皆纏めてやってしまいましょう」
黒ずくめの女が袖を捲くり、色黒の彼女の腕が露になる。そして、その手の平に水球が形成され始める。…水魔法。おそらくはその系統ではあるのだろうが、水魔法使いと言うわけではなさそうだ。
なぜなら、その水球は通常の水球ではないから。単なる水よりも粘性が高く、果汁のように色が付き濁っている。彼女はその水球を発射するのではなく、入り口付近で争う六人に向かって、撒くように水をかけた。
「そっち…!攻撃が行くぞ!」
俺は咄嗟にそう叫びながら、三人の周りに風壁を展開する。彼女達であれば難なく避けるであろうが、黒ずくめの女の魔法の得体が知れないため反射的に構築してしまった。
「があああああああアアアアア!!?」
「嘘…!?何これ…!?」
「下がって…!煙を吸わないで下さい…!」
しかし、その判断はある意味正解であったのかもしれない。その水は黒ずくめの女の味方である三人組にも降りかかったが、三人組は悲鳴を上げながらのた打ち回った。水の掛かった三人組や床からは白い煙が上がり、部位にいたっては肉が炭化し始めている。
「…酸!?…いや毒か!?」
いきなり発生した凄惨な光景に、俺の注意力がそちらに逸れてしまう。その隙を狙ったのは目の前の黒ずくめの男ではなく、いつのまにか近づいて来ていた女の方であった。
「あら、正解。意外と賢い坊やなのね」
俺の背後から彼女の腕が伸びてきて、手繰り寄せるように俺を抱きしめる。そして、俺の下顎を掴むと彼女は俺の口に舌をねじ込んできた。
「んんん…!!?」
攻撃と思えぬ行動に俺は咄嗟に振り解くことができなかった。そして、彼女の口からは唾液…ではなく毒液の様なものが流し込まれる。いやに甘い砂糖水のような毒液を俺はそのまま飲み込んだ。
黒ずくめの男は勝負があったと判断したのか、彼女に抱きかかえられた俺を見ながら、襲い掛かってくる気配はない。
「んふ…。これは可愛いあなたへのおまけよ。どう?痺れるでしょ?」
俺から口を離した女は、そう言って妖艶に微笑んだ。そこにいたのは褐色の肌と細長い耳、所謂ダークエルフと呼ばれる人種だ。
…これが、普通の人間であれば痺れて動けなかっただろう。しかし、残念ながら俺のファーストキスは赤ん坊の頃に母親に強引に奪われているのだ。
「残念ながらキスぐらいで痺れるほど初心じゃないんでね」
「…ハァ!?」
毒を流し込まれたの平然としている俺に彼女の目が見開かれる。その隙を突くようにして俺はマチェットを彼女の太腿に目掛けて切りつける。
「キャッ…!?」
意外にも可愛い声を上げて彼女が飛びのく。しかし、骨近くまで切り裂かれた大腿からは、止めどなく血が流れ落ちていく。
「なんで…?どうして…?」
ダークエルフの女はうろたえながらうわ言のように呟く。黒ずくめの男も警戒するように再び剣先を俺に向けた。だが、男の方の視線にも狼狽の色が見て取れる。どうやら、彼の方も彼女の能力に自信があったようだ。
「残念ながら巨人の血が半分入っているんでね。毒無効だ」
「クソ…。嘘だろ…?運が悪いなんてもんじゃねぇぞ…」
俺は風を吹かして、先ほどの毒液が上げた煙を吹き飛ばすと、風壁の向こうからナナとメルル、タルテが姿を現す。これで四対二。ダークエルフの女のお陰でこちらの方が味方が多くなった。
「…ねぇ、ハルト。今の…。私の見間違いかな…?」
「いえ、見間違いじゃありませんわよ。私は確実に目撃いたしました」
「お、大人です…!」
多分…、多分まだ味方の筈だ。
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