第170話 狩人は獣を狩りに来た

◇狩人は獣を狩りに来た◇


「んんんん…?見つけたが…こっちも補足されてるみたいだな。ちょっと風向きが悪いな」


 野営演習の事前準備の為の魔物や野獣の間引き。俺らはそのために郊外の森へと狩猟に来ていた。王都の西に広がる比較的大規模な森。正式名称は無く、狩人の間では湧水の森と呼ばれている。


 というのも、王都の周りは大半が開拓されており、農地として使われているが、唯一王都の近くでありながら開拓されていないのがこの湧水の森だ。と言うのも、王都より僅かに高地となっているこの森が王都の水源となっている湧水の地であるためそう呼ばれている。


 飲料水として利用されている水の大半は井戸水であるが、その井戸水もこの森が蓄えた水が大本といわれている。さらにはそれだけではなく、森から流れ出る水は水道橋を用いて王都にも運ばれている。


 水源の地であるため開拓されることは無く、半ば管理されたような森。それがこの湧水の森だ。王都の狩人の間では数少ない近隣での狩場であるため、森の浅層では若い狩人の姿も多い。


 水道橋の大本の湧き水の地には軍が駐在しているため、そこに至るまでの道も整備されており、素人でも活動しやすい森だろう。


「ハルト。…どうする?こちらから仕掛ける?」


「いや、こちらからと言うより…、向こうはこちらを避けてるな。この感じは狼系だと思うんだが…、肉食獣のくせして逃げるのか…」


 風魔法使いの狩人である俺が風向きで失敗することは無い。ではなぜ風向きが悪く働いたかと言うと、学生にとって危険となる肉食獣を間引くために、あえてこちらの存在をアピールしながら森を進んでいたからだ。


 もちろん生態系を守るため、肉食獣を殺したらその分、草食獣を間引く必要があるが、最も優先して間引く必要があるのは向こうから襲ってくるような存在だ。だからこそ風向きを気にせず森を進んできたのだが、まさか逃げ出すとは思わなかった。


「人が多く入る森ですから、人を恐れているのでしょう。…国が狙ってやっているのかはわかりませんが、安全な森ですね」


 メルルの言うことに納得するように俺は軽く頷いた。軍も出入りするこの森では、最上位の捕食者の地位を閉めるのは人間なのだろう。アウレリアの大森林は狩人も多いが、強力な魔物も多いので、よく人間も魔物のご飯になっている。あそこでは人間はまだまだ下位の肉食性捕食者に過ぎない。


「一応、狩人ギルドで調べた結果、過去にはくらまし猫クァールが出たこともあるらしい。ギルドの見解だと湧水の森に根付いた個体ではなく、他の森から流れてきた個体だそうだ。そういった魔物が潜む可能性を潰すのがこの依頼の主目的だな」


 くらまし猫クァールは魔法で自分の位置を錯覚させる豹のような魔物だ。特定の縄張りを持つ事無く、広範囲を徘徊して狩りを行う。その不意打ちを主体とした狩猟方法で、自分より強大な敵にも挑んでいくため、人を恐れることのない好戦的な魔物だ。


 俺らは逃げる魔物は無視して、他の危険性の高い魔物を探して森の中を散策する。湧水の地であるからか、足元の土壌は水気を多く含んでおり、湿った森の香りが辺りを包み込む。


 時折、俺らが居ても逃げ出さない魔物を見つけては、それを仕留めて討伐証明部位を回収していく。残念ながら食肉や毛皮が高く売れる魔物はそこまで多くない。ある程度の見切りをつけて手早く次へと進む。


「おお…!水鳳花グラスフラワーの群生地です…!す、すこし待ってください…!地図に書き込みます…!」


 俺らの目前に広がった白い花の群生地にタルテが興奮する。彼女の反応から見て何かしらの薬草なのだろう。


 タルテはお手製の森の地図にここに至るまでの道筋を書き込んでいく。彼女がやっているのはある意味ズルだ。事前に湧水の森に入ることとなったため、本来は野営演習の際にやることになるであろう薬草の分布調査と観察を済ましているのだ。


 タルテはズルをすることに躊躇してはいたものの、薬草の分布調査は狩人にとっては至極当たり前の行動であるし、事前に済ませば当日にナナやメルルと過ごす時間的余裕ができると聞いて、今回の依頼では詳しく湧水の森の植生を記述しているのだ。


「ハルト様は大丈夫ですか?ハルト様も魔性動物学のレポートがあるのでしょう?」


 ペンを走らせるタルテを見ながら、メルルが俺に向かって尋ねる。


「正直言ってギルドの資料を基に考察が書けるから、実地で記録することがあまり無いんだ。それに当日に何が現れるか解からないしな」


 仕留めた魔物の姿を記録してもいいが、当日にもその魔物を仕留めないとイカサマが白日の下に晒されてしまう。しかも、当日に戦うのは学士科の俺ではなく兵士科の者達だ。同じ魔物が当日に都合よく討伐されると考えるのは希望的観測が過ぎるだろう。


「なるほどね。…てことは私が書いてるギルドへの報告書もレポートには役立たないのかな?」


 今回の依頼は特定の魔物の討伐ではなく間引きだ。そのため、何処で何を狩ったかを報告書にしてギルドに提出する必要がある。何時もはそういった報告書は俺が作成しているのだが、今回は当日に俺が居ないため、ナナが報告書を記述しているのだ。


 …残念ながらその報告書も使えない。提出したところで、いつどうやって調査をしたのかと指摘されてしまうだろう。


「まぁ、全く無意味って訳じゃない。森の地形を把握しておけば当日の調査も楽だろうしな」


 …というか、大半は俺と違って事前情報も無い状態で挑むんだ。レポートに関してはそこまで心配はしていない。


「お待たせしました…!もう大丈夫です…!」


 記録を追え、何株か薬草を採集したタルテから俺らに声が掛かる。


「でも変ですね…。水鳳花グラスフラワーって…そこそこ高いのですが、あまり採集されてません…」


「結構奥地だからかな?いい穴場をみつけたね。…あぁ、当日にここに来ちゃうと他の人にもばれちゃうのかな?」


 移動を開始するタルテとナナの会話が聞こえるが、その内容を聞いて俺とメルルは足を止める。同じものに気が付いているのか、俺とメルルは足元の地面を見詰めたあと、互いに視線を合わした。俺らの異変に気が付き、タルテとメルルがこちらに振り返った。


「…タルテ。この水鳳花グラスフラワーってどのぐらい高価なんだ?銀級の稼ぎになるほどか?」


「ふぇ…?十分になりますよ…!水気の多い地じゃないと生えないんで珍しいんです…!これを目的にここまで来る価値はあります…!」


「ハルト。この薬草を暫くの稼ぎにするつもりなの?」


 ナナとタルテは俺がこの薬草に目をつけたと思ったのだろう。…しかし、俺とメルルは別のことを考えている。俺は二人に説明するために近場の地面を指差した。


「足跡。…それも、そこそこの人数だ。狩人のものだと思ったんだが…、この薬草が高価となると…ちょっとおかしくないか?」


 俺は尋ねかけるようにしてそう呟いた。


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