第183話 またまた危ない湧水の森

◇またまた危ない湧水の森◇


「ふう…。ここまでやれば、後はどうにか守りきれるかな…?」


 魔法を打つ手を止め、汗を拭いながらナナはそう呟いた。濁流の如く押し寄せる土蟲の群れはナナとメルルの魔法で押しとめた。まだ多くの土蟲が残っているとはいえ、防衛するだけならばそう問題は無いはずだ。


 しかし、懸念事項があるとすれば、防衛を行うのがまだ学生と言うことだろう。


「…生徒達が耐えられるでしょうか?体力は何より、篭城戦というのは精神力も必要とします」


 メルルも同じことを思ったのか、心配そうな顔をして生徒達を見詰める。怪我の手当てを終えた生徒達が戻り始めているとはいえ、全体的に疲労の顔色が見え始めている。


 …ネイヴィルスは平気な顔、むしろ飽きてきたような顔をしてひたすら作業の如く土蟲を狩っているが、それは珍しいほうだ。かなりの腕前を見せたホフマンでさえ、口数を少なくして渋い顔をしながら剣を振っている。


「…仕方ねぇ。考えるのは後だ。今はこの状況を何とかするのが優先だな…」


 ペガルダはそう呟いて壁に沿って進みながら中に進入してきた土蟲を討伐していく。俺も生徒達をカバーするように土蟲を切り裂いて進む。


 王都までの距離を考えれば、援軍がここにたどり着くのは夜明け近くになるだろう。しかし、夜明けまでにはまだ結構な時間が掛かる。それまでに生徒たちが持てばいいが、どこか一つが決壊すればそこから土蟲が中に流れ込む恐れもある。


 一応、交代で生徒達を休めているようだが、まだ組織立った動きに慣れている訳ではないので、その動きもどこか精細に欠いている。


「ハルトさん…!ただ今戻りました…!お怪我した方はいませんか…?」


 そうこうしている内に、治療に回っていたタルテが前線に戻ってきた。修道服は血や土で汚れてはいるが、彼女自身はまだ十分な余力を残しているようだ。


「お、治療所はもう大丈夫なのか?」


「はい…!状況が落ち着いて他に手が前あるようになったので…!私は戦えるので、前線で無理をしている方をその場で治療しようかと…!」


 その声を聞いていたのか、幾人かの狩人から声が上がる。小さな怪我ゆえに無視していたらしいが、その傷には麻痺毒が入ってきている。戦うのに問題ない程度の麻痺ではあるのだろうが、やはり十全に戦うためには直しておきたいのだろう。


 戦う者の側にタルテが駆け寄り、片っ端から治療していっている。彼女が来てくれたおかげで、戦列に穴を開ける事無く、戦力を維持することができている。


「タ、タルテさん。その、じ、自分も治療をお願いしてもらっていいだろうか。すこし、腕を切ってしまってね」


「はい…!直ぐ治しますね…!…無理をする時ですけど、無茶はしないで下さいね…?」


 近くに駆け寄ってきたタルテにホフマンが声を掛ける。タルテは差し出された手を掴むと、労わりながらもその傷を光魔法で即座に治療していく。


「あ、ありがとうございます。タルテさん…」


「おい!ホフマン!サボってないで治したんならさっさと戦え!」


 ネイヴィルスが唾を飛ばしながらホフマンに怒鳴る。


「あ、あの!俺も治療を…」


「おい!次は俺だぞ!」


「は、はい…!端の方から行きますので待っていてくださいね…!」


 生徒達も次々と声をあげ、端からタルテが治療する。単純なことだが、可愛い女の子が来ただけで、男共は士気を上げている。そして、数少ない女子生徒や女性狩人からは冷たい視線が男達に注がれている。


 タルテとナナやメルルの存在のお陰でこの場の士気は高揚している。ここが森からの土蟲が真っ先にぶつかる最も忙しい場所ではあるため、馬鹿にはできない効果だ。


 他の場所…。こことは反対側の地点などは大丈夫かとそちらに顔を向けてみれば、同時に歓声が上がった。


「来た!援軍が来たぞ!」


 歓喜の声を上げる生徒を教師たちが気を緩めないようにと嗜める。そちらに風を伸ばして確認してみれば、騎士団らしき者達が野営地の入り口に辿り着いていた。


「オルドダナ学院の諸君!助けに来たぞ!全員無事かぁ!」


 空中に魔道具の照明弾が上がり、こちらの防衛拠点に向けて騎士が土蟲を切りつけながら向かってくる。


 未だに野営地は土蟲で溢れており、新たに追加された餌に向かって土蟲が集まっていくが、騎士は膝を折ることは無い。勿論、騎士の戦闘能力が高いこともあるが、全身甲冑フルプレートメイルの存在が大きいだろう。


 幾ら土蟲が騎士に集ろうと、その小さな口は板金を貫くほどの力は無い。まさに鎧袖一触という状態だ。それこそ、手足を振り回しているだけでも怪我を負う事無く土蟲の数を減らしていけるだろう。


 …ある意味、重鎧歩兵が駄々っ子のように地面でゴロゴロすることが、土蟲の群れへの最適解の一つなのかもしれない。土蟲は勝手に集まって来てくれるし、即座に仕留めることはできないが確実に数を削ることができる。


 援軍の到着の情報は、一気に防衛拠点中を駆け巡った。披露し始めていた生徒達も、今が耐え時と再度奮起して戦い始める。なにより、騎士団に向けて何割かの土蟲が向かったため、プレッシャーが弱まり、格段に戦いやすくなった。


「確実に数は減って来ているぞ!皆の衆!もう少し頑張るのだ!今を耐えれば助かるぞ!」


 教師も生徒達を鼓舞するように声を上げる。防衛拠点の内部からは歓喜や奮起、安堵など、様々な思いが込められた声が上がる。


「んんん?メルル、ナナ。あの騎士団が本物かわかるか?」


 俺は想定よりも早く援軍が辿り着いたことに疑問を覚えた。単に俺の想定間違いや、たまたま騎士団が近場にいたのであれば問題が無いが、彼らが今回のことを仕込んだ可能性がある。


 もし、彼らが偽物の騎士団であっても、援軍として駆けつけたこともあり、疑われるどころか多くの信頼を得ることができるはずだ。それこそ、特定の生徒を保護するためという名目で生きたまま攫うことも可能になるだろう。


 帰還の際に、保護のためだといって生徒達に馬車を用意し、馬車にのる面子を操って標的を一つの馬車に乗せる。そして帰還途中に一台の馬車が行方不明になってしまう…。仕掛けに対して回りくどい気がするが、一人ならともかく、複数の標的を攫うことが目的ならばありえなくは無い。


「どうだろう。遠目で見た感じは…、正規の騎士団の装備に見えるけど…」


 俺の質問に、目を細めて騎士団を見詰めるナナがそう答えた。


「念のため、警戒しておきますか…。確かにあの騎士団が犯人なら厄介なことになりそうですわね…」


 幸いにして、兵士科の教師陣ならば騎士団に繋がりの有る者は多いはずだ。不自然な点があれば気付くことができるだろう。俺は次なる戦いの可能性に、再度気を引き締めた。


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