第175話 飛び込む湧水の森
◇飛び込む湧水の森◇
「いやぁ。流石狩人だね。見てよ、兵士科の人よりも早く終わってるよ」
コレットがにこやかな笑顔を浮かべて荷物をテントに仕舞いこむ。コレットが褒めているのは野営地でのテントの設営の早さだ。普段使いのテントではなく、学院から支給されたテントであるが、そう構造は変わらないので、物の数分で組み立てることができた。
といっても、兵士科の生徒は設営も練習して来ているのか、そう遅れる事無く設営を終えていっている。戸惑っているのは慣れていない学士の生徒くらいだが、女性の学士科生徒はタルテとイブキが手伝うことで、男子の学士科生徒に先んじて設営を終わらせ、今は周囲の狩人と争っている。
「そっちに生えているのは
「お、おい。嬢ちゃん達…、あんまり取り過ぎないでくれよ…」
「大丈夫よ。ここにいるのはその辺をちゃんと習っている学士科の生徒よ?」
「いや、でもよ…、それは狩人が利用するのためであって…」
「何よケチ臭いわね。少し味を見る程度にしか取らないわよ!」
学士科の女子生徒はタルテとイブキに引率されて、野営地周りの山菜を集めている。そしてその集団を狩人達が不安そうな顔をして取り囲んでいるのだ。
こういった森が開けて野営地としてよく利用される場所の周囲には山菜が豊富に茂っていることが多い。それはなにも勝手に生えたのではなく、狩人達が自分たちで食べるために、森で見つけた株をわざわざ野営地の周囲に植えて増やしているのだ。
もちろん、それは独り占めするためのものではない。野営地の使用者で山菜をシェアして、皆で管理をしているのだ。狩人の考えとして、森の物は誰のものでもないという考えが根底にあるので、俺らが採集しても問題は無いのだが、狩人達は山菜畑が荒らされると思って気が気じゃないのだろう。
「流石はジュブナイル。もう設営が終わってるんだ。悪いんだけどこっちの班も手伝ってくれないかな」
「ん?ああ構わないぞ。女性陣の方はもう終わっているみたいだしな」
「というか、その呼び方どうなの?イブキさんに散々怒られたでしょ」
まだ設営の終わっていない男子陣から、助けを求める声が掛かる。…ジュブナイルと言うのは俺とコレット、タルテ、そしてイブキの四人組を指す呼び名だ。ハーフリングの血を引くイブキは勿論のこと、タルテも背が低く幼い見た目だ。そしてコレットも俺も童顔なので、年齢以上に幼く見える。
そしてその四人が全員、学士科の成績上位者であるため、いつしかひと括りにされ
最初にそう呼び始めたのが、タルテやイブキを可愛がった女性陣であったため、俺は特に気にしていなかったのだが、男子にそう呼ばれたイブキは、半人前扱いされたと思いだいぶお冠であったのだ。
「でも、僕らが手伝って大丈夫?男子の中にはあまり僕らに良い顔しない人が多いでしょ?」
他の男子達の設営場所に向かいながらコレットがそう指摘する。成績がいいから、…というよりもジュブナイルと呼ばれて女性陣にちやほやされているのが置きに召さないらしい。主にちやほやされているのはタルテとイブキなのだが、そんなことは関係ないらしい。
「そこは大丈夫。ほら、みんなさっさと終わらしてあれに参加したいみたい」
彼が指差すのはまるでケーキバイキングのように騒ぐ山菜取りの女子達だ。薬草学や魔性生物学を学ぶ彼女達にとって、目の前の山菜たちは似たようなものなのだろう。
俺はコレットともに男子の学士科生徒の設営を手伝っていく。全てを一人でやると訓練にならないため、なるべく補助に回るようにして、それと無く適切に動けるよう促がす。
男子諸君は多少悔しそうな顔をするものの、面倒な設営なさっさと終わらして女子と共に森の観察に向かいたいらしく、文句も言わずに素直にしたがってテントを組み立てていく。
「ほう。今年は慣れている子が多いみたいですね。何時もはまごついて結局、狩人の手を借りて組み立てるのですが…」
遠巻きに俺らを見ていたヒゲージ教授が、笑みを浮かべながらそう言葉を放つ。…女子の設営を手伝ったタルテとイブキ、そして男子の設営を手伝った俺は狩人であるため、ある意味例年と同じく狩人に手伝ってもらったことになるのだが…。
「さて、皆さん。周囲の観察はその辺にしてこちらに集まってください。班に分かれて森への散策を行いますよ」
今度はクスシリム準教授が声をあげて生徒を集める。女子生徒は採集した山菜を設営した拠点に置くと、クスシリム準教授の下に集まっていく。残念ながら男子は殆ど採集の時間が取れなかったが、それはこの後の森の散策でも十分に可能だ。
「それじゃぁ、班ごとに分かれて並んでくださいね。今、兵士科の生徒たちも来ますから」
その声と共に、俺らは事前に決められた班ごとに分かれる。…俺の班は先ほど、話題に上がったジュブナイルだ。俺とタルテ、そしてイブキとコレットの四人班。四人のうち三人が狩人という大胆な班構成だ。
成績優秀者で固まるなど他の生徒から文句が出そうなものではあるが、むしろ背丈の小さいイブキやタルテが森を歩く上で不利だと思われたのか、意外と文句が出る事無くこの班構成になったのだ。
「はいそれじゃ、兵士科の皆さんよろしくお願いしますね」
「皆さん、森を進む際はちゃんと兵士科の生徒と足並みをそろえるのですよ」
ヒゲージ教授とクスシリム準教授が声を上げると、同じように班に分かれた兵士科の生徒たちが学士科の生徒の下に向かってくる。
俺らの班の方にも兵士科の生徒が向かってくるが、その顔ぶれをみて、俺の気分が一気に重くなる。
「…再びまたお会いしましたね。私としては光栄なのですが、今後のことを考えると気が重いですね…」
そう言って、俺と同じように渋い顔をしたホフマンが俺に声を掛ける。…彼の後ろでは、牙を向いた犬のような顔付きでネイヴィルスが唸っていた。
一応は直ぐに食って掛かるようなことは無いように言い聞かされているようだ。しかし、それでもネイヴィルスの周りには、同じ隊員と思われる兵士科の生徒がネイヴィルスの挙動を見張っている。
「…それじゃ、自己紹介とルートの相談をしようか…」
念のため、俺も直ぐに動けるような体勢をとりながら、俺はホフマンに言葉を返した。
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