第174話 まだ飛び出さない湧水の森
◇まだ飛び出さない湧水の森◇
「あ!ハルト!タルテちゃん!ここにいたんだね!」
ネイヴィルスとホフマンと入れ替わるように、今度はナナとメルルがこちらに駆け寄ってくる。美人二人組みの狩人という目を引く存在のためか、二人がこちらに移動するのに合わせて、周囲の視線も伴って移動する。
「二人ともお疲れ。…なにか新しい情報はあったりするか?」
「それが、残念ながら特にありませんの。朝方に狩人が再度森に入りましたが、いたって平穏。むしろ度重なる間引きのせいか、何時も以上に静かな森ですわね」
ナナとメルルは狩人として来ているため、朝から俺らとは別行動だ。朝にも森を調査しに入ったということは、狩人ギルドも警戒度を引き上げているようだ。
「他の狩人達の雰囲気は二極化しているかな。より具体的な情報を入手するために私達にわざわざ聞いてくる人たちも居れば、子供のお守りとしか考えていないような人たちもいるね」
「へぇ…、警戒度を上げる狩人は極少数かと思っていたんだが、意外といるみたいだな」
俺らが森で見つけた痕跡は言ってしまえば骨の山を見つけただけだ。特に危険な魔物の痕跡を見つけたわけでは無いため、狩人が危機感を覚えるには少し弱いと考えていたのだ。
「痕跡が人間のものだったことが重要みたいだよ。王都は魔物がおこす事件よりも、人が起こす事件の方がずっと多いから…」
「なるほどな…。田舎者の俺らよりも、ずっと人に対する警戒度が高いのか…」
俺はナナの発言に納得したように軽く頷いて見せた。生徒たちを遠巻きに眺めている狩人達を見てみれば、ナナの言うとおり真剣な顔付きをしている者と、面倒そうな顔をしている者と二分されている。
「ナナさんとメルルさんも…、私達と一緒に行けそうですか…?」
何時もの面子で行動するのを望んでいるのか、タルテは寂しそうな顔で二人に尋ねる。
「うん。これからは生徒たちの近場で護衛に入るから、一緒に行けるはず」
「ただ、基本は生徒たちに任せて邪魔にならないように、とのことなので、何時ものようにとはいきません。恐らく、後ろで見守ることになりますわ」
そう言って、メルルは申し訳無さそうにしながらタルテの頭を撫でる。その程度の距離であれば風で声を飛ばして会話をすることもできるが、流石に常時それを展開するとなると俺の消耗が大きすぎる。やれなくは無いだろうが、いざ何かが起きたときのために消耗は抑えておきたい。
「ちょっと、あなたたち。楽しくおしゃべりもいいけど、もう始まるわよ。いつまで話しているつもり?」
「ああ、すまん。今行くよ。…それじゃ、また後で」
背後からイブキの声が掛かる。見れば、学士の生徒は教授たちの下へと集まり始めている。俺とタルテはナナとメルルに軽く手を上げて別れを告げると、小走りでそちらに向かった。
「さぁ学士科の皆さんはこちらに集まってください。ここが王都近辺で最も大きな生態系を築いている湧水の森になります。今、兵士科の方々が先行して安全確認をしておりますので、その後に皆さんが入っていくことになります」
ヒゲージ教授が、生徒たちに湧水の森の生態系を説明していく。その説明に合わせて、生徒たちの視線は森の中へ向けて忙しなく動いていく。
入り口から見る湧水の森は、以前に俺らが入ったときと、変わらぬ姿でそこに佇んでいる。森からは時折、冷たく水気を含んだ風が吹き付けており、生徒はそれを防ぐかのように学士のローブの襟を直した。
「では、皆さん。そろそろ森に入りますよ。まずは野営地に向かうことが目標です。興味深いものを見つけても、決して列から出ずに付いて来てくださいね」
そう言って、兵士科の者達に守られるようにして、俺らは森の奥へと向かっていく。野営地までの道のりは軍部が水道橋の警備のために使用している道を利用する。狩人が使う林道よりも太く踏み固められた歩きやすい道のりだ。
辺境都市アウレリアの大森林は岩の多い地質であったが、湧水の森は豊かな腐葉土が何層にも重なって作られたような地質だ。そのため、森の空気は豊かな土の香りを含んでおり、嗅ぎなれぬ香りに鼻をひくつかせる生徒もいる。
「ねぇ、さっき少し聞かせてもらったけど、骨の山を見つけたのってあなたたちだったの?」
林道を進んでいると、イブキが俺にそう尋ねてきた。その顔はフィールドワークをする学士と言うよりも、森を畏れる狩人の顔付きだ。
「…ギルドで情報を仕入れたのか」
「あたりまえじゃない。ソロで活動する私は何よりも情報を大切にするわ。幾ら授業だからって森に入るのに情報を仕入れないわけ無いじゃない」
俺はイブキに事前調査で見つけたものを報告する。狩人らしからぬ足取りに一目を避けるようなルート。そして大量の魔物の骨。たまたまと言うには不自然な点も多く、なにより目的が良く解からないということが俺の警戒心を引き上げている。
「そう。野営地の近くでありながら、警邏の範囲をちょうど外れる距離と位置ね…。たしかに偶然で片付けるには無理があるわね」
「だけど、何をするつもりなのか、或いは何をしたいのかが良く解からないんだよな…」
「骨はただ捨ててあっただけなの?妙な薬剤もあったと聞いたわ。…骨は魔術の触媒にもなるし、その線は無いのかしら?魔術的な処理を施して、それで野営地を襲うとか」
「もちろん、その可能性もあるから骨はギルドが焼却処分した。薬剤は…、毒ではなかったらしい。成分的には睡眠薬に近かったらしいが…。正直、ギルドも何に用いる薬か図りかねているようだ」
俺は狩人ギルドから仕入れた情報をイブキに伝える。発見者である俺らは、他のものよりも多くの情報を狩人ギルドから聞きだすことができている。
「あの骨は…魔術的な感じはしませんでした…。その…言葉に表しづらいのですが…ちゃんと森に還りつつありました…」
俺らの話を聞いて、タルテが静かにそう言った。骨の山を前にしたとき、タルテは葬儀を行わなかった。彼女曰く、量は異常で有るものの、ちゃんと森の理に乗っ取って死んでいるらしい。森に還りつつある骨は触媒としての効果も低下する。念のために焼却処理をしたものの、骨をなにかに利用する可能性は低いそうだ。
「何より、メルルが言っていたんだが、学院や多数の生徒の家を敵に回してまで襲う価値のある人間がこの演習には参加していないらしい。お姫様がお忍びで参加している訳じゃないんだろ?そのこともあって、学院もギルドもそこまで危険視はしていないようだ」
俺はぼやくようにしてイブキに情報を伝える。仕方ないこととはいえ、周囲を歩く学生は完全に遠足気分だ。…辺境であれば、森に少しでも異変があれば正式に調査隊が組まれ、一般人の立ち入りが禁止されるのが常だ。
俺らが見つけたのは人為的なものであり、一般人の立ち入りを規制するほどの事ではないが、それでも演習で森に慣れていない生徒を大量に森に入れるとは思わなかった。
大きな異変の前には小さな百の異変が存在する。森と共に生きる民であるがために何よりも森を畏れる。森に対する畏怖の念の差に、俺は改めて王都へと来たのだと実感した。
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