第184話 王都のおいしい水

◇王都のおいしい水◇


「全体!進め!今こそ武勇を示すときだ!虫共を駆逐しろ!」


 指揮官らしき騎士が騎士達を鼓舞して、防衛拠点に集る土蟲を削ぐように倒していく。妙にやる気に満ちた騎士達が土蟲を雑草の如く踏みしめて前に進む。


 本能が優れている代わりに学習と言うものを知らない土蟲は、目の前で仲間が塵芥へと変わっているにも関らず、警戒する事無く騎士達へと集まっていく。


「ジョグス!足場になれ!」


「了解いたしました」


 ジョグスと言われた騎士が、防衛拠点の土壁に背中を預けるように寄りかかる。そして、指揮官らしき男がジョグスを階段代わりにして、飛び越すようにして土壁を乗り越えた。


 板金鎧を打ち鳴らして土壁の内側に騎士が荒々しく着地する。そして、ゆっくりと歩を進めながら兜を脱いで近場の教官に話しかけた。


「王都第五騎士団所属、部隊長、セメントス・ラファガーデンです。緊急事態を告げる照明弾を目撃し駆けつけました」


 兜の下は以外にも若い…、二十代中ごろの男であった。月下でも煌くような金髪に、水面を写し取ったような碧眼。美丈夫といっても差し支えない容貌だ。


「助かりました。ご存知かもしれませんが、こちらはオルドダナ学院に所属する生徒と教師達になります。この場には野営演習のために訪れています」


 教官が敬礼をしながらセメントスに応える。その声は先ほどまで荒々しい声を上げていた者とは思えないほど上擦っていた。セメントスの顔を見た瞬間に緊張したように顔を引き締めたため、もしかしたら知っている人間なのかもしれない。


「…ハルト様。ラファガーデンは公爵家の名前です。そして、ラファガーデン公爵家の三男の名前はセメントスと聞いております。…実際に顔を見たことが御座いませんので成済ましの可能性もありますが、彼の容姿は王家の血筋を示すもので間違いありません」


「あの鎧も偽物とは思えないね。あのレベルの業物はそこらの鍛冶屋に作れるものではないし、腕の立つ鍛冶屋は贋作なんて物に手を出さないはずだよ」


 メルルとナナが俺に囁くように耳打ちをする。彼女達の言い分を信じるのであれば、どうやら彼らは本物の騎士団らしい。


「状況の確認をしたい。大量の土蟲に襲われていたようだが、怪我をした者や行方不明のものは?」


「幸いにも全員、この土壁の内側に避難できております。怪我人も軽微で重傷を負った者は居りません。恐らく雇った狩人なのでしょうが、優秀な方がいましてね。大群が現れて直ぐに森の淵に土壁を形成し、即座に風魔法で全体に警戒を呼びかけてくれました」


 セメントスと教官が置かれている状況をすり合わせる。この間にも土壁の外では騎士達が競うように土蟲を屠っていっている。


「それにしても随分早い到着でしたね。早くても援軍は明け方近くだと考えていたので助かりました」


「ああ、私達は水道端の付け根で水源警備の任に着いていましたから。災難に襲われた皆様には失礼ですが、左遷のような任務で腐っていましたから、久々に騎士働きができると皆喜んでいますよ」


 水源警護ということは、彼らは同じ森の中で任務についていたわけだ。それならば到着の早さは納得できる。この野営地に来るまでに利用した林道も、その水源まで行くための軍用の林道だ。


「もしかして、狂言って事は無いよな?自分で土蟲を仕掛けて、頃合を見計らって助けに来る…」


 俺は小さくそう呟いた。彼らは水源警備をすることに不満を示しているようだったし、ここで手柄を上げれば栄転できると考えている可能性もある。


「ええ…。流石にそれは…。んん、でも無くは無いのかな?」


「で、でも…。それならばもう安全ってことじゃないですか…?これ以上誰かを傷つけることは無いってことですよね…?」


 ナナと、いつの間にか治療を終えて側まで来ていたタルテが俺の呟きにそう応えた。俺の偏見も入ってはいるが、騎士は手柄のために命をチップに賭けをすることがある。…それこそ、戦地での殿などは生還がほぼ絶望的なこともあるため、賭けにもならない。命を使って名誉を購入するのだ。


 だが、まぁ…狂言であればこれ以上酷い事態には陥らないだろう。タルテの言うとおり、助けることが目的であるため、生徒達がこれ以上の苦難に出会うことは無いはずだ。


「でも…、どっちにしても騎士団の方が来てくれて良かったです…。毒を撒くことも考えていたので…」


 小さく、まるで懺悔するかのようにタルテがそう呟いた。


 彼女は木魔法で薬草の類を生成することができるが、それは同時に毒草も生成できるということだ。彼女の手にかかれば、除虫菊のように人には無害で土蟲にだけ毒性を示す毒草なども生成することができるだろう。


「流石にそれは最終手段ですわね。タルテのことだから問題は無いのでしょうが、醜聞が付いて回りますわ」


「そうだね。王都の水源の地に毒を撒いたとなると…。色々うるさく言われそうだね…」


 メルルとナナがタルテの呟きに応える。俺はその会話を聞いて、もう一つの仮説にたどり着いた。内側から湧き上がるような焦りを押さえつけるように、俺はゆっくりと息を吐き出した。


「…あの騎士団は、水源警備についているって言ってたよな?王都に繋がる水道橋。その大元の水源の警備…。その警備をしている彼らがここに居るってことは…、今は誰が水源を警備しているんだ?」


 俺の発言を聞いて、ナナとメルルが小さく息を飲む。直前に毒の話をしていたため、俺が何を言いたいか直ぐに思い至ったのだろう。タルテも二人に遅れて現状が危機的事態に陥っている可能性に気付いたようだ。


「俺の考え過ぎならそれでいいんだ。だけど、これを仕組んだのがテロリストみたいな奴らなら…、水源に毒を入れることも考えられる。土蟲は水源の警備を引き剥がすための陽動ってことだ」


「確かに筋は通ってるね…。ちょっとこれ不味いんじゃない?」


「ああ。沢山の人が死ぬ可能性があるし…。それに、恐らくこの土蟲はネルカトルで仕入れたものだ。となると毒もネルカトルの魔境産だろうよ。幾らネルカトル辺境伯に非が無くても、毒の産地として攻められるぞ…」


 俺らは無言で見詰めあい、次の行動指針を決定した。騎士団が水源警備を離れてそこそこの時間が経っている筈だ。あまりぐずぐずして居る暇は無い。それこそ手遅れではないかと焦る気持ちもある。


『イブキ。聞いてくれ。俺ら四人は水源に向かう。水源を手薄にすることが目的なのかもしれない』


『ちょっと…!いきなりなんなのよ…!水源…?へぇ…なるほどね。そういうこと…』


 声送りの術でいきなり声を送りつけたため、イブキは不機嫌に返事をしたが、直ぐに俺の考えを理解したのか、納得したかのようにゆっくりとそう呟いた。


『それじゃ、悪いが先生達に俺らが行くことを弁明しといてくれ。余り時間が無い』


 俺は一方的にそう申し付けると、ナナとメルル、タルテと共に土壁を飛び越えて水源に向けて走り始めた。


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