第168話 苦労人のホフマン
◇苦労人のホフマン◇
「あの人…。ハルトさんに負けませんでしたか…?」
吹き抜けを通した階下の様子を見て、タルテがそう呟いた。言い争っている二人は今にも手を上げそうな雰囲気だ。幸いにして学院内は許可の無い帯剣は禁止されているので、すぐさま斬り合いに発展することは無さそうだが…。
「どうする?ハルト。止めに入る?」
ナナが不安そうな顔をして俺に相談する。俺らに止める義務などは無いのだが、ナナの正義感がそういう発言を導いたのであろう。
「大丈夫ですよ。貴族の子弟が多く通う学院なのですから、暫く待てば警備員がやってきますよ」
サフェーラ嬢が心配ないと俺らに伝える。彼女はもう興味が失せたのか、階下には目もくれず、テーブルの上に置かれた紅茶に手を伸ばした。メルルも諍いには興味が無いようで履修する内容を確認している。
「ネイヴィルス!何をやっているんだ!」
「あ…?またお前か…しつけぇな…」
そうこうしていると階下で動きがあった。ネイヴィルスと同じ制服を着た青年が駆け寄ってくる。…同じく入試のときにタルテと手合わせしたホフマンだ。そのホフマンの姿を見てネイヴィルスは顔を顰める。
「なんだ…。貴様がそいつの飼い主か?」
ネイヴィルスと言い争いをしていた貴族の青年がホフマンを睨みつける。
「いえ…、同じ仮隊に配属されたホフマン・サスフィードです…。その、この者が無礼を働いたのでしょうか…」
「無礼どころの話ではない。学院という場であるのだから、私も多少の無礼ならば何も言わんが、この者は扉から出る私を手で押しのけて進んだのだぞ!その上、不敬を指摘しても反省する素振りすら見せない!」
「おい!何勝手に二人で話ししてんだよ!」
淡々と説明していた貴族の青年も、だんだんと語気が荒くなっていく。ネイヴィルスが食って掛かるが、話す価値が無いと判断したのか、貴族の青年とホフマンの両者共ネイヴィルスを無視している。
「申し訳ございません。この者には私の方からもよく言って聞かせます…」
ホフマンが貴族の青年に深い謝罪の意を示す。それを見て、貴族の青年も幾分か怒気を収める。
「…兵士科は仮隊で連帯責任だったか。…押し付けられたか?」
「…はい。この者の素行は教官も問題視しているようでして…、私が暫くのお目付け役にと…」
ホフマンの言葉を聞き、貴族の青年は彼に同情的な視線を向ける。ネイヴィルスとホフマンが何故つるんでいるのかと疑問であったが二人はどうやら強制的に一緒にされているらしい。…入学式初日に既に教官に目を付けられているとは、ネイヴィルスは中々の問題児らしい。
「私の方から直接兵士科の教官に話を伝えておく…。…この感じでは何時かは大事になるぞ」
「特段のご配慮、有り難く存じます」
未だに反省の素振りを見せないネイヴィルスの様子に眉を顰めながら、貴族の青年はホフマンに同情するような案を伝える。教官に話を伝えるというのは個人の責任だと明言するためだろう。
話は終わったと貴族の青年はその場を後にする。ネイヴィルスは全く納得していないようだが、強引にホフマンが引っ張っていく。
「どうやら問題なく終わったみたいね。乱闘でも起きたほうが面白そうだったけど」
俺と同じく野次馬をしていたイブキが詰まらなそうに声を上げた。階下の喧騒を興味深く覗いていたのは俺とイブキぐらいで他の面子は既に関心をなくしている。
「イブキ。あなたも気をつけてね。先ほどの貴族の方はまともそうな方でしたが、中には過激な方もいらっしゃいますので。無体なことを言われましたら私の名前を出して構いませんからね」
「タルテちゃんも気をつけてね。タルテちゃん、可愛いから変な貴族に目を付けられないように…」
「ハルト様も、…なにか事を起す前に私に相談してくださいましね?」
ご令嬢達が平民組みに注意を促がす。…俺だけはなぜか釘を指されたが、男の子だから心配のベクトルが違うためだと思っておこう…。
「それで、先ほどの口ぶりだと…、似たような方が毎年出ているのかしら?」
「ええ。先ほどの彼ほどでは無いですが、貴族との距離感を間違える平民の方は多いですからね。…一番面倒なのは市井で育って途中から貴族家に迎え入れられた方ですよ。元平民は礼節ができないことの言い訳に使えませんからね」
サフェーラ嬢は苦笑とともにそう語るが、だんだんと悩ましげな表情に変わっていく。
「…随分、具体的な話だけど…、もしかして…?」
「そのもしかしてです。去年の入学生の男爵令嬢がそれでして…。しかも本人が絵物語に憧れたのか、拙い礼儀で高位貴族の子息に積極的に話しかけるのですよ。そんな感じですから他の令嬢から睨まれて…。先生方からは私が何とかするようにと厄介事を押し付けてきて…」
大人しげな印象のサフェーラ嬢であったが、その男爵令嬢について話す際にはかなりの苛立ちを見せている。ホフマンも教官にネイヴィルスの面倒を押し付けられていたが、サフェーラ嬢も男爵令嬢を押し付けられたらしい。
この学院は教育機関と言うより研究機関に近い成り立ちだ。教師達も教師というより研究者という立ち居地の者が多い。そのため生徒の素行等には関心が無いのだろう。
「ふへぇ…なんだか大変そうですね…。私も気をつけます…」
ナナに心配されたからか、タルテも警戒するようにそう意気込んだ。
「まぁ、愚痴はこの辺にして履修する内容を決めてしまいましょう。なにか疑問があれば聞いてくださいね」
俺らはサフェーラ嬢に相談しながら履修内容を決めていく。なるべく全員の履修時間を合わせて妖精の首飾りとして活動できる時間も確保するように取得する授業を選んでおく。
そして、一通り履修内容を決めた後、俺らはこれまでの冒険譚に花を咲かせるのであった。
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