第166話 学院の始まり

◇学院の始まり◇


「…えー、栄えあるオルドダナ学院に恥じぬ振る舞いと、えー、日々研鑽する努力を失う事無く、えー、有意義な学園生活を送れることを願います」


 大講堂の壇上で、学院長が挨拶を終える。完全に手元の紙を読み上げている挨拶に、新入生の空気は完全に冷え切っている。その紙の窶れ具合からみるに、毎年使いまわしている可能性すらある。


 新入生たちは閉会のアナウンスと共に席を立ち、自身の所属することとなるクラスへと移動し始める。


 …結局、入学試験には問題なく合格した。ナナとメルルは貴族枠、タルテは俺らより一歳幼い故にメルルの推薦状があったため、実質落ちる可能性があるのは俺だけであった。そのため、実を言うとかなり心配していたのだ。


「それじゃあ、私とメルルは別のクラスだから、一旦お別れだね。また後で」


「終わったらサロンで集合いたしましょう。私達の付き添いといえば中に入れるはずですわ」


 ナナとメルルが俺らにそう言って俺とタルテとは別の出口へと向かっていく。残念ながらナナとメルルは政務科、俺とタルテは学士科であるためクラスが別だ。それでもナナはメルルと、俺はタルテと同じクラスへと配属になったのは幸いだろう。…タルテがいてくれるお陰で新人狩人の頃のような苦汁を舐めることにはならなさそうだ。


「ハルトさん…。学士のA組は向こうみたいです…!」


 タルテが俺の手を握って俺らの教室へと引っ張っていく。人波に沿うようにして俺らが配属になった教室へと向かっていく。見れば俺らと同じように学士科のローブを纏った人間は同じ方向へと進んで行っている。


「あら、久しぶりじゃない。やっぱりあなたたちも合格したのね」


 教室に入った俺らを出迎えたのは、最近良く見る小さな女の子。ハーフリングのイブキだ。釣り目がちの瞳を気だるげに細めて、俺とタルテを見詰めていた。


「イブキも学士科だったのか。魔法の腕が見事だったから魔法科かと思ったよ」


 俺とタルテは彼女の近くの席に腰掛けた。教室の最前列の窓際の席だ。恐らく、イブキは身長が低いから前に陣取ったのだろう。タルテも低身長だから都合がいい。…俺は後ろの席でも問題ないんだがな。


「魔法科っていっても軍属の戦闘訓練でしょ?私の戦い方はそんな形式ばった戦い方は似合わないわ」


 魔法科は魔法の深遠を覗く科…と見せかけて実際は軍属の魔法使い養成所だ。魔法の修練もあるだろうが、軍隊としての集団行動も学ばされるため、国に所属するつもりが無い魔法使いには倦厭されがちだ。


「えへへ…。同じクラスですね。よろしくお願いします…!」


 思わぬ知人との再会にタルテが綻んだように笑う。


「まぁ、宜しく…。と言ってもこのクラスで活動するのは殆ど無いんじゃない?」


 オルドダナ学院は自分の受けたい授業を選択して履修する形式だ。もちろん何でも好き勝手な履修ができるわけではない。最低でも自身の所属したい教室が公表している授業を取って合格する必要がある。


 そのため、このクラスの面子で授業を受けることになるわけではない。このクラスは行事の際などに形式的に生徒を分けるための肩書きのようなものだ。いま、このクラスに集っているのも履修に関する説明のためだ。


「はーい。皆さん入学おめでとうございます。私がこのクラスの担当になったサテラ・フィードルスです。よろしくお願いしますね」


 俺らが話をしていると、教壇に立った女教師が教室全体に声を掛ける。俺やタルテの魔法を審査した眼鏡をかけた教師だ。


「私は教室を持っていませんが、一応魔術を専攻していますので、興味のある方はぜひ私を訪ねてくださいね」


 そう言ってから、サテラ教諭は履修方法や施設の使い方、学院生活の注意事項等を述べていく。当たり前の決まりも多いが、異様な決まり事も多い。…なんだよ。出現しても入ってはいけない秘密の部屋って…。


「…説明は以上ですが、何か質問がある人はいますか?もし後から疑問に思ったことがあれば、遠慮せずに私のところに聞きに来てくださいね」


 サテラ教諭がそう言うと、説明会は解散となる。今日はもう授業などは無く、明日からも暫くは履修選択期間だ。他の生徒たちは立ち上がり、学院の各地へと散っていく。苦学生などはこの後働きに行くものもいるかもしれない。



「ここがサロン?貴族だらけとなるとちょっと気が引けるわね」


 俺の後ろから顔を覗かせたイブキが、部屋の中を見渡しながらそう呟いた。サロンの部屋は広く、中には布が張られたテーブルが並べられている。貴族的な調度品も多く並べられており、高級なレストランのようにも見える造りだ。


 …彼女がここまでついてきたのは、何も俺らとお茶を取るつもりでは無く、彼女もサロンに用事があるからだそうだ。俺は遠めに見えたナナとメルルの席に向かうが、イブキも同じ方向に足を進めていく。


「あ、ハルト。お疲れ様。ずいぶん遅かったね」


 席に近づくと、ナナが軽く手を上げて俺らを向かい入れてくれる。その席に座った面子を見て、イブキが何故ここまでついてきたのかが推測できた。


「ハルト様。こちらサフェーラ・セントホール様ですわ。サフェーラ様。この二人が話した冒険者ですわ」


「こんにちわ。あなたがハルト君とタルテさんね。…どうやらイブキと仲良くしてくれているみたいね」


 そういってメルルが紹介したのは、綺麗なブロンド髪の令嬢だ。顔立ちは違うもののどこと無くメルルに雰囲気が似ている。


「ちょっと、サフェーラ。私が仲良くしてもらってるように言わないでよ。たまたま一緒になっただけよ」


「ふふふ。そうね。ごめんなさいね。…二人も私にはそう畏まらなくて良いわよ。ご覧のとおりイブキもこんな感じだから」


 そういってサフェーラ嬢は俺らに席を勧める。俺とタルテは薦められるがまま、その椅子へと腰掛けた。


「…妙に視線を感じるな」


 気のせいじゃなければサロンの他の貴族から遠巻きに視線が向けられている。俺は居心地悪そうにしてそう呟いた。


「それはサフェーラ嬢とナナが揃って座っているからでしょう。派閥的にはそれぞれ別の派閥になりますからね」


 聞けばサフェーラ嬢の家は王府の重鎮。地方貴族の仲でも特に王府と疎遠なネルカトル家のナナと共にしているのは奇異に映るのだろう。


「ふふ。あまり私には貴族の友人が少ないからね。メルルがこうやって紹介してくれたんだ」


「私も是非ともお友達になりたかったの。ナナさんの魔法をみてからファンになってしまいましたから」


 そう言ってナナは嬉しそうに微笑み、サフェーラ嬢も朗らかに笑いながらそれに答えた。彼女がナナを見詰める瞳は柔らかくも真っ直ぐとしたものであった。どうやら、本当に彼女はナナと友誼を交わしたいようだ。


「ああ、もちろん仲良くしたいのはお二人もですわ。ぜひ冒険のお話を聞かせてくださいね」


 サフェーラ嬢はそう言って俺とタルテにも柔らかな笑みを向けた。


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