第172話 いつかみた風景
◇いつかみた風景◇
「えと…!この地図を見てください…!ここと…ここが、ギルドでも周知されている薬草の群生地帯です…!そして、ここが広く開けた場所で野営地候補です…!」
そう言ってタルテは、俺らに手元の地図を突き出して指でその位置を示す。その地図には俺らが実際に確認した情報以外にも、ギルドなどで公表されている情報が書き込まれている。そして、彼女はそんな情報の内、いくつかの存在を指で指し示した。
「野営地の場所などは発表されていないのですけど…、基本的な薬草の群生地に近くて…、多人数の野営が可能な場所となると…」
タルテは窺うようにして俺らの顔を見詰める。タルテは皆まで言うことは無かったが、言いたいことは伝わった。そもそも、多人数が野営可能な場所はそう多くないうえ、そのような場所は周知されている。薬草の分布位置から推測すれば、使用する野営地も当たりが付くのだろう。
「オルドダナ学院の関係者が演習のために何かしらの準備をしていると考えるには…、これまでの道通りがおかしいですわね…」
「となると…野営地に何者かが何か仕掛けようと企んでるって事か?どうする?このまま痕跡を追ってもいいが時間は掛かるぞ?」
痕跡を追う…と言っても明確な痕跡が残っているわけではないので、追うのは時間が掛かる。現にここに来るまでも、何度か痕跡を見失い来た道を戻ることもあった。目標地点に目星が付くならばそこに直行するのも手だ。
「ナナ。ここの野営地を見張る…、あるいは襲うと考えたとき、どの位置が適しているでしょうか?」
俺が悩んでいると、メルルがタルテの地図をナナの目の前に広げるようにして渡してそう言った。ナナはその地図を受け取ると、下唇に指を当てて考え込む。もう片手は地図を指でなぞり、思考の海へと潜って行っている。
「…野営地の動向を見張るには…、この辺りの高台が向いているけど…、野営地からも視線が通るし、潜むには近すぎる。…複数人の傭兵と仮定すると、見つからずに潜める距離は…」
呟きながら思考をまとめていくナナを俺は観察する。ナナは幼少の頃、騎士団で鍛えていただけあって、こういった兵法にも通じている。
「ふふ…。ナナったら学院の軍略の授業でも注目されているのですよ。女と侮った男連中に机上作戦演習で片っ端から土をつけましたので」
「おおう。政務科でも軍略を学ぶのか?」
「昔から、軍を率いるのは貴族の務めですからね。今では軍事に携わらない人も多いですが、それでも初級軍略は必須科目です。…兵士科とも共通の授業ですので、ナナは向こうの人たちにも注目されていますわ」
メルルは自分の事のようにナナの活躍を自慢する。机上作戦演習は将棋やチェスをもっと現実の用兵に即したもの…、というよりそれらの大本になったものだ。それぞれが指揮官となり、机上で軍を動かし勝負をする演習だ。
「みんな、…私ならこの辺に拠点を作る。もちろん、人数とか装備とか目的とかが仮定だから確実じゃないんだけど…」
ナナは俺らに地図を向け、一点を指で指し示す。彼女の指差す位置は、今現在、俺らが追ってきた痕跡の進む先としても不自然ではない。
「…よし。そこを目指して進もう。この距離なら時間的にも問題ないだろう」
俺らはナナの指し示す位置を目標に据え、森の中を進んで行く。痕跡を丁寧に辿っていくことは止めたが、時折見つかる何者かの痕跡が、ナナの推測の正しさを補強していく。
「…しかし、仮に野営演習が目的だとして…、何をするつもりなんだ?貴族関係にはあまり詳しくないが、野営演習にかこつけて誰かを暗殺するとかありえるのか?」
俺は歩きながらも、後ろに続くメルルに疑問を投げかける。今回の依頼は野営演習の安全確保が目的であるため、真っ先に警戒すべき内容として暗殺や誘拐しての身代金が思い浮かぶが、それがあまり賢い方法だとは思えない。
「そうですね…。誰かを襲う目的があったとしてもあまりにもリスクが大きすぎます。それに野営演習に参加する者は次男や三男などの嫡男以外ですので…」
メルルは暗にそこまでして殺す価値は無いと俺に伝える。参加者に王族や高位貴族の嫡男がいるのであれば解からなくは無いが、そういった者は政務科なので野営演習には参加しない。それでいて、下手すれば参加する全ての貴族子女の家を敵に回すとなると、リスクが見合っていないように思える。
「うう…。やっぱり暗殺とか…あるんですか…?」
「大丈夫だよタルテちゃん。メルルの言うとおり、そういうのは高位貴族の話だから…」
後ろ暗い話にタルテが脅えたように呟き、それをナナがフォローするが、暗殺自体を否定できていないのであまりフォローになっていない。
俺らはあれやこれやと犯人の狙いを話しながら森を進んで行く。そして、ナナの指定した範囲までもう少しと言うところで、異様な光景が俺の目に飛び込んできた。
「…ナナ。流石だな。指定した位置と殆どずれていない」
「やっぱり地図はそこまで地形が性格じゃないからね。その分すこしずれてしまったよ。…それにしても、異様な光景のはずなのに、妙に懐かしい気もするよ」
その光景を見てナナが苦笑いをする。タルテは悲しそうな顔をしたあと、祈るように手を組んだ。
…俺らの視界に飛び込んできたのは骨の山だ。わざわざ遠方から見えぬように軽く掘られ、木々の枝で軽く隠されている。その骨の山の近くには何者かが野営をした後も残っている。
「骨には…刀傷が残っているな。状況から見てここで野営をした人間が仕留めたのだろう。…どれもこの森に生息する獣だ」
「…ここで野営をしていた人たちは随分食いしん坊だったようですわね。いったい何人前でしょうか」
「私達みたいに獣の間引きを依頼された結果…と考えるにはちょっと異様だよね」
ナナの言うように、参加者の親御が子供を心配して私兵で間引きを行ったという仮説も出てはいたが、それでは説明しきれない点も多々ある。たとえば骨の中には食用に適さない魔獣も多くいる。食べずに死体を一箇所に纏めたとなると、それはそれで生態系を壊す切欠になる行動だ。
「ハルトさん…!こっちには、大量の薬瓶があります…!」
こんどはタルテが骨の山の一角で、不自然なほどの薬瓶を見つける。いくつかの瓶には極少量の薬液が残っており、タルテはそれを拾い上げると薬液の臭いをかいだ。
「…んん?栄養剤…?にしては眠薬のような臭いもします…。なんか色々混ざってますね…」
「毒って訳じゃないのか。てっきり狩猟にそれを使ったと思ったんだが…」
俺は僅かに残った薬液を一つの瓶に集め、それを割れないよう布で巻いてから背嚢に入れた。
「…少し周囲を調べてから、ギルドに報告しよう。願わくばこれをした者がちゃんと狩猟報告をしていることだな…」
何を目的としたかは未だに解からないが、報告をすればギルドも調査を行うだろう。もしかしたら俺らの心配のし過ぎで、既にギルドは情報を持っているかもしれない。
俺らは周囲を調べ、地面に沈む太陽と競争するかのように、湧水の森を後にした。
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