第186話 水源にて暗躍する者

◇水源にて暗躍する者◇


「うお…!?抜けたか…!?」


 澄んだ水面を通り抜けると、僅かにぼやけた視界がピントが合ったかのように途端に鮮明になる。先ほどまでと変わらぬ森のような景色に見えて、暗がりに不自然なところは無い。


 現在位置を再確認しようと辺りに風を展開するが、前方から物音が鳴り響き、俺は咄嗟に風を風壁の魔法に切り替え、自分たちの音を遮断した。


「壁を張った。喋っても問題ないぞ」


 俺は防音を施したことを示すハンドサインを出しながらそう呟いた。音の下方向に目を向ければ、そこは森が途切れており、木々の陰の向こうに水道橋がそびえているのが見えた。


「どうやら、辿り着いたみたいだね。…今の音は侵入者の?」


 ナナが前方を見詰めながらそう呟いた。俺らは木の幹にその身を隠しながら、音のしたほうを確認する。風で音を拾ってみれば、数人の足音を聞き取ることができる。


 ゆっくりと木陰から顔を覗かせてみれば、水道橋の付け根と思われる建造物が森の中に佇んでいる。レンガに漆喰で作られた頑丈そうな建物。無骨な作りが、軍用の施設だということを俺らに教えてくれる。


 その施設の前に陣取る不審者の集団。二人の見張りと、開ききった鉄扉の向こうで作業する者達。その者達の格好といい、破壊の痕が見て取れる鉄扉といい、正規のものではないのは明白であろう。


「どうやら、間に合ったようですわね…。どうしますか?このまま強襲しますか?」


「力量が不明だからな。最初は少し身長に行こうか…」


 突撃アサルト隠密ステルスか。これが毒を水源に入れる直前であるならば突撃する必要があるが、建物の中からは何かを壊そうとしている音が響き渡っているため、まだ水源を守る扉か何かが残っていると思っていいだろう。どの程度の余裕があるかは不明だが初めは潜んでいってもいいだろう。


「それならば私が皆さんを隠しますわ。ハルト様は防音をお願いいたします」


 そう言ってメルルが魔法を構築する。光を吸い取り闇を広げる魔法。森の暗がりを拡張するようにして、月光に照らされた俺らを暗い闇が覆い隠す。魔法としてはそこまで高度なものではないのだが不自然に見せないようにするには中々の技量を要求する魔法だ。



 下手な人間が行使すれば、不自然に黒い闇の塊が生成されるだけだが、メルルは自然に風景に溶け込むように、細心の注意を払って魔法を行使する。


 その闇に隠されながら俺らは水源まで進んで行く。音は風で消し去り、姿は闇に紛れる。まさしく暗殺者のような所業であるが、俺らの得意分野でもある。


 扉の前に佇む二人の見張りの者の近くまで忍び寄ると、俺とナナが、その首に手を巻きつかせるようにして飛びついた。筋肉が軋みを上げ、見張りの頚動脈を締め上げる。


「…グゥ…!?ガ…ッ!?」


 俺とメルルに首を締め上げられ、酸欠に陥るまでの7秒ほどのいとま。これが野盗などであればパニックになって暴れるだけなのだが、俺が取り付いた奴は即座に腰元からナイフを抜き放った。


 俺は、多少の刀傷を覚悟したが、その刃が俺の腕に到達する前に、タルテが手を伸ばしてそのナイフを手甲で握り締めた。そしてそのまま、万力で締め上げるような音を立てながら、タルテはナイフの刃を粘土のようにひしゃげてみせた。


「タルテ。ありがとう。助かった」


「いえ、これくらい…。この人…反応が早かったですね…傭兵の方でしょうか…?」


 タルテは見張りの人間の反応の速さを指摘する。背後から急に首を締め上げられ、即材に反応できる人間はそう居ない。


「身元を示す装備は無し。…剣や短剣も無骨なもので意匠はありませんね」


 気絶した見張りを縛り上げながらも、メルルは装備や懐の中を確認するが、目ぼしい収穫は無かったようだ。


 俺らはそのまま破られた鉄扉の左右に分かれるようにして展開し、建物の中を確認する。室内は魔道灯の明かりが灯っており、その灯りの下で男達が床に取り付けられた扉を破ろうとしているのが窺える。


 床の扉には魔方陣のようなものが浮かび上がり、それを不審者が弄るたびに火花のような魔法

光が散っている。…水道橋の構造から判断するに、その床下にお目当ての水源があるのだろう。


「そろそろ作戦の想定時間を過ぎるぞ。まだ開かないのか」


「仕方ないだろ。室内にも水源を封鎖している扉がある情報は無かったのだ。それも魔道鍵で保護された扉がな」


 建物の中から不審者の喋る声が聞こえる。声色からして片方は男で、もう片方は女だ。言葉を発したのは床の扉を開けようとしていた者達を後ろから観察するように控えていた者だ。上官らしき者が二名、そして手下らしき者が三名の計五名が残りの不審者だ。


 …人質や、倒された騎士の姿は見当たらない。あの騎士達はここに誰も残さずにやって来たのか…。


「…もうよい。どの道、入り口の扉を綺麗に開けれなかったのだ。直ぐに露呈するのだから、ここもこじ開けて構わないだろう」


「開けれなかったって…待てと言っているのにお前が強引に開けたのだろう」


「鍵を手配できなかった者の責任だ。ほら離れろ。…床に直接穴を開けるぞ」


 フードを目深に被り、口元にも黒い布を纏っている女が目の前に手を掲げながらそう言った。その言葉を聞いた途端、手下と思われる者達が口元を押さえながら一斉にその場から飛びのいた。指示に的確に従っているというよりも、どこか脅えたような気配が窺える。


 脅えていると感じたのは間違いでは無いだろう。三人は飛びのいた後も後ずさりを続け、そのまま俺らの隠れ潜む扉まで退避してきた。


 このままでは次の瞬間にも俺らが逃げてきた不審者に見つかってしまう。なにより、直ぐにでも扉を開けることが窺えるため、ここでのんびり観察を続ける訳には行かない。


『俺が奥の奴らを対応する!三人はこっちに逃げてくる奴を頼む!』


 俺は考えを隠密ステルスから突撃アサルトに切り替え、三人に指示を出すと共に室内に飛び込んだ。


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