第169話 狩人は獣を狩りに行く

◇狩人は獣を狩りに行く◇


「ふぅ…。久しぶりに狩人に戻れるね…。ずっと袖を通していたものだからこの重さが懐かしいよ」


 鎧を身につけ、波刃剣フランベルジュを背中に背負ったナナが、意気揚々と王都の街並みを進んで行く。今日は全員授業が入っていないため、妖精の首飾りとしての活動日だ。ナナもメルルも普段の貴族の装いを辞めて狩人としての格好に戻っている。


「ふふふ。ナナは貴族よりもすっかり狩人の方がが馴染んでいますね。経済学の授業の時とは別人のようです」


 メルルがナナの様子を微笑ましそうに眺めながら後に続く。


 本当はもっと早めに狩人ギルドに顔を出す予定であったのが、入試のための手続きや勉強、更には寮への引越しなどで時間が取れず、王都までの護衛の完了処置と移籍届けを出したっきりで、しっかりと活動するのはこれが初めてだ。


 …といっても、今日は依頼を受けるつもりは無い。一応様子見と言うことを伝えているがナナのやる気を見るに、ちょうど良い依頼があれば受けてみてもいいかもしれない。


 オルドダナ学院から大通りを進み、南門の近くにあるギルド会館にまで足を運ぶ。総本部だけあってかなり大きな会館だ。


 俺らは会館の門を開き、ギルド会館の中に入る。中には多数の傭兵や狩人、ギルド員の方々が忙しそうに動き回っている。傭兵や狩人から、新顔である俺らに視線を向けるが、大半はすぐに興味をなくしたかのように目を逸らす。


 …何人かは女性陣を品定めするかのように品の無い視線と笑みを浮かべるが、それでもメルルに視線が向かうと何かに気が付いたかのように視線を逸らした。


「…?なんか普段の目線とは違うね?ハルト、威嚇した?」


 ナナが不思議そうに首を傾げて俺に尋ねる。


「恐らく、私のせいでしょう。王都で仕事をするものは貴族を目にする機会が多いですからね」


 メルルが小声で俺らに伝える。メルルも狩人の格好をしているが、手入れのされた長い銀髪は見るものが見れば貴族と直ぐにわかるのだろう。流石に貴族の女性に手を出す危険性を理解する理性は持っているようだ。


「ふええ…。おっきい掲示板ですね…。依頼が沢山あります…!」


 タルテが大きな掲示板を見上げて感嘆の声を上げる。依頼の多さは王都の人口の多さによるものなのだろう。俺も掲示板に張られた依頼を吟味するかのように眺める。


「まぁ、解かっていたけど狩人系の依頼よりも傭兵系の依頼の方が多いな。数少ない狩人系の依頼も遠方のものが多いな」


 王府のお膝元だけあって王都の周囲は魔物が少ない。そのため、狩人の仕事はあまり多くない。それでも各地の狩人ギルドで対応できない案件が王都のギルドまで回ってくることも多いが、流石にそんな遠方の依頼は学業の合間に受けることはできない。


「見た感じ、王都内部の依頼も多いね。…ただ、ちょっとお使いみたいなものが多いかな」


「んん、俺一人で受けるなら手紙の配達なんかはちょうどいいかもな」


 新人向けの安い依頼だが、俺であれば大量に捌くこともできるだろう。以前、ピザ屋の配達もしたことがあるが、街の地理を覚えるのに配達の仕事はうってつけだ。


 遠征が多く、一泊で済む範囲の依頼が殆ど無いため、王都の内部で済む依頼が狙い目だろう。俺らは該当する依頼を端から眺めていく。


 臨時の給仕手伝い、倉庫街に巣食う鼠の駆除、商店の警備、小麦粉の夜間運搬…。正直言って割りの良い依頼は少ない。


「あら、ハルト様。こちら…、意外と面白そうじゃありませんか?」


 そう言ってメルルが一枚の依頼書を指差す。


「オルドダナ学院の…、野営演習の手伝い?これって私達みたいな生徒が参加する行事の手伝い?」


「ああ…!それ私知ってます…!薬草学の授業でもフィールドワークを兼ねてご一緒することになってます…!」


 その話は俺も聞いている。兵士科の野営演習を主として、薬草学や魔性生物学等、一部の授業を取っている生徒も、相乗りして郊外の森にて野外研修を行うことになっている。聞けばタルトは光魔法使いでもあるため治療班としての参加を求める声も掛かっているらしい。


「…この場合、俺とタルテはどういう扱いになるんだ?流石に依頼を受けながら授業に参加するのは許されないよな?」


「逆に言えば…、私とメルルはこの依頼を受ければ二人と一緒に行けるわけだね」


 野外演習に参加するのは兵士科と学士科の一部の生徒だ。ナナやメルルのような政務科の生徒が参加することは無い。また、闇魔法使いのメルルも殺菌や消毒が可能だが、治療班として参加を求める声は掛かってないらしい。


「でも良いかもしれないな。妙に依頼料が高いと思ったが、事前の魔物の間引きも含んでる。数少ない近隣での討伐依頼だ」


 当日に人員が欠けることが許されるのであれば、なかなか旨みのある依頼だ。他のメンバーも乗り気であるため、俺は受付に向かって足を進めた。


「あら、君たち。依頼の受注かな?割の良い依頼を受けたいのならもっと朝早く来なきゃだめよ?」


 妙齢の受付嬢が俺の姿を見て、前かがみになって目線を合わすようにしてそう呟いた。まだ若い俺らのことを新人寄りのパーティーと判断したのだろうが、そこには侮るような気配は無い。単に本心からくる忠告なのだろう。


「あの、掲示板に張ってあったオルドダナ学院の野外演習の手伝いについて相談したいのですが…」


「え?あの依頼は銀級からよ?…って、ごめんなさい。随分的外れな心配をしていたみたいね」


 受付嬢は即座に俺らの胸元に付けられたギルド証を見て、自分自身の勘違いを把握し俺らに謝罪した。俺はその流れで当日に人員が欠けること受付嬢に説明する。一応、学院にも相談をするが、高確率で俺とタルテは生徒側の参加となってしまうであろう。


「やっぱり、年齢の予想は間違ってなかったのね。まさかオルドダナの一年生で銀級とは。…そっちの子は更に年下じゃない」


「あはは…。私は治療院でお手伝いしていたので…」


 信用度を稼ぐという点では治療院の手伝いはかなり有用なものだ。タルテが俺らより年下であるのに銀級となったのはその辺にもからくりがある。


「そうね…。正直、当日に人員が減るのは困るけど…、まぁそこはその分、依頼料を天引きするから問題ないわ。…ふふふ、面白そうね。依頼できた護衛が自分たちと同年代となると、オルドダナの子達はどんな反応をするかしら」


 受付嬢のお姉さんは、そう言いながら受注完了の依頼書を俺らに渡して微笑んだ。


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