第167話 不穏な教師と不穏な生徒
◇不穏な教師と不穏な生徒◇
「うぅぅ…。皆さん、もう目当ての教室は決めたのですか…?」
タルテが教室や授業の一覧が書かれた書類と睨めっこしながら悩ましげに声を上げる。サフェーラ嬢に冒険の話を御所望されたものの、目下の話題は履修する授業の相談だ。そもそも俺らがサロンに集ったのもそれが目的だ。
「教室…?ああ、政務科の教室はあってないようなものだからね」
そう言ってナナが政務科の教室一覧を見せてくれる。教室の概要が掛かれているが、どの教室も似たようなものだ。中には学士科と合同の農政を扱う教室など異色の教室なども存在するが、そういった独特な教室を目指すつもりが無いのであれば、教授との相性で教室を選んでしまっても問題ないだろう。
一方、学士科の教室は多岐に当たる。中には似たような教室や全く畑の違う教室が混在している。…ちなみに俺らの担任の女教師は教室を持っていない。というより、大半の教師は学院の手伝いをしながら研究を進め、論文が認められて教室を得ることを目的としている。
「タルテは何で悩んでいるんだ?薬草関係を学びたいって言ってただろ?」
「うう…。薬草学と植生学で悩んでいます。まさか別々の教室だとは…」
タルテは縋るように俺に書類を見せる。薬草学を扱うのは薬学の教室、植生学は俺が志望している魔性生物学の教室で扱っている。
「タルテさん。別にいま決めなくてもいいのですよ?ほら、その二つの教室が必修と定めている授業は似通っています。共通の授業を取ってからその後に決めても問題ないですよ」
サフェーラ嬢がタルテに説明をする。確かに二つの教室が指定している授業は同じ物が多い。そもそも、一年生の初期から指定されている授業でいっぱいになるほどのシビアなカリキュラムではない。
「うげっ…!最悪…。初級魔術の授業、あの偏屈な教師じゃない…」
タルテが悩んでいると、今度はイブキが声を上げる。偏屈な教師と聞いて首を傾げたが、俺の手元の書類で同じところを確認すると、そこには入学試験でイブキの審査をしていたダインと呼ばれた教師の名前が書かれていた。
「…ああ、ダイン教諭ですか。彼は…一応評判はいいのですよ?一部の人間には…。その、風魔法使いに偏見があって、魔法種族に冷たい傾向があるそうですが…」
「それってつまり…ハーフリングに厳しいって…こと?」
サフェーラ嬢の言葉に俺とイブキは嫌な顔をして互いを見詰める。…何でそんなピンポイントでハーフリングヘイト倶楽部に所属しているような人間が教師になっているんだよ。
「…まぁいいわ。初級ぐらいなら既に知っているし、履修だけしてテストのみ出席するわ。基礎科目みたいに免除があればよかったのだけれど…」
「大丈夫かそれ…?難癖つけて不合格とかするんじゃないか?」
流石にそこまでするとは思えないが…、規律ガバガバのご時勢だ。平民の生徒が不遇な扱いをされたからと言って学院が対処してくれるかは解からない。
「あら、大丈夫ですよ。そのためにこうやってあなたたちと過ごしているのですから。私達の庇護下にいる者に無体なことはしないはずです」
「あら、悪いわね。毎度毎度お世話になっちゃって」
「いいのよ。あなたは私のヒーローなんだから」
そう言ってサフェーラ嬢は微笑みをイブキに向ける。
「…気になっていたんだが二人はどういう関係で?」
俺はサフェーラ嬢とイブキにそう尋ねた。貴族と狩人はあまり接点を持たない。高位の狩人や一部の収集癖があるような貴族が懇意の狩人を作る程度だ。
「うふふ…。私が街道で魔物に襲われているときに、颯爽とイブキが駆けつけてくれたのです…!護衛の騎士が草原狼に苦戦する中、イブキの魔弾が瞬く間に草原狼を倒したのですよ…!」
「何言ってるのよ。駆けつけた記憶は無いわよ。遠距離から全て打ち抜いたんだから」
聞けばどこぞの物語のように、馬車での移動中に襲われた令嬢をイブキが華麗に守ったらしい。それからはイブキが王都に寄るたびに親交を深め、護衛が必要なときは彼女を指名するなど懇意にして過ごしてきたらしい。
イブキがオルドダナ学院に入学したのも、サフェーラ嬢に誘われたかららしい。本人も魔術や魔道具の作成に興味があったために折角だからと入学したそうだ。
「私だってびっくりしたのよ?ケチな商人ならともかく、貴族のお嬢様が魔物に襲われてるなんて早々無いんじゃない?」
そう言ってサフェーラ嬢とイブキは出会った当初を思い出して、会話に花を咲かした。サフェーラ嬢が俺らに冒険の話を所望したのもイブキの影響があったのだろう。
皆で履修内容を相談しながらお喋りしていると、ふと辺りが騒がしくなる。見てみれば周囲の人間がサロンの手摺から、吹き抜けを通して階下を見詰めている。それに釣られるようにして俺らも階下の様子を確認した。
「だから貴様の態度が無礼だといっておるのだ!最低限の礼節は守りたまえ!」
「へっ!学生は身分に関係なく平等なんだろ!貴族だからと言ってデカイ顔済んじゃねぇよ!」
貴族らしき青年が、平民らしき青年に向けて怒鳴っている。唐突に始まった言い争いに、周囲の人間は嫌な顔してその場から離れていく。
「あいつ、合格してたのか…」
平民らしき青年は、俺が入学試験のときに模擬戦の相手であったネイヴィルスという男だ。ホフマンと違い魔法使いでないことに加え、模擬戦でもよいところ示せなかったため不合格だと思っていた。
「はぁ…。また今年もあんな勘違いをする方がいらっしゃるのですね。荒れなきゃいいのですが…」
サフェーラ嬢が気だるげな顔でため息をする。…たしかに学院では貴族でも平民でも平等と言うことになっている。しかし、それは不敬な振る舞いを許すものではない。俺も普段はナナやメルル相手にラフな言葉遣いで接しているため、気をつけるようにメルルに釘を刺されている。
そもそも、学院で平等を謳っているのは、貴族のためでもある。平民と貴族が…、それも若い者達が一緒くたに過ごす学院では、本人が知らずに無礼な振る舞いをしてしまうことも多々ある。
それが自身の領地などであれば、無知ゆえの過ちだと注意で済ますこともできようが、他の貴族家の視線がある学院では、無礼をした者を罰せねば他の貴族に舐められることとなる。かといって学院でそのようなことを徹底すれば、平民は片っ端から無礼打ち、貴族の方も朝から晩まで無礼打ちの対応をせねばならない。
だからある意味、学生は平等と言う規則は貴族家の者にわざわざ罰さなくてもいい言い訳を与えるものでもあるのだ。平等だからわざわざ勉強の手を止めて罰さなくてもいいですよ…というわけだ。
勿論、礼儀作法に劣る平民を守るものでも有るのだが、かといって不敬な振る舞いを容認する規則では無い。敬意があれば作法が間違っていても許させるという程度でしかないのだ。あえて言えば無礼講という表現が近いのだろうか。
「俺に文句が言いたきゃ剣で語るんだな。いまんとこ負け無しだからよぉ!」
ネイヴィルスが挑発するように叫ぶのが聞こえてくる。…どうやら彼の中では入学試験のことは無かったことになっているらしい…。
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